7 / 16
夜のお散歩、五分前②
しおりを挟む
飲み会後のコシミチさん宅での一件以降、
向こうから何度かメールや電話着信があったが、完全に無視を決め込んでいた。
あの夜は酔っていて全く記憶はないが、
コシミチさんになんか変な事をされた事は間違いなさそうで、向こうは僕の事を性的に見ていることも間違いなさそうだ。
今の時代、同性同士のカップルも世間で認められているし、多様性の事は理解しているつもりだが、いざ自分がその対象になってみると話は変わってくる。
ヤダヤダヤダ、おじさんに言い寄られるのは嫌だ。
これが素直な気持ち。
しばらく無視しておけば、いずれ諦めるだろうと思っていた。
電話は出ないようにして、メールは迷惑フォルダ行きに設定したので、少し気が楽になった。
それから1週間くらい経って、同期のハタケダから電話が掛かってきた。
新人研修で一緒だったくらいで、配属後は社内ですれ違う事もなく、その時に連絡先を交換して以来、話すのは久しぶりだった。
「よう、仕事は順調?」
「まあぼちぼち。どうした?」
「いや、ちょっと直に話したい事があってさ」
「何よ急に。怪しい投資とか宗教の勧誘は勘弁よ」
「そういう類ではないけどね。今から出られる?」
21時過ぎだ。
「いいけど」
「じゃあ、あそこどう?研修の時によく行ってた居酒屋」
「ああ、あそこ。ちょっと個室っぽくなってるところ」
「そうそう。じゃあ現場で」
「了解」
新人時、研修会館の近くにあったこの店は、4、5人が座れる半個室の席があり、研修グループでよくきてワイワイやっていた事を思い出した。
「よう、先にやってるぞ」
中ジョッキを上げるハタケダは、一見調子が悪そうに見えない。
「相談事って何だよ」
とはすぐには言わず、僕も生を注文してしばらく昔話を楽しんだ。
「で、相談事って何だよ」
「その話だけどよ、誰にも言うなよ」
「何それ、物騒だね」
「いやね、こないだウチの部署で打ち上げがあった時に二次会で数人とダーツバーに行ったわけ」
「まあ、よくある普通のコースだね」
「そしたら、見覚えのあるおっさんがカウンターで1人飲んでたから、あれって資材部の人じゃね?って」
「ほう。お前のところ資材部と関わりあったっけ?」
「たまにな。ほらいるじゃん、コシノのとかいう背の高いおっさん」
僕はその名字を聞いてギクっとした。
「え?」
「知ってる?」
「うーん、名前を聞いた事があるくらい」
「俺は一応顔見知りだから。無視するのもあれだし、一応挨拶に行ったわけ。お疲れ様でーすみたいな感じで」
「そうなんだ」
「そしたらこっち来て一緒に飲もうぜみたいな事言ってきて、まあ俺もダーツに飽きてた所だったからいいですよみたいな感じでカウンターの隣に座って。けど、コシノのおっさん別に酒飲んでるわけじゃなくて瓶のコーラ飲んでるんだ」
コシミチさんは下戸だからな。
「俺は普通に酒頼んで、会話の内容は忘れたけど、話している最中めっちゃ触ってくるのよ、ベタベタと」
「スキンシップってやつかな」
「なんて言うの?めっちゃベタベタいやらしい触り方なのよ。分かる?」
「分からない」
いや、分かる。ベタベタ触ってくる。いやらしい手つきで。
「5分くらい経ったかな。みんなが帰ると言うんで、俺も帰りますというと、おもむろに顔を近づけてきて連絡先教えてよって言ってきてさ」
「ええ?!唐突だね」
「何で?って聞いたら、もう少し話したいから後で連絡していいかって言ってきて」
「どうしたの?」
「連絡先を交換した」
「なんでよ!」
何やってんだよ。食われちまうだろ、バカ。
「いや、俺もどうかしてたんだよ」
「それで?」
「その後からめっちゃメールとか着信が来るわけ。フル無視だけど」
ケータイの画面を見せられた。僕と一緒じゃん。
「お前に相談というのは、今からコシノさんに電話して断ってくんねぇかな。事件になる前に」
「何で俺なのよ。自分で断ればいいじゃん」
「怖いだろ。今後仕事でも会うだろうから気まずいし」
「いや、それは俺も一緒だろ」
「お前はコシノさんの名前くらいしか知らないって言ってたじゃん。頼む、同期のお願い」
困った困った、困ったぞー。なんか巻き込まれてるー。
店の外に出て、ハタケダから借りたケータイからコシミチさんに電話を掛ける。
10回程コールして出なかったので、
「出ねぇよ」と電話を切ろうと思った瞬間、「はい」
出た!
「夜分遅くにすみません。ハタケダの電話を借りて掛けています。コシノ様でしょうか」
声色を変えて対応する。
「はい、ご用件は何でしょう?」
「ええっと、以前ハタケダと連絡先を交換していただき、何度かご連絡をいただいておりますが、ハタケダの方は迷惑ーーー」
「迷惑?」
「いや、ちょっと今後はプライベートなケータイには連絡してほしくない方向でと申しておりまして」
「あっそ。分かりました。もう二度と連絡しません。と本人に伝えてもらえればいい」
案外あっさり引き下がったな。
「そうですか。ありがとうございます。では、失礼いたします」
「あ、ちなみに今かけてくれている君は誰?」
ビクッ!
「ええっと、ハタケダの友人です」
「そうなんだ。じゃあ後でかけ直す」
「え?え??」どういうこと?
向こうから電話が切れた。
ケータイを片手に店に戻った僕を見つめるハタケダ。
「分かってくれたみたい」
ケータイをハタケダに返す。
「良かった。ありがとう。マジでありがとう。今日の飯代は俺が払うから」
「ああ、そうしてくれ。めっちゃ疲れた」
ホッとしたのも束の間、僕のケータイが鳴った。
「電話鳴ってるぞ」
「ああ」誰だろう?
ケータイの画面にはコシミチさんからの着信!
「ギャーーー」
僕の悲鳴が店中に響き渡った。
向こうから何度かメールや電話着信があったが、完全に無視を決め込んでいた。
あの夜は酔っていて全く記憶はないが、
コシミチさんになんか変な事をされた事は間違いなさそうで、向こうは僕の事を性的に見ていることも間違いなさそうだ。
今の時代、同性同士のカップルも世間で認められているし、多様性の事は理解しているつもりだが、いざ自分がその対象になってみると話は変わってくる。
ヤダヤダヤダ、おじさんに言い寄られるのは嫌だ。
これが素直な気持ち。
しばらく無視しておけば、いずれ諦めるだろうと思っていた。
電話は出ないようにして、メールは迷惑フォルダ行きに設定したので、少し気が楽になった。
それから1週間くらい経って、同期のハタケダから電話が掛かってきた。
新人研修で一緒だったくらいで、配属後は社内ですれ違う事もなく、その時に連絡先を交換して以来、話すのは久しぶりだった。
「よう、仕事は順調?」
「まあぼちぼち。どうした?」
「いや、ちょっと直に話したい事があってさ」
「何よ急に。怪しい投資とか宗教の勧誘は勘弁よ」
「そういう類ではないけどね。今から出られる?」
21時過ぎだ。
「いいけど」
「じゃあ、あそこどう?研修の時によく行ってた居酒屋」
「ああ、あそこ。ちょっと個室っぽくなってるところ」
「そうそう。じゃあ現場で」
「了解」
新人時、研修会館の近くにあったこの店は、4、5人が座れる半個室の席があり、研修グループでよくきてワイワイやっていた事を思い出した。
「よう、先にやってるぞ」
中ジョッキを上げるハタケダは、一見調子が悪そうに見えない。
「相談事って何だよ」
とはすぐには言わず、僕も生を注文してしばらく昔話を楽しんだ。
「で、相談事って何だよ」
「その話だけどよ、誰にも言うなよ」
「何それ、物騒だね」
「いやね、こないだウチの部署で打ち上げがあった時に二次会で数人とダーツバーに行ったわけ」
「まあ、よくある普通のコースだね」
「そしたら、見覚えのあるおっさんがカウンターで1人飲んでたから、あれって資材部の人じゃね?って」
「ほう。お前のところ資材部と関わりあったっけ?」
「たまにな。ほらいるじゃん、コシノのとかいう背の高いおっさん」
僕はその名字を聞いてギクっとした。
「え?」
「知ってる?」
「うーん、名前を聞いた事があるくらい」
「俺は一応顔見知りだから。無視するのもあれだし、一応挨拶に行ったわけ。お疲れ様でーすみたいな感じで」
「そうなんだ」
「そしたらこっち来て一緒に飲もうぜみたいな事言ってきて、まあ俺もダーツに飽きてた所だったからいいですよみたいな感じでカウンターの隣に座って。けど、コシノのおっさん別に酒飲んでるわけじゃなくて瓶のコーラ飲んでるんだ」
コシミチさんは下戸だからな。
「俺は普通に酒頼んで、会話の内容は忘れたけど、話している最中めっちゃ触ってくるのよ、ベタベタと」
「スキンシップってやつかな」
「なんて言うの?めっちゃベタベタいやらしい触り方なのよ。分かる?」
「分からない」
いや、分かる。ベタベタ触ってくる。いやらしい手つきで。
「5分くらい経ったかな。みんなが帰ると言うんで、俺も帰りますというと、おもむろに顔を近づけてきて連絡先教えてよって言ってきてさ」
「ええ?!唐突だね」
「何で?って聞いたら、もう少し話したいから後で連絡していいかって言ってきて」
「どうしたの?」
「連絡先を交換した」
「なんでよ!」
何やってんだよ。食われちまうだろ、バカ。
「いや、俺もどうかしてたんだよ」
「それで?」
「その後からめっちゃメールとか着信が来るわけ。フル無視だけど」
ケータイの画面を見せられた。僕と一緒じゃん。
「お前に相談というのは、今からコシノさんに電話して断ってくんねぇかな。事件になる前に」
「何で俺なのよ。自分で断ればいいじゃん」
「怖いだろ。今後仕事でも会うだろうから気まずいし」
「いや、それは俺も一緒だろ」
「お前はコシノさんの名前くらいしか知らないって言ってたじゃん。頼む、同期のお願い」
困った困った、困ったぞー。なんか巻き込まれてるー。
店の外に出て、ハタケダから借りたケータイからコシミチさんに電話を掛ける。
10回程コールして出なかったので、
「出ねぇよ」と電話を切ろうと思った瞬間、「はい」
出た!
「夜分遅くにすみません。ハタケダの電話を借りて掛けています。コシノ様でしょうか」
声色を変えて対応する。
「はい、ご用件は何でしょう?」
「ええっと、以前ハタケダと連絡先を交換していただき、何度かご連絡をいただいておりますが、ハタケダの方は迷惑ーーー」
「迷惑?」
「いや、ちょっと今後はプライベートなケータイには連絡してほしくない方向でと申しておりまして」
「あっそ。分かりました。もう二度と連絡しません。と本人に伝えてもらえればいい」
案外あっさり引き下がったな。
「そうですか。ありがとうございます。では、失礼いたします」
「あ、ちなみに今かけてくれている君は誰?」
ビクッ!
「ええっと、ハタケダの友人です」
「そうなんだ。じゃあ後でかけ直す」
「え?え??」どういうこと?
向こうから電話が切れた。
ケータイを片手に店に戻った僕を見つめるハタケダ。
「分かってくれたみたい」
ケータイをハタケダに返す。
「良かった。ありがとう。マジでありがとう。今日の飯代は俺が払うから」
「ああ、そうしてくれ。めっちゃ疲れた」
ホッとしたのも束の間、僕のケータイが鳴った。
「電話鳴ってるぞ」
「ああ」誰だろう?
ケータイの画面にはコシミチさんからの着信!
「ギャーーー」
僕の悲鳴が店中に響き渡った。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる