30 / 220
【掌(NO.06)】
しおりを挟むつながりを保証するものは何だろうか。
一番確かなものは「血」だ。家族と家族をつなぐ血は、つながりを保証するものとして最も実際的なものだ。たとえそれが望まないものだったとしても、血で結ばれたつながりは断ち切ることはできない。
他には例えば、同じ屋根の下に暮らしていること。
実際は、それはなんの保証にもなっていないかもしれない。そういう人もいるだろう。でも私にとってはその確証たるものが、羨ましくて仕方がなかった。
家族を永遠に失った私にとって、人と人とのつながりは渇きを覚えるほどに欲しくてたまらなかったものだ。
私と彼の「つながり」を保証してくれるものは何もない。
「俺の名前は『アンク』。よろしくな」
不確かなつながり。
こう言うと笑うかもしれないけれど、私と彼は、目に見えない何かで繋がっている感じさえした。
あの森で彼に助けられた後も、アンクと名乗ったその男に私は何度も出くわした。お互いに魔物退治を生業にしているからか、依頼を探している時、魔物の住処で野営をしている時、依頼の報酬を受け取った後の酒場で、何度も会うことになった。
「最近、良く会うな」
アンクも同じことを思ったらしく、良く私に話しかけてくるようになった。私が何も話さないにも関わらず、酒場やなんかで私の姿を見つけるとアンクは一方的に話しかけてきた。
「師匠と別れてから、結構大変でさ。1人で魔物を捕まえるって言うのは、骨が折れるな。今日もほら、魔法を失敗してアカザミコウモリに噛まれちまった」
アンクはそう言って笑いながら、ぱっくり開いた傷跡を見せてきた。痛々しく赤くなった傷跡からは、まだ少しだけ血が出ていた。
アカザミコウモリは動きは速いが、大した力もない。噛みつかれた時に、首をもいでしまえば怪我をすることもない。人間の男の力があれば十分に対処できる。
「どう、して」
「ん?」
「ころせば、いいのに」
邪魔ならば動けなくして仕舞えば良い。この男にはそれくらいの力がある。わざわざ怪我をする理由が私には分からなかった。
私の言葉に男は困ったように顔を伏せて、そして笑った。
「殺せないんだ。正確に言うならば、殺したくないかな。生き物を殺すっていうのは、未だに抵抗がある。変なことを言っていることは分かるけれど、こればっかりは身体に染み付いたものだ。食べ物の好き嫌いみたいなものと同じで、治せるものじゃない」
「そう……」
「…………その目はどうして、おまえなんかが魔物退治をしているって感じだな」
私の顔色を読み取って、アンクは苦笑いした。テーブルの上をトントンと指で叩いて、少し考えたあとで彼は口を開いた。
「俺もまとまった金が手に入ったら、止めようと思っていた。だが、状況も事情もそれを許してはくれなくてさ。助けを求めている人がいるなら、俺はその力を使わないといけない。君は……『異端の王』って知っているか?」
ドキン、と心臓が跳ね上がる。
知らない、と首を横に降ると、彼は肩を落とした。私に向けられたものではなく、どこか冗談めかしたような仕草だった。
「だよなぁ……。俺もどこを探せば良いか。にっちもさっちも……」
アンクは水を飲みながら、ぶつぶつと文句の言葉を続けた。
話の全貌は掴めないが、彼は『異端の王』を探している。瘴気の濃いところを移動して、世界各地を放浪している。
瘴気が濃ければ強い魔物が産まれる。
それが『異端の王』の手がかりになる。顔色を読まれないように視線を逸らしていると、彼はポツリと言った。
「……君はどうして魔物退治をやっているんだ」
大体、自分のことを話を終わったあとで、アンクは私に質問してきた。何の気なしに、グラスを傾けながら私に問いかけた。
どうして……?
さっき自分が同じような問いをしたにも関わらず、何と答えて良いのか分からなかった。自分自身のことを問われるのは初めての経験だったので、普段以上に言葉が出てこなかった。
どうしてだろう。
どうして魔物を殺すことを、私は選んだのだろう。
人助けのためではない。誰かの役に立ちたかったからでもない。やりたくてしょうがなかったからでもない。
これはいわば罪滅ぼしだ。
なんの解決にもならない自己満足だ。
ただ丁度よかっただけだ。手の届きそうなところにあったものを、選ぶでもなく自然に手に取っただけだ。
そう考えると、私はそもそも選んですらいなかったように思える。意思ではなく惰性。転がった先にあったものを、手に取っただけ。水に落ちたから、当然のように浮き輪を取っただけ。
それを言葉にするならば……、
「ほしい、から?」
「欲しい? 金か?」
「ちが、くて……ゆるし」
「ゆるし?」
「ゆるしがほしい。わたしも、まものを、ぜんぶころしたいとおもっている」
赦しが欲しいからだ。
罪を濯ぐことが、私に残された唯一の生存理由だからだ。
私の答えにアンクは瞳を左右に揺らして、深刻そうにうなずいた。
「そうか、魔物が憎いんだな」
「憎い、そうかもしれない」
アンクは私の言葉を聞くと、グラスをおいた。
「憎い……か」
口に手を当てて何かを考える仕草をして、アンクは予想外の言葉を口にした。視線をあげて、私の顔をまっすぐに見てきた。
「良かったら、『異端の王』を討伐するのを手伝ってくれないか。莫大な報奨金が手に入る大きな仕事なんだ」
「私……が?」
「あぁ、君の力が必要だ。魔物をこの世界からなくすことが出来るんだ。危険な仕事になる可能性が高いから、もちろん無理強いはしない。……君さえ良かったらの話だ」
予想外の提案だった。
私にそんな勇気はない。最初は断ろうと考えた。
「よかったら頼むよ。君が力を貸してくれれば、もっと多くの人を救うことが出来る」
彼は必死だった。
そして私もまだ助けられた恩を返していない。断る理由はなかった。
「危険は、大丈夫。けど……」
「けど?」
アンクは酔ってはいたが、冗談を言っている様子では無かった。私のことを見つめる彼の瞳はまっすぐで揺らぐことが無かった。
きっと彼は本気で『異端の王』を倒すまで諦めないだろう。短い付き合いだが、それくらいのことは理解出来た。
……そう、これは罪滅ぼしだ。
私が力を貸さないという理由にはならない。あと少し一歩踏み出すことを決意すれば良いんだ。
彼に確認する。
「私で、良いの?」
「もちろん」
私はその仕事を承諾することにした。
決して彼に本当のことを言わないと誓って。
「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかった」
「◼︎◼︎、◼︎◼︎、◼︎◼︎」
アンクに自分の名前を教える。
すると、彼は怪訝そうな顔をして、首を横に振った。
「それじゃあ、ただの数字の羅列だ。名前じゃない」
否定されてしまった。
そうは言われても、それ以外の呼び名を私は知らなかった。その名前以外で呼ばれたこことはないし、呼ばれる必要も無かった。
アンクはしばらく目を伏せて、何事かを考えていたが、諦めたようにため息をつくと私の方へと手を伸ばしてきた。
「まぁ、名前は今度で良いか。とりあえず、握手だ。これからよろしくな」
伸びてきた手を見つめる。
この男の手にはいくつかの傷跡がある。たくましく鍛え上げられた腕にも、痛々しい傷跡がついている。
おそるおそる、その手に触れる。
がっしりとした人間の手に触れると、体温と血管が脈打つ音が聞こえたような気がした。どくん、どくん、とその音は私の心臓にも響いてくるように思えた。
彼も私も生きていて、そして繋がっていた。
「よろ、しく」
つながりを保証するには余りにか細いものだった。それは鳥の囀りよりも小さい音だった。草木が風になびく音よりも小さく、その上を虫が這う音よりも小さかったかもしれない。
けれど、彼の心臓の音は、私の内側で声高に幾度も反響して。
……そして、消えることが無かった。果たして、これはつながりと言って良いものなのだろうか?
0
あなたにおすすめの小説
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
なお、シリーズ第二作目が、現在なろう様、カクヨム様で連載しています。
2月13日完結予定。
その後、アルファポリス様にも投稿する予定でいます。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる