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第45話 大英雄、その旅路

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 ピリピリと緊張した空気の中でレイナは言った。頬を流れる汗をぬぐうことすら忘れて、彼女は口を開いた。

「……嘘を言っていたのは確かです。私の魔法は幻覚を見せるものではありません。身体拡張エキスパンション、筋組織の強化などに関わる魔法であって、アンクさまに何かを見せるものではないのです」

「……どうして嘘をついた?」

「理由は……言えません」

 その言葉にサティは小さく舌打ちした。

「言えませんか、随分と勿体もったいぶらすじゃないか」

「サティ、落ち着いてくれ。……レイナ、嘘をついていたってことは知っていたんだな。俺の記憶が欠落していたってことを」

「……それに気がついたのは最近です。会話に齟齬そごがあることは何度かありましたが、気にするほどのものではなかったからです。こうしてアンクさまの家でメイドとしてお支えするのが、当たり前で、この日常は偽物ではないと……信じています」

 途切れ途切れの言葉でレイナは話した。震えながら話す彼女は顔を伏せていて、どういう表情かは分からなかった。

 ただ、1つ分かったことがある。

「改めて考えると、レイナが記憶を操ることが出来るはずがないんだ。彼女の能力は身体拡張エクスパンション。記憶に関するものを操作出来るはずがない」

「それは早計だぞ。魔法を2種類以上保有していることは珍しいが、無いとは言えない」

「それは5大魔法に限った話だろ。記憶操作と身体拡張の2つはあまりにかけ離れている」

「どうかな」

 サティはいまだに疑わしげな表情だった。ドカっと椅子に座り直すと、頬づえをついた。

 サティは執拗しつようにレイナを疑っている。 
 俺はその考えには反対だった。何しろ彼女には動機がない。第一、俺の記憶を忘れさせて何になる。

「アンク、君はどうあっても彼女を無罪にしたいらしいな」

「当然だろ。レイナは俺を裏切らない」

「じゃあ視点を変えよう。君が失った記憶は彼女に関するものだけではないはずだ。他に何を忘れている」

「そうだな……」

 欠落したものに思いをせるというのは、奇妙な気分だ。何を忘れているかなんて、どう合っても思い出せなかった。

「無理だな」

「逆だよ、逆。忘れたものじゃなくて、思い出したものを並べるんだ」

「思い出したものの……『異端の王』を倒すまでの旅路とかか」

「そうだな。それも重要な手がかりだ」
 
 『異端の王』を倒すまでの道程。ほんの数年間前の出来事だ。レイナとの記憶に密接に関係しているそれらは、一連の事件で思い出したものの中に入っている。

 全てを忘れている訳では無いと思うが、その記憶の中に『俺に忘れさせたい何か』が入っているということも考えられる。

 ……いや、待てよ。

「俺はレイナと一緒に『異端の王』を倒したんだよな」

「そうだ」

「この記憶すら改ざんされていたとしたら。俺は本当は『異端の王』を倒していなかったのだとしたら……」

 『異端の王』はまだ生きている。そう結論付けることも可能だ。
 サティは俺の推理を考察するように沈黙した後で、否定した。

「それはない。この私が保証する。君は『異端の王』を倒すことに成功した。北の果てで私はその残骸を確認した」

「そしたら、お前も記憶を改ざんされているとか」

「バカにするな。私を誰だと思っている」

「それもそうか……」

 女神であるサティに対して、記憶の改ざんなんて魔法をかけるやつがいるとは思えない。仮にも神と呼ばれるような存在だ。たやすく人間の魔法にはかからない。

「じゃあ一体、誰が記憶の改ざんをしたんだ。それも何の為に?」

「ほら、結局堂々巡りだ。だから彼女に聞いた方が早いって言ってるだろ」

 サティは諦める気はないようだった。このままだと何をするか分からない。サティがレイナを傷つけることだけは、何としても避けたい。

「……レイナ」

 対するレイナはそれ以上何も話す気はないようだった。
 ここまでして記憶の改ざんを秘密にする理由。正直、検討はつかないが、これ以上の追求は無駄に思えた。

「サティ、もうやめよう」

「だめだ、彼女に逃げられる可能性もある」

「レイナは逃げない。ここは俺の家でもあり、レイナの家でもある。だから、レイナは逃げない。話せないように強制されているってことも考えられるだろ。これ以上の尋問は無駄だ」

「……そういう考えもなくはないが……」

 サティはちらりと俺を見ると、小さくため息をついて両手を挙げた。

「分かった。今日はここで終わりだ。レイナちゃん、悪かったね」

「……あ、はい」

「アンクと2人で話がしたい。……少し上に上がっていてもらえるかな」

「わ、分かりました」

 ホッと息を吐いたレイナは、ぺこりとお辞儀をして上に上がっていった。彼女の寝室のドアが閉まる音を確認して、サティは俺をにらみつけた。

「どういうつもりだい。私を敵に回すつもりなら、ただじゃ置かないぞ」

「まぁ、待ってくれ。この件は俺の手で解決したい。レイナの口を割るのは無理だ。だから、正攻法で行こう。要は記憶のピースとやらを集めれば良いんだろ」

「そうか、君はそちらを選ぶか」

 サティは面倒臭そうに言った。

「記憶のピースの場所は私にも全て分かっている訳では無い。それでも君は最後まで集めると言うんだね」

「あぁ」

 今まで回収してきた記憶は5シーン。
 一体他にいくつあるのかは分からないが、全てをあつめることが出来れば、自ずと改ざんされた記憶も判明するはずだ。

「全部探すとなるとかなり大変だよ。ここから北の果てまで、手探りで探していくしかない。納屋の時のように、とんでもない危険地帯にピースがある可能性もある」

「それでもやる。だから……」

「だから、レイナを尋問するのはやめろ、か。私もとんだ甘ちゃんを英雄に仕立てあげてしまったみたいだね」

 俺の目をまっすぐ見ながら、サティは言った。
 何かを試すような目つきで俺を見たあと、彼女は頷いた。

「分かった。ただし期間は1ヶ月。私もそれ以上は待っていられない」

「助かる」

「しかし、君も難儀な道を選んだね。最後のピースはなかなか過酷だぞ」

「最後……? お前は何を言っているんだ。まだ他にも沢山あるのに」

「私が前に言ったことを覚えているかな?」

 ピリピリした様子から、サティは一転してニヤニヤとからかうように笑い始めた。

「何のことだ」

秘匿ひとくされた体液ほど、濃密な魔力を含んでいる……この時の話を覚えているか」

「あぁ……おい、まさか」

 あの時のサティとの会話を思い出す。
 サティが最初に訪ねてきた夜、必要だと言われたものは……

「性行為?」

「そう、君が埋めるべきピースは彼女との性行為だよ」

「冗談やめろよ。記憶のピースのありかは分からないんじゃなかったのか」

「触れれば分かるさ。彼女の中に記憶のピースは存在する。それを取り出すには簡単なことで、すれば良い」

「どうして……そんなところに」

「さぁ、昔したんじゃないか。君が忘れているだけで」

「それすらも忘れてるって言いたいのか。最低じゃないか」

「うん、最低だね」

 サティは大きく頷いた。
 このことをレイナは覚えているのだろうか。覚えていたら覚えていたで気まずいし、覚えていなかったとしたら悲しい。

「参ったな……しかし、もう1度誘うというのは、かなりハードルが高い」

「だろ、だから最後のピースだって言ったのさ。なんにせよ彼女の好感度を上げることは忘れないようにね」

 サティは「振り出しに戻ったな」と言って俺をジッと見つめた。

「どうやって誘う……か」

 これは予想以上に困難な問題だったかもしれない。楽しそうに俺を見つめるサティに、思わず深いため息が出てきた。
 
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