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【髪留め(No.07)】
しおりを挟むアンクと旅をするようになって数ヶ月が経った。
彼との旅は順調で、1人だった時よりも着々と依頼を遂げることが出来た。
「俺が動きを止めるから、君が攻撃を頼む」
彼の固定魔法は私の身体拡張と相性が良く、動きの止まった敵はもはや物の数ではなかった。
なるべく魔物を殺さないことも覚えた。急所を微妙に外して攻撃を放つ。そんな芸当が出来るようになったのも彼のおかげだ。
前よりは効率が悪いけれど、返り血を浴びることも少なくなり、依頼者から奇異の目で見られることも少なくなった。
「君のおかげで順調だよ。一緒に来てくれて、ありがとう」
「いえ、私こそ、助かっています」
学のない私に、アンクは言葉を教えてくれるようになった。文字の読み方と書き方を空いている時間に勉強させてくれた。彼は教えるのがうまく、私も新しい言葉を覚えるのが楽しかった。
「俺に対しては、もう少しくだけた言葉使いでも良いんだぞ」
彼は時折そんなことを言っていたが、私は首を横に振った。
「アンクさま、は恩人ですから」
「さま……って。召使いじゃ無いんだから」
「いえ、こちらの方が、しっくりするような気がするのです。あなたは私の生活を変えてくださいました。なんだか、世界が変わったようです。今はあなたといっしょにいるのが、楽しいとも思っています」
私がそう言うとアンクは困ったように、頬をかいていた。「滅多なこと言うもんじゃないぞ」とアンクは忠告したが、私には意味が良く分からなかった。それは私の本当の気持ちだったからだ。
それから、アンクは、私に大切なものをくれた。
「名前……ですか?」
「そう、名前。いつまでも「君」とかだと困るだろう。だからやっぱり名前があった方が便利かなと思って。何か君の好きな単語とかでも良いからさ」
「そう言われましても……」
幼い頃から、私はアンクが言うような数字の羅列でしか呼ばれていない。それ以外と言われても、何も思い浮かばなかった。
「もしお困りでしたら、以前のような数字の羅列で構いません。ゼロ、イチ、ナナと番号でお呼びください。そっちの方が慣れています」
「ダメだ。君には「さま」付けで呼ばしておいて、こっちは番号で呼ぶなんて出来ない」
「却下……ですか。私はそれでも構わないのですが」
「うーん、何か良い案は無いかな。ゼロ、イチ、ナナ……イチ、ナナ……」
すっかり日が落ちた空を見上げながら、アンクは私の名前を考えていた。宿屋への道のりは屋台がたくさん出ていて、異国の品がたくさん売っていた。宝石が西日に照らされて輝いている。
歩きながら口の中でブツブツとつぶやいた後で、アンクは思いついたように手を打った。
「レイナ……、レイナというのはどうだろう」
「レイナ?」
「そう。数字の頭文字を取ってみた。0と1と7でレイナ。俺の故郷の数字の呼び方だけれど、こっちの方が名前っぽいし良いんじゃないか」
「ゼロ、イチ、ナナ、レイナ……はい、レイナ……レイナ……そうですね」
自分もその名前を言ってみる。言葉にしてみると、想像していたよりも馴染んでいるような気がした。自分にはもったいないように思えるほど、美しい名前だった。
「レイナ、はい、とても良い名前です。これが良いです」
「そうか、良かった! なんか勝手に決めちゃったけど大丈夫か?」
「はい、その事も嬉しいです」
レイナ、私の新しい名前。
口に出すだけで、思わず笑顔になれた。誰かに付けてもらえたという感覚が、私を幸せな気持ちにさせた。
「……生まれ変わったみたいです」
名前が付いただけで自分自身が変わった気分になった。
身体中の空気が、全て入れ替わった感覚だった。「レイナ」という新しい私が殻を破って現れたようだった。
「そんなに嬉しいか。……じゃあ、今日はさながらレイナの誕生日だな。2回目の誕生日だ」
「はい、そうは言っても、私はもともとの誕生日を知りませんが」
「あ、そうか……」
私がそう言うと、アンクは眉をひそめて腕を組んだ。歩きながらキョロキョロと辺りの屋台に視線をやった後で、私に向かって微笑みかけた。
「せっかくだから、ここで誕生日プレゼントを買おう。何か欲しいものはないか?」
「欲しいもの……」
「うん、何でも良い。今回の魔物退治でかなりお金は入ったし、ここまで一緒に戦ってくれた俺からのプレゼントだ。今日が終わる前に、せっかくだから名付け親として何か欲しいものを贈りたいんだ」
「あの、気を使う必要はないです」
「気を使っているんじゃなくて、俺がしたいだけだから。さぁ何が欲しい。ここが気に入らなかったら、他の場所でも良い」
何が欲しい。
アンクにそう言われて、ふと私はあるオルゴールのことを思い出した。子どもの時に恋い焦がれていた玩具店のオルゴール。結局手には入らなかったものの、もう2度欲しいとは思わなくなった……。
「欲しい……もの」
……この世界に本当に欲しいものなんて、あるはずがない。
欲しい物なんて、時と共に忘れることが出来る。それは裏を返せば、結局のところ、何も欲しくなかったということだ。
だから、彼に自由に選んでも良いと言われて私の思考は固まってしまった。
「どうした。この辺のものは気に入らないか」
「分からない」
「ん?」
「分からない……んです。自分の欲しいものが分からないんです。欲しいものがないから。選んで良いと言われても、何を選んで良いか分からないんです」
マーケットの中は様々な品物で溢れている。さまざまな国から取り寄せたもの。豪奢なものから可愛らしいものまで。この街ではさまざまなもので溢れている。
何もかもが価値あるものだ。
けれど、今の私にはどれも等しく無価値に見えた。だって私は何も欲しくないのだから。
「分からない……か」
アンクはサッと視線を出店の方に動かした。その中の1つ、黒い木製の髪留めを手に取った。
「うん、これなんか似合うんじゃないか、ほら」
私の髪に合わせて、彼は言った。
「レイナ、綺麗な髪をしているし、こういうの付けてみても良いと思う」
「そう、ですか?」
「うん、ちょっと試着させてもらおう」
出店の店主に断って、自分の髪に付けてみせる。幼いころからボサボサに伸びっぱなしの髪。手入れもしたことがなく、結んだことすら無かった。
後ろ手に結ぶのは思っていたより難しい。
髪をくくるのに手こずっている私に、そっと手を貸してくれた。ようやく結べたところで、店の前にある鏡で自分の姿を覗いてみる。
今、思えばまじまじと自分の顔を見たのは生まれて初めてだったかもしれない。前髪をあげて鏡に映った自分を見て、思わず目を伏せたくなった。
「ひどい顔……」
「そんなことないよ」
「いいえ。髪も肌も白くて、まるで幽霊みたいです」
「良いから、ほらやっぱり似合っている」
アンクが顔をあげるように促す。白いほこりのような髪の中で、ほの暗い夜空のような黒い髪留めがあった。
「きれい……」
「だろ」
「いえ、そうではなくて」
「?」
不思議そうな顔をするアンクに、私自身も何と言って良いのか分からなかった。
さっきまで無価値に見えたものが、なぜだかこんなに美しく見える。ほこりかぶっていた私の髪の中でも、キラキラと輝く星のようなものになっている。それが信じられなくて何と言葉にして良いのか分からなかった。
欲しい。
今はこれが欲しくてたまらない。
「アンクさま」
「なに?」
「これが……欲しいです。今の私はこれを手放したくないと思っています」
「……あぁ、良かった!」
「大切にしますから。ずっと、ずっと」
アンクも嬉しそうに頷いて、その髪留めを買った。私はその黒い髪留めを付けて、宿屋まで帰った。ぴょんぴょんと飛び跳ねたくなるくらいに、私の心は軽かった。
自分の部屋に入って、お風呂に入って、ベッドについた私はしばらく眠ることができなかった。
「レイナ、レイナ、レイナ」
自分の名前を何度も口にする。
私という人間は、ようやく地面についたような気がした。ひとりぼっちだった世界で、誰かと繋がることが出来た気がした。
「おやすみなさい……アンク」
隣の部屋で寝ているであろう彼に向かってそう言って、私は目を閉じた。
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