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第167話 森へ / 出会い
しおりを挟む雪はその方向に向かうにつれて徐々に勢いを増していった。正面から吹き荒ぶ北風が、木々の合間をびゅうびゅうと抜けていく。
「……もう少し着込んできた方が良かったか」
真夜中の森の中で、思わずひとりごちる。視界が覚束ないというのは、想像以上に恐怖を感じて、ましてや1人で歩いているという不安が胸を襲うことは何度もあった。
……いやだめだ。歩かなきゃいけない。
索敵を使いながら、なんとか森を抜けていく。サラダ村を抜けてさらにその先へ。町を越えて、山を超えて見知らぬ獣道を歩く。
「…………寒いな」
魔法を行使しているからか、寒さに加えてときたま偏頭痛が襲う。1度や2度ではなく、断続的に索敵を使うたびに襲ってくる。
そのたびに足を止めて、地面にうずくまる。頭痛と耳鳴りが鳴り止むまで休んで、沈んだらまた歩き出す。
正直、今何時か分からない。夜の鳥の声が聞こえるから、きっと真夜中なのだろう。
「急がなきゃ……な」
何度目かの休息を終えてまた歩き出す。
この雪が世界を覆い尽くす前に、なんとかあの場所に辿り着かなければいけない。
最後の鍵があるのはもう少しだ。
「北……か」
歩き始めた今、その場所は徐々に近づいていると感じていた。魔力ではなく、直感でその場所が分かるような気がしている。
次の道を抜けて、右に曲がる。
そこからまっすぐ、巨大な沼を迂回して13時方向へと歩く。
数十メートルの高さの崖を素手で登っていく。横穴を抜けてさらに、左へと。再び鬱蒼と広がる森が続く。
「もう少し、もう少し……だ」
自分が向かう先の目的地は光として浮かんでいる。誘うように、おびき寄せるようにぼんやりと浮かんでいる。
確かなのはその目的地と、俺が急がなければならないということだ。
『……帰ってくる?』
『あぁ、絶対に』
何てくだらない嘘をついたんだろう。
約束された明日なんてどこにも無かったはずなのに。俺に残された猶予は後ほんの少しもない。五体満足の明日が来る保証なんてどこにもない。
瞑世の魔法はもう完成している。
「あいつは俺を待っている」
おそらく夜明けがやってくるまでの間。
新しい女神ではなく、彼女は彼女としていてくれる。その姿のままで俺を待っている。
『……なんておぞましい生き物だ』
誰かの感情が流れ込んでくる。
悲しくて、やりきれなくて、絶望に満ちた誰かの心を感じる。『異端の王』と出会った時、本体が出していた瘴気を目の当たりにした時と、同じものを感じる。
「……これが『魔物化』か」
無防備に魔力に当てられすぎたせいか、感情が支配されていく。自分ではない誰かの感情が流れ込んでくる。
『異端の王』の力だ。
ドロドロとした古い記憶が流れ込んでくる。薄暗い闇で言い聞かされていた言葉が、脳裏に現れる。
『異端の王』とは人間が産んだ人間を殺す自傷装置だ。
『これは自然淘汰の一種だ。そのことを理解して儀式に望むと良い。君は世界を動かす装置の一部になれるんだとね。誇りに思うと良い』
『私は(僕は)装置になるために生きているんじゃない』
『君が群れで生きる生き物である以上、装置であることは逃れられない。君は誰かを動かす歯車であり、誰かに動かされる歯車だ。そこから逃れる方法は、歯車を粉々にするしかない。新しい装置そのものになるしかない。君を捨てた者に対して、復讐してやるんだ』
途端に世界そのものが真っ黒に変わる。
歩みが止まる。惚けたように佇むことしか出来ない。何もかもが嫌になってくる。
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎おい、待てよ」
誰だ?
「待てよって言ったんだ、化け物。実はなお嬢ちゃんの首には、その獣よりも数十倍の値が付いているんだ」
私に討伐を依頼した男たちだ。
森の奥にいる獣の討伐を依頼した男たちが立っている。やけに金額が高いとは思っていたが、裏があったということだ。
どうでも良い。
身を翻して去ろうとした時、暗がりからふくらはぎに向けて小さな針が飛んできた。
「…………?」
脚に刺さった銀色の小さな針。それを認識した途端に脚の力が抜ける。
しびれ薬だ。力が抜けていく。相当強力なもののようで、そのまま私は膝をついた。
「残念だったなぁ、お嬢ちゃん。少し暴れすぎだ。魔物を使って得している人間もいるってことを知った方が良かった」
「…………◼︎◼︎」
「何を知ってももう遅いけどな。魔物は良いぜ。確実に人間を殺してくれる」
醜い。
「……良く見たら、綺麗な顔しているじゃねぇか。いたぶってから、売り飛ばすのもありだな」
男の1人が頬を平手で殴りかってくる。暗がりからもう1人の男が出てきて、ナイフを持って、着ていた服を切り裂いた。
最悪だ。
「…………◼︎◼︎」
「あ? さっきから何を言っていてんだ。聞こえねぇな」
憎い。
「なんだ?」
「…………死ね。お前みたいな奴がいるから、世界がダメになるんだ』
近づいてきた男の首をもいで殺す。私の服を切り裂いた男も殺す。森に潜んでいた3人の男が弓を撃ってくる。2発弾いて、1発腹で受け止める。自分の血で濡れた鏃を引き抜いて、発射されたところへ返す。
断末魔と、沈黙。
「くだらない」
どいつもこいつも死ねば良いのに。人間っていうのはどいつもこいつも欲望を持て余した、おぞましい怪物だ。私が彼らと同じ機関を持った生物だということに腹が立つ。
あぁ、いっそのこと違う生物にでもなってしまおうか。
————そっちに行っちゃダメ。
……その声によって思考に終止符が打たれる。
降りしきる雪に飲まれかかった頭が、俺を呼びかける声で覚醒する。
「ここは……」
どこだ?
光り輝いていた鍵の痕跡が消えている。まっすぐ歩いていたはずなのに、降り積もった雪すらも消えている。
「アンク」
呼びかけた声は思ったより近くで聞こえた。索敵を使って、居場所と正体を探る。
「……誰だ?」
浮かび上がる魔力と姿形は見知らぬ女だった。
けれど、雰囲気も声も明らかに違う。綺麗な女の声をしている。それもしらない声ではない。俺が探している誰かとは、また別の女の声だ。
「アンク、わたしよ、わたし。忘れちゃったの?」
今度は耳元で囁き声が聞こえた。
「大英雄さん。私、顔にあざのある女よ」
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「そう、ラサラです。大英雄さん、また会えてとても光栄です」
『死者の檻』で蘇り、そして再び死んだはずのラサラがそこにいた。彼女は敵意のない穏やかな様子で、俺の隣に座った。
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