117 / 220
第99話 決起集会
しおりを挟む足音を響かせながら、俺たちは地下階段を進んでいった。
もうかなり進んでいるはずだ。距離に換算すれば、地下10階くらいまでたどり着いたのではないかというほどは歩いていた。
もう2度と戻ってこれないほど深く潜っていく。そんな予感がして、知らず知らずのうちに肌には悪寒が走っていた。
「決起集会というのはただの方便です。『異端の王』に信徒を食わせて、1つになるための最後の儀式が本当の目的だったのです」
「どういうことだ。意味が分からない。食われて、1つになるだと?」
「魔力炉の可塑性の話です。子どもという無限大の可能性を秘めた存在は同時に、他人の感情に同調しやすい存在でもあります。心臓を食べれば、子どもには持ち主の感情が流れ込んできます。単純に言うなれば、彼らは非常に染まりやすい存在なのです」
「じゃあ、お前たちは自分たちの心臓を……」
「はい、食べられてしまいました。私だって食べられる寸前にようやく、気がついたのです。教祖さまはこの時のために仲間を集めていらしたんだと、この私でさえ死ぬ直前に気がつきました。人間への恨みを持つ精鋭を集めて、その思想に同調させる。終わってしまえば、実に単純で理にかなった方法でした。私たちよりも人間に恨みを存在はいませんから、適材適所というやつです」
「あなたは……悲しくないの? それってつまりは、教祖ってやつに死ぬように仕組まれていたってことでしょう?」
ナツが問いかけると、ラサラは振り向きもせずに言った。
「……むしろ感謝しています。だって、あのまま生きていたら私はより深く、人間に対する恨みを募らせたまま生きていたでしょうから。だったら、いっそのこと死んだ方がましです。自分を責めながら生き永らえるのは、もう飽き飽きですから」
「でも、人間全部が悪いわけじゃないよ。人間の中には良い人だっているし……」
「悪の芽は誰にせよあります。思想を持つ人間である以上、その人間が何かに対する悪であることに違いないです」
「……そうかな」
「その無知さがまさしく悪です。現に私がそうした。たくさんの王国を回ってきた大英雄さんなら、大衆の蒙昧さを嫌というほど見てきたのではないかしら」
彼女の問いかけに無言で返す。
……ラサラの言うことは間違っていなかった。
例えば、それはある王国での出来事。魔物への対応策として、都市の周りに巨大な城壁で囲った国があった。
『これでわが町は平穏だ!』
その壁は魔物から市民を守った。
街を襲ってくる魔物は堅牢な城壁に阻まれて、都市の内部に入ってくることは無かった。兵士たちの被害もゼロ。市民たちは壁を作った王を讃えて、城壁の天辺に巨大な銅像を作った。
『王は我々に平穏をもたらした!』
市民の死者は確かにゼロだった。
代わりに市民と認められなかった都市の周縁に暮らしていた人々は、魔物に皆殺しにされた。
ラサラが言っているのは、たぶん、そういう連中のことを言っているのだろう。正しいことをしなかった訳ではない。彼らなりの正しさを貫いただけだ。
「あなたは私の家族に火が投げられたことを黙って見ていた人も是とするのですか。炎が燃えあがる人間を見ても、バケツの1つも持ってこようとしなかった人を、あなたは正しいと見るのですか。自分の身が可愛かったら仕方がないと、諦めてしまうのですか。彼らを正しい道へと歩ませることを使命として、感じないのですか」
「……正しい道」
「すなわち啓蒙です」
彼女は拳を握り締めながら言った。
「私が『異端の王』に願ったのは啓蒙です。愚集の目を開かせることを願いました。全ての人の家に火が投げ込まれることを、最後に願いました。自分たちが行ったことの罪深さに気がついてもらうために、報いを与えたかったのです」
ラサラはまゆ1つ動かさずに語った。
淡々と語る彼女の様子は、自分が歪んだ思想を口にしているということは露ほども思っていない。彼女は本気で『異端の王』に対して、平等な破壊を願っていた。
「報い……か」
それが何になるのだろう。
それで何が変わる訳でもないのに。人を何人殺そうが、何に拷問に合わせようが、結局誰も何も変わらない。
全部をゼロにしたところで、ラサラの言う俺たちの愚かさが変わる訳ではないのだから。
「……死人にこんなこと言っても仕方ないかもしれないけれど」
「なんでしょう?」
「あんた頭は良いのかもしれないけれど、バカだな」
俺の言葉に、ラサラは眉をひそめて「ジョークですか?」と口にした。髪に隠れた血だらけの瞳が、俺をせせら笑っているように見えた。
「本気で言っているんだよ」
「ならば、ますます解せません。説明していただけますか?」
「……俺だったら報いなんて考えずに、とっくに諦めている。誰かに何か教えてやるなんて、親切なことは考えずに、自分のことだけを考えて生きる」
「使命を放棄すると、そう言いたいのですね」
「使命じゃなくて暴論だろ。おまえが言う『蒙昧な大衆』に何を気づかせようとしても、何かが届く訳じゃない。毎日が家に火が付けられるかなんて不安に震えながら暮らしていけるほど、俺たちは強くないんだ。だから、全部忘れちゃうんだよ」
「私のしたことは意味は無かったと、そう言いたいのですか」
「無かったね。だからバカだと言ったんだ」
『異端の王』が死んでからというもの、都市の復興は恐ろしいペースで進んだ。まるで何かを忘れるように、墓穴を埋めていくように強迫的な速度で人々は生きようとしていた。
カルカットが良い例だ。
生を謳歌する街という意味では、イザーブとほとんど同じことが繰り返されている。弱者をしいたげて、強者を祭り上げるという意味では本質は変わっていない。
「分かるだろ。そんな簡単に人間が変わる訳ないんだ。たとえ、家が燃やされようと、俺たちは生きていくんだ。自分たちの罪深さを心のどこかで感じていたとしても、それを抱えたまま暮らせるほど強くないんだ。人間は愚かなままで、お前が言う通り、無知なままなんだよ」
「……報いを与えようとするのはおかしいと……?」
「あぁ。自分と同じ目にあってるやつを見て、気が晴れたって言っている方がまだ人間らしい。お前は間違っている」
「私が…………?」
「あぁ、間違っている。お前、素直じゃないんだよ」
彼女はちっとも面白くなさそうな顔つきで俺を見た。怒りで血が巡ったのが、切り取られたから瞳からポタポタと血液が漏れていた。
「素直じゃない……?」
今にも、逆上して殴りかかってきそうな様子だったが、拳を懐に入れたラサラは早々と俺から視線を逸らした。
「信じられない」
そう言ったラサラが見せた横顔がようやく感情らしい感情だと、俺は思った。
0
あなたにおすすめの小説
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
なお、シリーズ第二作目が、現在なろう様、カクヨム様で連載しています。
2月13日完結予定。
その後、アルファポリス様にも投稿する予定でいます。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる