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第109話 彼女の罰

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 レイナとサティの戦いは激しさを増していった。
 放たれる拳、穿うがたれる鉾のどれもが急所の一撃だった。地下祭壇が原型を失い、周囲にられていた水はあふれ出し、徐々に足場を水没させていった。

「レイナ……」

 機転を効かせたニックが、昏倒していたナツとパトリシアを避難させた。俺たちは離れた場所で、2人の戦いを見ているしかできなかった。

「こりゃあすげぇ……俺は夢でも見ているのか」

 ニックの言う通り、到底この世のものとは思えない戦闘だった。
 『不死アムリタ』の異端によってレイナは裂かれても貫かれても立ち上がる。対するサティは、圧倒的な防御力でレイナの攻撃をものともしない。みぞおちに掌底しょうていを喰らおうが、首筋にかかと落としが炸裂しようが、平然とした顔で反撃する。

 俺がいくら固定魔法を試みたところで、2人の勢いは止まらない。俺は完全にかやの外で、戦いの行く末を見守ることしか出来なかった。

「あれが教祖さまたちの作った『異端の王』か。ありゃあ、確かに国を滅ぼすことなんて容易たやすいだろうな。すげぇもんを作ったもんだ」

「……レイナをそういう風に言うな。あいつは俺の……仲間だ。作られたものなんかじゃない」

 ニックは俺の言葉に慌てた様子で弁解した。

「そ、そうか。すまなかったな……悪く言ったんじゃねぇんだ。ただ、すげぇ魔力だと。どうやったら、あんな量の魔力を普通の人間が持つことが出来るんだ……」

 ニックが驚くのは当然だった。
 黒い魔力を全身に張り巡らせながら、レイナは『身体拡張エクスパンション』の魔法で圧倒的な身体能力を発揮している。

 『不死アムリタ』『催眠イプノーティス
 2つの魔法は本来、邪神教の教祖たちが持っていた魔法だ。心臓を取り込んだ『異端の王』がその力を奪い、代わりに魔法を保有した。

 それが今、レイナの元にある。

「本当に自分の弟を喰ったのか……?」

 自分の弟である『異端の王』を血の儀式で取り込んで、レイナは彼の力を引き継いだ。

 ……そうすると、俺に催眠イプノーティスをかけたのはレイナしかいない。
 カルカットでの出来事がレイナによる自作自演だったとすると、辻褄つじつまが合ってしまう。

「それが……真相か」

 レイナは自分が『異端の王』であることを隠すために、逃げた。
 彼女は自分で言った通り、俺に嘘をついて、隠し続けていた。逃げ回り、妨害ぼうがいするために『死者の檻パーターラ』まで使った。

 俺はレイナにずっと裏切られていたんだ。

 そう考えるとやり切れない気持ちになる。なぜ、言ってくれなかったのだろうという感情が湧き上がってくる。気がつけなかった後悔の念もある。

 ……けれど、それは俺が今考えるべきことではない。

「じゃあ、俺はどうすれば良いんだ。黙って見ているしかないのか」

 何もせず彼女たちの戦いをここで見る。
 それはすなわち、レイナを殺すということだ。

 サティは間違いなく、レイナを殺すまで戦いをやめる気がない。『異端の王』であるレイナを見逃すことは、世界の管理者であるサティにとって選択肢に存在しない行為だ。

 勝負はいずれ決着がつく。
 無尽蔵むじんぞうの魔力を持つ女神に対して、レイナはあくまでも人間に過ぎない。どれほど優れた器を持っているとはいえ、女神には敵うはずがない。これは最初から勝負ではなく、一方的な処刑だ。

 レイナは敗北して死ぬ。
 
「それで、良いはずがないよな」

 彼女たちの方へと足を向ける。

「……おい、あんた、どこに行く気だ?」

「どうしたら良いのか分からない。ニック、お前だったらどうする?」

「俺に聞くのかよ……」

「聞ける奴がお前しかいない」

 ニックは困ったように自分のひげをかいた。

「そうだなぁ、要は2人ともあんたの身内なんだろ? それで、あんたはどっちの味方につこうか迷っている」

「『異端の王』を放っておけないのは分かっている。レイナをどうにかしない限り、悲劇はまた繰り返される。だからと言ってレイナが死ぬなんて考えられない。俺はどうすれば良いんだ?」

「うーん、どうすればって、俺に分かるはずがねぇだろ」

「…………確かにな」

「あー、分かった分かった。そんな顔するなって。そうだなぁ……」

 戦いは予想よりも早く終結の気配を見せていた。
 レイナの動きが遅くなっている。動きにもキレがなくなって、サティの攻撃に直撃することが多くなっていた。『不死アムリタ』による回復のスピードも徐々に遅くなってきているように見えた。

 早くしなければ。
 けれど俺は何をすれば良い? どうすればこの場を打開することが出来る? どうすれば2人の戦いを止めることが出来る? どうすれば誰も傷つかないで終えることが出来る?

「……なぁ、要はあんたが何をしたいかじゃねぇのかな。どうすれば良いとかじゃなくて、あんた自身が何を望むかだ。俺だったらそうするね」

「無責任だな」

「責任って言葉が嫌いでね。なにせ逃げ一択の生活を送ってきたもんだから」

 ニックは自虐的じぎゃくてきに笑うと、言った。

「衝動で決めちまうんだ。難しいことはあとで考えれば良い。後悔なんて、どっちを選んだってするもんだ」

「それは……そうだな」

「今、立ち上がったっていうのはそういうことだろ。いてもたってもいられないから、立ち上がって何かしようって気になっている。だったら、あんたはその欲望に従うべきなんだ」

 あぁ、そうだ。
 俺がどうしても我慢ならなかったのは、何かしなければと思ったのは……、

「レイナに死んで欲しくなかったからだ」

 当たり前のことだ。選択肢なんて最初から無かったじゃないか。あいつが『異端の王』であろうが、今はどうでも良い。レイナが死ぬことを黙って我慢できるはずがなかったんだ。

「ニック」

「あん?」

「ありがとう」

「ははは、例には及ばねぇよ。さぁ、走って行ってきなって……おぉぉぉお!?」

「悪いな、力を貸してくれ」

 ニックの手を引いて、2人の間まで走っていく。魔力が切れて、『不死アムリタ』の魔力さえ発動がおぼつかないレイナを、サティの鉾が狙っている。今までとは比にならない位、巨大で光り輝くほこが倒れたレイナを狙っている。

 レイナを見下ろしながらサティは言った。

「さぁ、魂ごと消してやるよ。その身にあまるほどの欲望ともども、この世界から消滅させてやる」

 鉾はどんどんと膨らみ、サティの手を離れて宙へと浮かんだ。レイナを消滅させるには十分過ぎるほどの魔法が放たれようとしていた。


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