魔王を倒して故郷に帰ったら、ハーレム生活が始まった

スタジオ.T

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第169話 始まりに戻るということ

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 事態は一向に変わらない。
 牢獄に閉じ込められるよりタチの悪い閉鎖空間に、俺は入り込んでしまっていた。

 隣に座るラサラと言えば、呑気にマグカップを傾けて、ほっと息をついている。関係ないのだから、当然といえば当然だった。

 ふと、彼女が俺に質問した。

「……そういえば、あの娘には会えたのですか」

「いや、まだだ。それどころか事態はもっと面倒臭くなった。それが誰だったかすら、俺は忘れてしまっているんだ」

「記憶を……それは興味深いですね。少し聞かせてください」

 今まで起きたことをラサラに話す。
 女神との戦いの一部始終をラサラは興味深げに聞いていた。

 そして俺が最後の1人に会うために歩いてきたことを言うと、彼女は悲しそうな様子を見せた。

「わたしがどうこう口出しして良い問題ではなさそうですね。あなたたちの気持ちは私には分かりませんが、それがとても悲しいことだと言うのは分かります。全ては私たちがいた種ですから」

「……種ならもっと前にかれていただろう。お前たちがやったことは、それを『異端の王』というとんでもない化け物に育てたことだ」

「それはもっともです。種というのは非常に良い例えですね。私たちは種であり、また養分であった」

 ラサラは感心したように言うと、俺の横に座って再びホットミルクに口をつけていた。

「例えといえば、こんな話を知っていますか。プルシャマナに伝わる魔法の話」

「聞いたことがない」

「私の故郷の古い迷信です。魔法というのは、術者の心を反映していると。複雑に絡み合い、交差する感情が描く模様が魔法となって現れるのだと、私が産まれた極東の島では言われていました」

「……反映……つまり、魔法と感情が結びついているってことか」

「はい、あなたも魔法をかける時に何かをイメージしたのではありませんか?」

「俺は……魔法をかける時は箱をイメージしている」

 固定魔法を使用する時は、敵を囲うようにアクリルケースのような箱をイメージしている。ユーニアにイメージしやすいものを使用しろと言われたから、なんとなく箱をイメージするようになった。

「箱ですね。それは実に面白い例えです」

「ただ分かりやすいってだけだぞ」

「はい、分かりやすさというのは心の結びつきが強いということでもありますから。箱というのは何色をしていますか?」

「透明だ」

「大きさはどれくらい? 模様はありますか? 中に何か入っていますか?」

「大きさはまちまちだよ。模様もない」

「中には何も入っていない。あくまで空っぽな箱だ」

「そうですか……では……」

「なぁ、この質問、なんの意味があるんだ」

 俺の言葉にすぐに答えようとはせずに、ラサラは何かを考えこむように沈黙した。あまりに呼吸が静かだったので、寝てしまったのか、いなくなってしまったのかと思ったほどだった。

「ラサラ?」

 俺が声をかけると、彼女は再び口を開いた。

「……もう1度よく考えてみて下さい。その箱には何か入っていませんか?」

「だから何も入っていないって」

「耳を塞いで、呼吸を沈めて、自らのうちに問うてみてください」

 何を意図しているか分からない。からかっているようには思えないから、何か目的があることには間違いない。

 言われた通り耳を塞いで、呼吸を落ち着かせる。指の間から漏れる空気の音くらいしか聞こえるものがなかった。

 しばらくそうしていると、ラサラが不満そうに言った。

「もう少し深く耳を塞げませんか。これでは外の音が聞こえてしまいます」

「無理だ、これ以上は」

「耳栓でもあれば良いんですがね。分かりました、私が手伝います」
 
 ラサラが俺の後ろに移動する。
 手を伸ばして、俺の手に重ね合わせて耳を閉ざした。冷たい手が、俺の指と重なる。

 静寂の世界に身をゆだねる。
 耳を塞いだことによって、頼りにしていた外界を認識するものがなくなった。宇宙の果てに放り出されたって気がつかないほど、今の俺には何も感じられなかった。

「何も……起きないぞ」

 耳を開けて首を横に振ると、「そんなことはありません」と強く否定された。

「何かが聞こえるはずです。もう我慢してください」

 ラサラに促されて再び耳を塞ぐ。
 聞こえてきたのは、自分の心臓と呼吸の音。それからしばらくして、血管を流れる血の音が認識出来た。息をするのに合わせて、筋肉と骨が動いている。

 ピキピキ、コクコク、ドクドク、と不可思議な身体の音から更に耳を澄ませると、明らかに異質な音が鳴っていた。

「これは……なんだ?」

 耳を塞いだまま俺が言うと、ラサラの声がお腹の底、内側から響いて生きた。

「思い返すのですよ。あなたはちゃんと全ての記憶を集めてきている。鍵はすでに開いています。分厚い本の最初のページに戻るように、めくってみてください、そのページを」

「最初の……ページ」

 浮かんだのはいくつかの数字だった。
 蛇口から漏れ出した水滴のように、数字がポタポタと頭の中に落ちてくる。

 0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12……

「13……」

「それです。それが記憶への鍵です」

 手を伸ばす。
 その数字をすくいあげて、覗き見る。

「音が聞こえる」

 キン、と金属の弦を弾く音。
 カン、とぶつかる甲高い音。
 コン、と響くベース音。
 
「この曲……」

 知っている。夢だと思っていた遥か遠くの記憶。
 自らの欲望を認めてしまった彼女の痕跡こんせきこそが、全ての始まりだったんだ。

「オルゴールだ」

 俺はこの曲を1番初めに聞いていた。箱はショーケースだ。彼女の欲望を囲う、空虚な檻だ。

 そうだ。
 彼女の名前は……
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