異世界真百鬼夜行物語

楠本リュート

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第一章

あの日の夜

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 私は奴隷である。名前はもう無い。
 どこで生れたかとんと見当がつきません。何でも薄暗いじめじめした所でシクシク泣いていた事だけは記憶しています。
 私はここで始めて人間というものを見ました。
 しかもあとで聞くとそれは商人という人間中で一番狡猾な人種であったそうです。
 この商人というのは時々我々を捕つかまえて煮にて食うという話です。
 しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思いませんでした。
 ただ彼の掌に載せられてスーと何かを背に書かれた時何だかモヤモヤした感じがあったばかりです。少し落ちついて商人の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始であったのだと思います。
 この時妙なものだと思った感じが今でも残っています。


 私が愚かだったのです。世間知らずの馬鹿だと嘲られました。ですが事実そうだったのだと思います。
 それからの毎日というもの非道いものでした。
 同じ人間に人間として扱われない日々。まともに出来ない食事。跡が残らない程度に振るわれる暴力。

 そしてここに来て半年、私は逃げ出しました。
 警備の薄くなる夜中を狙い、抜け出しました。

 なんでも王都に"百鬼夜行"というものが出没するようになってから深夜の犯罪率が著しく低下し、警備の人数が激減したそうです。

 ただ逃げ出してからの事、行く当てのない私は悩みました。
 街から出ようとすれば門番に見つかってしまうでしょう。そうすれば近いうちに商館の人に見つかってしまいます。
 でも街に居たところでジリ貧なのは確かです。
 困った私は路地の方で腰を降ろし休みながら考える事にしました。

 それからの事です。気付いたら目の前に人がいました。
 驚愕、そして恐怖。
 恐らく商会の人が連れ戻しに来たのでしょう。
 そう思った瞬間、恐怖心が心を支配せんとばかりに今までの何倍も込み上げてきました。

「やあ、お嬢さん。こんな夜更けにそんな所丸まっていたら風邪ひいちゃうよ」
「ひっ……い、いや……近づか……ない……で……」

 まずは警戒心を解く気なのでしょう。
 こう頭では冷静を装っている気でもやはり恐怖には勝てないのでしょう。
 恐怖故に相手を拒む言葉、恐怖故に体も全く動かない。

「大丈夫だ、君に危害を加えるどころか何処かへ突き出す気もない」

 この言葉に反射的に顔を上げてしまった。
 恐らく嘘でしょう。
 ですが私は見てしまいました。
 目の前の男の後ろに翼の生えた者がいるのを。
 天使……でしょうか。初めて見ました。
 あの商館には天使どころか翼の生えている者などいませんでした。
 つまりあの商館の人じゃない……?
 まだ気を抜いて良い訳ではありませんが少し安心してしまいました。

「君の様子を見てある程度状況を察することはできる。そこで聞きたいのだが、行く当てはあるのか?」

 どういう事?なぜそんな事を質問してくる?
 意図が分からず困惑してしまう。
 いやそんな事はいい。
 バレている……?私が商館から逃げてきたのを……?
 このままでは私はジリ貧だ。
 それなら目の前の男の人に賭けてみるべきだろうか。
 そもそもこのまま何かされて拒否し逃げたところで天使を相手に逃げられる気はしない。

 そう思い私は相手の質問に答えるべく首を振った。

「ふむ、ならば丁度良い。我が百鬼夜行に加わる気はないか?俺と家族になろう。」

 百鬼夜行?あの伝説の?それに家族?どういう事?
 理解が追いつかない。何から何まで意味不明だ。

 目の前の男は手を差し出してきた。

 不意に出されたその手を私は取ってしまった。

 私は手を取ったことに驚いていた。相手は今日初めて会った人。
 私は奴隷。だから着いていけば酷い目にあうかもしれない。
 それなのに手を取ってしまった。
 だが不思議と後悔はしていない。
 あんなに恐怖していたのにだ。
 それはこの男の人には謎の安心感があるのからだろうか。

 謎の安心感を得たからだろうか。
 彼女の意識は遠のいていったーー。
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