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第53話 大英雄、オークションを目指す
しおりを挟む「邪神教ね、ずいぶんと懐かしい名前だ」
「サティ、何か知っているのか?」
悩ましげに眉をひそめながらサティは、独り言のようにつぶやいた。
「いや、まだ情報が足りないな。だが、もし奴らの残党なら、この異変も……」
「なんだよ、ブツブツと。どうした」
「邪神教には昔、頭を悩まされたんだよ」
「そりゃそうだろうね。邪神教は女神教を目の敵にしていたから」
リタが納得したように頷いた。
「邪神は女神を滅ぼすと言われているらしいよ。この世の全てを敵に回して、全てを破壊するのが邪神だと言われているらしい」
「本当に、邪神なんてものが存在するのか?」
俺の問いかけにサティは「そんなものはいない」と首を横に振った。
「邪神なんて奴はいない。わざわざ自分から『邪』なんて名乗る、酔狂な神なんていないよ。破壊するのは簡単だけど、何かを一から創り出すのには途方もない時間がかかるんだ。どんな神だって破壊だけするなんてことはありえない。後が面倒臭いからね」
「神様って随分と現金なんだな……」
「神々は調和を重んじる機構だから、不用意には干渉しない。もし『邪神』なんてものが存在するとしたら、それは神じゃなくてもっと別の何かだ」
サティは言葉を続けた。
「邪神教とはつまり、邪神という破壊の象徴を待望するオカルト論者の集団だ」
「つまりは妄想……ってことか?」
「そういうこと。妄想で終われば良かったものを、彼らは禁じ手を犯そうとして、そして自滅した」
俺がまだサラダ村で暮らしていた時に起こったその自滅事件は、突発的に起こったらしく、サティにも詳しい事情は分からないそうだ。聞くところによるとその頃から、『世界の眼』の異変は始まっていたらしい。
「危険な連中だよ。特に私や君にとってはね」
その残党がこの辺りにいる……とは言っても。あたりは何もない平原で、隠れ家やトラブルの予兆は見えない。
「まー、今のところ大丈夫だろ」
リタも同じように感じているらしく、のんびりとあくびをしていた。
「熊か何かと見間違えたんかな。まぁ、どこかに隠れ家でもないか探しながら、空いた時間に探すことにするよ」
「1人で大丈夫なの?」
「心配しないでって。パトレシアこそ身近な獣に襲われないように気をつけな。いくら大英雄とはいえ、男は男だから」
「あら。私、別に襲われても……」
頬を染めてちらりと俺の方を見たパトレシアに、リタは大きくため息をついた。
「そういうとこだよ、そういうとこ。アンク、パトレシアを泣かせたら承知しないからね」
「あいあいさー」
「気の無い返事だなぁ。ところで、あんたたちは何でこんなところに?」
リタは俺たちを見回しなが言った。一見奇妙なパーティーに見える俺たちを見ながら、首をかしげた。
「カルカットに服を買いに行くんだ」
「あぁ、オークションに行くのか。さすが金持ちはやることが違うね」
「オークション?」
「あら、知らないの?」
「あぁ、単純にショッピングタワーに行こうかと思っていたんだが……」
リタは「あー、知らなかったんだ」と驚いたように言って、言葉を続けた。
「カルカットの一大イベントなのに。開催場はそのショッピングタワーの地下ホールだよ。商売人たちはその話題で持ちきりなんだけどね。なんせ金持ちがバッサバッサお金を落としていくから」
「パトレシア、知ってたか?」
「ううん、知らない。だって私、金持ち嫌いだから」
「ひねくれてる」
「ねぇなに? そのオークションって」
興味アリという感じで言ったパトレシアに、リタは一転して「しまった」という顔になった。
「あー……なんだったけなー」
「下手にごまかさないで言いなさい、リタ」
「いや……、まぁ、そのなんだ。娯楽のようなものだよ。月一で集まって、品物を競り落とすイベント……かな」
「ふぅん。面白そうね。それ私も参加出来るの?」
「いや……無理……」
「無理?」
「……じゃない。誰でも参加出来る。参加出来るから、私をそんな眼で見ないでくれ……」
リタが問題にしているのは、多分パトレシアの性格だ。リタは小さな声でぼやいた。
「やっぱり、パトレシアに言うんじゃなかったよ。失敗した」
「正直に言って、リタ」
「はいはい」
らんらんと眼を輝かせたパトリシアに根負けして、リタは本当の情報を口にした。
月一で開催されるカルカットのオークションは各国から珍しい品々が届く。
それを金持ちたちが、名誉と物欲をかけて札束で殴りあう(ような)イベントだった。地下ホールは常に満員。野次馬の熱気も相まって、非常に盛り上がるらしい。
「楽しそうね。行きましょ、アンク!」
その話を聞いてパトレシアがらんらんと目を輝かせた。オークションという言葉は、パトレシアの琴線に響いたらしい。
リタはそんな彼女の様子を見て、頭を抱えた。
「しまった……私としたことが、これは禁句だった」
「どうしたんだよ、なにか問題があるのか?」
俺の言葉に、リタはちらりとパトレシアの方を見てコソッと耳打ちした。
「良いか。あいつは根っからの商売人であり……負けず嫌いなんだ。そんなやつがオークションをやらせてみろ。どうなるか、想像はつくだろ」
「……えーっと」
「パトレシアは死ぬまで札束で殴るのをやめない」
「つまり、底なし」
「そういうことだ。財布の中身は確認しておけよ。スイッチが入ったパトレシアは、金に糸目をつけない」
パトレシアはリタから奪い取ったオークションのパンフレットに釘付けになっていた。確かにいつもと様子が違う。
普段サラダ村では見ないような品々が並んでいるからか。彼女は嘆息を吐きながら、パンフレットをめくっていた。
そんなパトレシアの様子を尻目に、リタは俺の方をポンポンと叩いた。
「健闘を祈る」
「おい、待ってくれ、リタ……」
「健闘を……祈る」
取りつく島もない。
財布の中身がほぼ全財産だ。
「ちなみに……パトレシアの財布はほぼ空っぽだからな。お小遣いは私が責任持って保管している。つまりパトレシアの欲望をどれだけ支えられるからは、アンクの度量にかかっている」
「欲望……」
「私の姉を頼んだぞ。ちゃんとコントロールしないと、内臓を担保にしかねない。あいつの本質はギャンブラーだからな」
リタの忠告に冷や汗がだらだらと流れていく。
パトレシアをコントロールか……。
大丈夫だ。
これだけあれば、きっと大丈夫だ。だめだったら逃げよう。
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