魔王を倒して故郷に帰ったら、ハーレム生活が始まった

スタジオ.T

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第175話 1秒でも長く

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 詠唱と共に放たれた魔法が一直線に俺に向かってくる。
 最短距離で定規で引いたようなまっすぐな直線を描いている。

 まるで避けてくれと言わんばかりだ。
 そんなもの避けるに値しない。これでは何1つ満たされない。

 放たれた鉾はズブと音を立てて腹を貫いた。腹部から背中へ向けて、光の鉾が俺の腸を貫通した。

「あ……」

 言葉を失ったのは攻撃したレイナ本人だった。
 俺の身体は鉾が直撃して、骨、筋肉、内臓が漏れ出した。ぼたぼたと茶色い地面に血が水たまりのように流れていく。

 口からは血が流れ、嫌な鉄臭さで口の中がいっぱいになる。
 それでも止まることは出来ない。俺の目的は未だに達成できていないし、歩みを止める訳にはいかない。

「……どうした倒すんじゃなかったのか」

「く……」

 続いて、俺の左半身に向けてもう1投が放たれる。回転しながら、風を切って走ってくる。

 放たれた鉾に巻き込まれて、直撃した左腕がねじ切られる。肩から先、使い慣れた腕が光の鉾と共に雪原に落ちる。

 血で地面が真っ赤に染まっていく。

 利き腕でなくて幸いかと思うべきか。
 脚はまだ動くし、レイナのそばまでは後少し。切り取られた自分の腕がはるか後方で、ぐしゃりと潰れるのが分かった。

「どうして……諦めてくれないんですか」

 レイナが唇を震わせてつぶやいた。

「痛みはあるはずです。歩けるはずがないです。立っていられるはずがないです。生きていられる傷な訳……ないです」

「君のことを大切に思っているからだ、レイナ」

「私だってあなたのことを大切に思っています。いえ、あなたより、ずっとずっと、何倍も何10倍もあなたのことを思っています。私の方が……」

 レイナは口をつぐんでうつむいた。

 ……どうして記憶の無いだれかの姿をずっと探していたのか、ようやく分かったような気がする。
 何の計画もなく、何の算段もなく、何の保証もなく、俺はずっとレイナを探していた。

「多分、1秒でも長く……」

 言おうとしたところで口から血が垂れる。
 ドボリと不思議な音がする血だった。見下ろすと何かの臓器のようにも見える。

 痛みは……ない。
 心臓はまだ動いている。地面に落ちたものは、たぶん生きる分にはそこまで必要としないものなのだろう。気にせずに再び歩を進める。

 すでにほこを収めたレイナが俺に向かって叫ぶのが見える。

「……もう止まってください! 見ていられません! この勝負はあなたの負けです! 腹を貫かれて、内臓は飛び出て、腕も千切れています! これ以上、あなたに何が出来るんですか!!?」

「で……き」

 口がうまく回らない。
 死が確かに近づいているのが分かる。それでも脚は問題なく動く。1歩でも近くに、レイナの近くに近づくことが出来る。

 恐怖はある。
 けれど、元より死ぬべきだった命だった。与えられた役目は果たすことは出来ないけれど、それで良い。ずっと探していたものが目の前にある。

 願いがあった。
 願いはそんなたいそうなものではなく、どこにでもある、ありふれたものだった。

 ……1秒でも……

「どう、して」

 震える彼女の瞳に応える。
 身体はくれてやる。元より必要無いものだ。腕と口が動けば良い。ただ手の触れる範囲に彼女がいてくれれば良い。

「どうして……って」

 当たり前のことだ。
 当たり前すぎて、口に出すのもはばかられるほどだ。

「1秒でも長く君といることの方が、ずっと大事だったからだ」

 ずっと心の奥にあった感情を口にする。
 長い旅の道中で、彼女はずっとそばにいてくれた。

 この世界にありとあらゆるものよりそのことが大事だった。
 どんな困難よりも、安寧あんねいとした暮らしよりも、世界の平和よりも、死の恐怖よりもレイナと一緒にいられることを選びたかった。

 1秒でも長く、1ミリでも近くに彼女にはそばにいて欲しかった。

「そんなの……」

 レイナが声を発する。
 だらりと腕をおろした彼女はもうすでに振るうべき拳をなくしていた。

 にじんだ涙が言葉と共に地面にれたのが分かった。

「身、勝手……です。わがままです。何も解決してないじゃないですか……!」

「良いんだよ、それで。俺が本当に欲しいものはこれなんだ」

「本当に……欲しいもの」

 手を伸ばす。
 震える彼女の身体を抱きしめる。抱きしめられる瞬間に何かに気がついたのか、レイナはハッと声を発した。

「……これは催眠魔法。アンクさま、自分に催眠を……」

「おかげで痛みを感じなかった。ここまで歩いてこられたよ」

「ば……か……」

 本当に便利な魔法だ。
 おかげで負傷による痛みをごまかすことが出来た。まだ動けると自分の身体に嘘を付いて、ここまで歩いてこれた。

 ふと目をやると、レイナの髪はもとの髪色に戻っていた。青い色が幻のように消えて、彼女は元の透き通るような白髪の戻っていた。

 背中に回った彼女の手が、俺の身体をきつく抱きしめる。

「もう、戦わないのか……?」

「……もう決着は付きました。アンクさまの命は後数分ももちません。仮死状態になったアンクさまの身体を復元させて、魔法は完了です。…………ですから、もう少し、このままで。私も少しわがままをしたいと思います。1秒でも長くアンクさまとこうして。そのあとで、瞑世の魔法で世界を作り直そうと思います」

「……そうか」

 温かな彼女の身体を受け止める。
 俺の血で服を真っ赤に濡らしながら、レイナは愛おしげに俺の胸で目を閉じていた。

 ……こんな穏やかな彼女の顔を見るのは久しぶりだった。
 
 片方の腕で優しく彼女の肩を掴み、そのまま草むらに地面に押し倒す。レイナは目を見開き、俺を見た。

「え……」

「少し乱暴するけど、我慢してくれ」

 唖然とした表情の彼女の顔に唇を近づける。口と合わせて、彼女の中にねじこむように舌を入れる。

「…………?」

 彼女の口の中で舌と舌をからませる。唾液を滴らせ、彼女の体温を奪うように長いキスをする。

 レイナの身体がほのかに熱くなってくるのが分かる。抑えられていた魔力がレイナの身体を通して、俺に流れ込んでくる。

 これからだ。
 唇を離して、レイナの胸に手を置く。

固定フィックス

 流れ込んできた魔力をそのまま返すイメージで、レイナの身体を固定する。胸部を中心に強い時間停止魔法をかける。

「……ぁ……」

 狙いは心臓。魔力抵抗のない身体に魔法を打ち込む。
 心臓の動きが止まる。レイナは動きを止めて、静かにまぶたを閉じた。

「悪いな。まだ俺、諦めてないんだ」

 意識を失ったレイナに語りかける。

 1秒でも長くレイナといること。その気持ちは嘘ではない。
 俺は彼女のことを救いたかった。彼女の記憶を見てしまったからこそ、この結末が納得いかなかった。

 ふところからナイフを取り出す。
 小ぶりなものだが、人1人を切り裂くには十分なサイズだ。
 
「ごめんな、レイナ」

 そして、俺は鋭く光る切っ先を、レイナの胸に向けて思い切り突き立てた。
 


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