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第98話 死者の檻
しおりを挟むサティから自分が置かれている状況を知ったラサラは、当たり前のように冷静だった。取り乱すことなく、むしろ嬉しそうにも見えた。
「かつて牢獄を管理していた私が『檻』に囚われているとは気の利いた皮肉ですね」
「『死者の檻』とは昔はとあるシャーマンの一族が使っていた魔法でね。死んだ人間の魂を魔法の檻で閉じ込めるんだ。本来の効果なら、一定時間経てば自然と消滅するんだけれど、この術者は半永久的に檻を維持出来ているみたいだね。解法に近い」
「囚われた魂ですか、面白いです」
「面白い……ってあなた本気で言っているの? 自分の魂を弄ばれて面白いってそんな顔で言えるの?」
パトレシアが声を震わせながら問いかけると、ラサラは考えるように天井を向いた。
「私自身も人間を弄んでいましたから、当然の報いではないですか」
「だから受け入れるってこと……?」
「受け入れた訳ではありませんよ。不思議でしようがなかっただけです。どうして私がここにいるのか分からなかった。死んだはずなのに、ここにいる。『異端の王』は完成して、世界はちゃんと滅茶苦茶になって目的は達成された」
そこまで言うと、ラサラは落胆したようにふぅとため息をついた。ちらりと俺を見てから、言葉を続けた。
「けれど、それも全て元通り。英雄なんてつまらない存在が現れて、『異端の王』は死んだ……でも、どうでも良いことです。もう世界のことになんて興味はありません」
「自分が死んだのにどうでも良いっていうのか」
「どうでも良いです。私は存在しなくなったことより、存在していることが疑問なのです」
ラサラの質問にサティは首を横に振った。
「それは君にしか分からない。さっきも言った通り、私には方法は分かるが、理由は分からない。それは君にしか分からない。胸の内に聞くか、張本人を取っ捕まえるしかないだろうね」
「自分の胸の内を聞くなんて……何10年もしていませんから。ずっと忙しく暮らしてきましたし、過去を振り返るのには慣れていないんです」
「じゃあ、張本人に聞いてみるかい?」
「えぇ、そうしましょう」
ラサラはためらいなく言って、肩の傷口をローブで縛って立ち上がると、出口の方へと目を向けた。サティもそれに合わせて、ラサラの後ろを歩き始めた。
「おい、ちょっと待て。どこに行くんだ?」
「どこって、下に行くんだよ。この娘に呪いをかけた張本人は地下祭壇にいるに決まっているだろ」
「その女も連れて行くのか」
「うん、私の力なら『死者の檻』の効果を伸ばすことが出来る。彼女を地下祭壇まで連れて行くなんてお茶の子さいさいさ」
「問題は……そこじゃないだろ」
血がにじんだ黒いローブを羽織るラサラを見る。
レイナの記憶を思い出す。
この女は信用ならないし、何より子どもを実験台にしていたような奴を同行するなんて、とうてい賛成出来ない。
「俺は反対だ」
「だってさ。どうする?」
「信用されてないのも当然ですね。……ではこれではどうでしょうか」
ラサラは懐からナイフを取り出すと、ためらいなく自分の顔面へと振り下ろした。自分の瞳にナイフを突き立てると、引き裂くようにナイフを引いた。
「おい、待て!」
彼女が俺の言うことを聞くことはなかった。
ナイフはラサラの片目を引き裂いた。
瞳から勢いよく散った真っ赤な血は、壁にまだらな模様を作り出した。流れる血を気にすることもなく、彼女はポタポタと血を床に垂らしていた。
「何を……しているの」
突然の行動にナツが目を見開いて問いかけた。血を垂らしながらラサラはふぅと息を吐きながら言った。
「せめてもの意思表示です。これで武器の半分は塞がれて、残りは満足に動かない片方の目です。十分な魔法の発動は出来ません。今の私はまともに歩くことすら出来ません。不安でしたら、もう片方も切ってみせましょうか」
「そこまでしろなんて言ってない!」
「言わなくても分かります。あなたたちに危害を加えません、そう私が言ってもあなたたちは信用しないですから」
ラサラは痛みで大粒の汗を垂らしながら、なお変わらない表情で俺たちを見ていた。
「これで一緒に連れて行ってくださいますよね」
「……狂っているって言っても、お前はまた喜ぶんだろうな。分かった、一緒に来て良い。その代わり俺から離れるな」
「ありがとうございます。大英雄さまにエスコートされるなんて光栄ですね」
「思ってもないことを口にするな。変な素振りを見せたら、その場で置いていくからな」
俺がそう言うと、ラサラは「ふふふ」と笑って引き裂いた瞳を止血した。
黒いローブも、ナツが渡したタオルもあっとう言う間に血で真っ赤になって、川のように流れる血を垂らしながら、ラサラは俺の手を掴んだ。
細く長い指は、生気が感じられないほどに青白かった。
「さぁ、行きましょうか。男の人にエスコートされるなんて、初めてです」
ラサラは嬉しそうに微笑んで、俺の腕にぎゅっと身を寄せてきた。頬をすりすりと寄せる姿は、想像よりも小さかった。
その様子に後ろを付いてくるナツとパトリシアが、不満たっぷりの声を漏らした。
「アンクに変なことしたら、私たちが殺すからね」
「お前たちが言うと、洒落にならないから」
「本気だよ」
「…………」
後ろから2人分の殺気を一身に受けながら、再び暗い地下階段を降りていく。
案内役のニックが残念ながら気絶してしまっているので、先頭は俺とラサラが歩いていく。気絶したニックは、引きずるようにしてサティが持っている。時折、頭を打ち付けるガゴン、ガゴンという音が聞こえるが、まぁ気にしないでおこう。
「ニックには後で謝っておかなくてはなりませんね。隙だらけだったとは言え、かつての仲間に催眠魔法を使うなんて、少しひどいことをしてしまいました」
「仲間意識はあったんだな。もっと冷徹な集団かと思っていたが……」
「冷徹だなんて、とんでもない。隠れて暮らす数少ない仲間である以上、私たちは共に協力して生きていました。買い出しに行くのも、食事をするのも、戦いに行くのも常に一緒でした。それこそ家族のようなものです」
「割には、計画の全貌をニックは知らなかったみたいだけれど」
「えぇ、家族にだって秘密はありますでしょ。どんなに愛している人にだって、秘密の1つや2つはあるものです。あなたもそうではないですか」
「…………ないよ」
「感情が顔に出やすいタイプなのですね。可愛らしい」
ラサラが俺に顔を近づけながら言うと、後方でわずかに雷光が瞬いた。パトレシアが俺たちに向けて、小さな電撃を放ったのは振り向かなくても分かる。
「ラサラ、あまり下手に挑発するのは止めろ。パトレシアの電撃を浴びたら命の保証は出来ない」
「ふふふ。ひょっとしたら、電気ショックで本当に生き返ってしまうかもしれませんね」
「お前も、もう1回死にたいのか?」
ラサラは俺の問いに「それも楽しそうですね」と言って、小さく首を横に振った。暗い階段の中で、彼女の表情は分からないが、その言葉に迷いはなさそうだった。
「未練はありませんよ」
「でも、お前たちは結局のところ殺されて、その結末を見届けることは出来なかったじゃないか。そこに未練はないのか?」
「ないです。私たちはそれを覚悟の上で、『異端の王』を誕生させたのですから」
「覚悟……? 死ぬつもりでやっていたから、後悔はしていないって言いたいのか」
「いいえ、それは違います。死ぬつもりではなく、死ぬ運命だったからですよ」
見えなくなった方の瞳を俺に向けながら、ラサラは言った。
「『異端の王』誕生のためには私たちが必要だったんです。具体的には私たちの心臓が必須でした。信徒たちの心臓を食べることによって、『異端の王』は悪の局地として成るのです。ですから私たちの死は、予め決められていたことなのです」
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