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【納屋(No.08)】

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 やまないのは叫び声。耳鳴りのようにキンキンと鼓膜こまくで反響して、べっとりと脳の内側へこべりつくような嫌な音。

 これは単なる霧ではない。密度の濃い瘴気。底知れないほどの怨念おんねんを、今の私なら確かに感じることができた。

「どうして……こんな……!」

 噂を聞きつけて、飛ぶように帰ってきたアンクは呆然と辺りの光景を見つめていた。死体、血だまり、ちぎれた肉。
 こんな顔のアンクを見るのは、初めてのことだった。

「どうして、こんな何もない村で魔物が現れるんだ!!!」

 やり場のない怒りが森にこだました。

 穏やかで牧歌的な風景が広がる村だった。
 彼が私に語ってくれた光景は失われてしまって、壊れた家屋と荒らされた大地が露呈した戦場となってしまっていた。

 怒りに震える彼の手を取って、私は叫び声が聞こえた方を指差した。

「あっちにまだ、生きている人がいる」

 私がそう言うと、彼は頷いて一目散に走り始めた。脇目も振らずにまっすぐと、彼の目前にナーガが飛び出してきた。鋭い牙から毒液をしたたらせて、不規則な軌道で襲いかかってくる。

固定フィックス!」

 攻撃したナーガに視線を送ることもなく、アンクは魔物の動きを縛った。走るスピードすら緩めることなく、俊敏しゅんびんなナーガの動きを止めた。

「……身体強化エキスパンション

 彼の背後からナーガへ向かって跳ぶ。
 止まった敵の首をねじきるのは容易たやすい。薄っぺらい紙を破るみたいものだ。ベリベリと引き裂くように、魔物の首を飛ばす。残された胴体はどしゃりと地面に落ちて鈍い音を立てた。

 倒れた死骸をチラリと横目で見て、アンクは小さく舌打ちした。

「また幻影魔獣か、厄介だな」

「……殺しても、良い?」

「すまないな。いつも汚れ仕事を任せてしまって」

「いえ、何も」

 私は彼の剣だ。
 私は、彼のなすがままに動く武器に過ぎない。好きなように使えば良い。私には意志が欠けているから。

 ナーガは霧の向こうから音もなく、次々と襲い掛かってきた。

「きりがない……索敵サーチ……!」

 中心部と思われる方向に走りながら、アンクは魔法を展開した。

固定フィックス!!」
 
 大規模な魔力が周囲を覆う。
 辺りの全ての時間が止まり、空間が固定される。周囲に隠れていたナーガはおろか、霧の動きさえも止める強力な魔法。中心部に向かうに連れて、死体が多くなっていることが彼の焦りをつのらせているようだった。

 その全ての首をき切って、前へと進む。

「助かる」

「これくらいなら、問題ないよ」

 最短距離で、一直線に森の中を駆ける。全ての力を脚力きゃくりょくにして振り絞って、私たちは巨大なナーガの足元まで着地した。

 体躯たいくは普通の人間の10倍はあるだろう。相当強い魔力を注ぎ込まれている。

「ちいっ!!」

 速い。
 ナーガは、想定したよりも敏捷びんしょうに迫ってきた。風を切る音すら聞こえて、あっという間に私たちを丸飲みする位置まで接近してきた。
 
 アンクの魔法は追いついていない。対象が大きすぎるために、縛ることができていない。

身体強化エキスパンション……!」

 ビキ、と骨が軋む音がする。筋組織が割れるように鳴って、再構成される。さらに力強く筋力を増強ブーストさせる。

 この人は傷つけさせない。
 今の私にとって、お前は紙よりも脆い。 

 ナーガの頭を破る。
 頭蓋ずがいが砕け散って、ナーガの中身がはじけとぶ。断末魔すら残さない破壊。ぐしゃりと音がすると、血と肉がシャワーのように飛び出して、私たちにかかった。

「……ごめん」

 血みどろになってしまった彼の姿を見て、謝る。なるべく殺さないと約束したばかりなのに、こんなスマートじゃない殺し方をしてしまった。

 視線を下げた私を励ますように、アンクはぽんと背中を叩いた。

「今のはしょうがない。殺すなというのも、俺たちの命があってこそだ」

「……はい」

「ありがとう」

 お礼を言った彼はまっすぐに目の前に見える納屋の方へと走って行った。助けを呼ぶ声はあそこから聞こえてくる。

 頑丈に作られている納屋は、ナーガの攻撃をなんとか耐えていた。だが、出入り口は1つしかなく、隙を見て抜け出すのも難しそうな様子だった。ナーガは見張るようにその周りで動いていた。

「ここは、私が。早く中へ」

「あぁ」

 彼に先行して、私がおとりになる。目測したナーガの数は13匹。まず襲い掛かってきた、昏倒こんとうさせる。出し惜しみはしない。

 毒牙をかわして、その鋭い部分をバラバラに破壊する。迫ってきた胴体に一撃。かかと落としを食らわせる。

 そこから跳躍。頭、喉元、急所に的確に最大の一撃を放つ。
 深い霧の中にナーガの断末魔が吸い込まれていく。

 私の攻防のすきをついて、包囲を走り抜けたアンクは納屋の扉に手をかけた。

 そして、扉を開けると私の知らない誰かの名前を叫んだ。

 
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