三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む ― Dragon Heart ―

入鹿なつ

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第3章 空虚の王

9 豹変

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 囁くような答えに、エフィミアの中に驚愕で広がった。ルーファンスはゆっくりとした動作で体を起こした。口の端にはどうしてか、かすかな笑みがあった。

「驚いた?」

 エフィミアは返す言葉もなく、ルーファンスの青い瞳を見詰めた。彼はあの、からっぽな笑みを浮かべていた。

「わたしは、母を殺して生まれた。父は母を愛していたから、わたしを憎んだ。わたしの顔がなまじ母に似ているから、ますます父の怒りに触れた。その父も、半年前に死んだ……そして慣例により、兄弟のいない王太子だったわたしが王位を継いだ」

 ルーファンスは大したことではないように、淡々と生い立ちを語った。エフィミアは動揺を抑えるように、深く何度も呼吸した。

(見つけた……)

 親の愛情を知らずに育ったあわれな少年。これが彼の欠けなのだと、エフィミアは確信した。その欠けた隙間を埋めるものとして、彼は竜王の心臓ひいては竜王の力を求めているに違いない。

 自由を得たエフィミアは、上半身を緩慢に起こした。その動作を、ルーファンスは無表情に見ていた。同じ目の高さで、二人は見詰め合った。不意に、ルーファンスが嘲笑のようなものを見せた。

「同情した?」
「……うん」

 エフィミアは返事をしながらルーファンスへと手を伸ばた。剥き出しの胸へと、金髪の頭をそっと抱き寄せる。驚いたように、彼の体が強張った。

「傷ついたのね。たくさん、傷ついたのね。つらかったのね」
「……子供扱いしないでよ」

 そう言いながらも、ルーファンスはエフィミアの腕の中でじっとしていた。

「かわいそうに……でも大丈夫。あなたを傷つける人は、もういないもの」

 エフィミアは若過ぎる王の心の傷が少しでも癒えるように祈りながら、かつて自分が母親にしてもらったように、優しく語りかけた。エフィミアがじっと抱き締めていると、やがて彼の体から緊張が消えていくのを感じた。

 エフィミアはいつの間にか彼に対する恐怖を忘れていた。腕の中の彼は、まるでもちっぽけな少年に見えた。彼の膿んだ心の傷口をぬぐってやれる人が必要だ。

 ルーファンスが、エフィミアの肌にそっと頬を擦りつけた。ためらいがちに持ち上げられた両手が、恐々としたようすで胸の膨らみへと添えられる。両胸を包んだ指先に力が加わっても、エフィミアは振り払うことはしなかった。ただゆっくりと、彼の髪を撫でた。

「大丈夫、もう大丈夫だから」
「エフィミア……」

 ルーファンスは呟き、膨らみの間に顔を埋めたまま眠るように目を伏せる。

 すると、反応を窺うようにゆるく慎重だった手の動きが、次第に大胆になっていった。白い素肌に指先を埋め、柔らかに形を変える乳房を掌でこね回す。

 それでもエフィミアがじっとしていると、ルーファンスが顔を傾け、手の中で尖った乳頭へ舌を伸ばし、ぷっくりとした乳輪ごと口に含んだ。

「ん……」

 エフィミアの鼻腔から湿った吐息が漏れる。ルーファンスは先ほどのように歯を立てることはせず、味わうように熱心に敏感な尖りをねぶる。

 下腹に甘い疼きを覚え、エフィミアはこのまま行為の最後までいたっても構わない気持ちになっていた――ほんの何日か前まで、ナーガのもとで肉欲に溺れるような暮らしをしていたのだ。今さら必死に守らねばならないほどのみさおなどない気がした。

 彼女がルーファンスのすべてを受け止めることで、彼の内を蝕む心のきずや愛情への飢えを今だけでも埋められるならば、最善とさえ思える。

 二人の体は共に、明らかな性的な反応を示し始めていた。エフィミアは慈しみを込めて、さらに強くルーファンスの頭を抱いた。

「お母さんが恋しかったのよね。甘えられる相手もいないまま、ずっとひとりで戦って……」

 ルーファンスがエフィミアの服を握って強く引っ張った。寝衣を肩から引き下ろされ、素肌が臍まで露わにされる。くすぐるような指と舌の愛撫にときおり身悶えながら、エフィミアはなお囁きかけた。

「大丈夫よ。あなたにはちゃんと、あなたを思ってくれている人がいる」

 そのとき心に浮かんだひとつの名と面影を、エフィミアは続きとして口にした。

「アレクスは、王のあなたによく仕えているもの」

 瞬間、ルーファンスの体がびくりと震えた。どうしたのだろうと思う間もなくエフィミアは彼に突き飛ばされ、長椅子の肘かけに背中を打ちつけた。痛みにたまらず呻き、肺を殴りつけられたような息苦しさに咳き込む。

 喘ぐエフィミアの耳に、低められたルーファンスの声が届く。

「……なにも知らないくせに」

 状況が分からないままエフィミアは顔を上げ、怒りに満ちたルーファンスの眼差しに凍りついた。これまでに感じていたものとは、また別種の恐怖が胸を占めた。

 ルーファンスの瞳が、異様な光を宿してきらめく。

「なにも知らないくせに、知ったふうな口をきくな。なにも知らないくせに!」

 ルーファンスはエフィミアの髪をつかんで持ち上げると、長椅子から引きずりおろして、床に叩きつけた。衝撃で、エフィミアの視界が白くはじける。

 彼はそのまま馬乗りになり、髪を引っ張ってもう一度エフィミアの上体を持ち上げた。

「お前になにが分かるって言うんだ。両親に愛されて、のうのうと暮らしてきたお前に、わたしのなにが分かる!」

 つばがかかるほど顔を近づけてルーファンスはわめき、再びエフィミアを床に叩きつけた。

「お前なんかに分かってたまるか!」

 鈍い音をさせて、エフィミアの頬に衝撃が走った。頭を揺すぶられて視界が明滅する。瞬間的な意識の混濁が去る前に、また頬の高い位置を殴られた。

「親にさげすまれ続けた子供の気持ちが、信じてた者に見捨てられたときの絶望が、お前なんかに分かってたまるか!」

 ルーファンスは叫びながら、何度もエフィミアを殴りつけた。どうにか防ごうと顔の前に腕をかざせば、鳩尾みぞおちを殴りつけられる。エフィミアがえずいて呻く間に、また顔を殴られた。

「やすい同情なんてするな。なにも知らないくせにっ!」

 ルーファンスが両手でエフィミアの首をつかんだ。締め上げるように指に力が込められる。

 息苦しさで気が遠くなるのを感じ、エフィミアは必死でルーファンスの手に指をかけた。霞む視界の中で彼の碧眼の輝きだけが、異様に鮮やかに見えた。

「……お前なんか、大嫌いだ」

 絞り出すようにルーファンスが低く呟いたと同時に、首を絞める力が弱まった。
 エフィミアは咄嗟に息を吸い込んだ。途端に唾液が喉に絡み、激しく咳き込む。

 しばらくの間、室内には苦しく喘ぐ二人の呼吸音だけが響いていた。

 ルーファンスがすっかり黙り込んだにの気づいて、エフィミアは朦朧とする視界で彼を見上げた。しかし焦点を上手く結べず、表情がよく見えない。それでも時間と共に徐々に眩暈めまいがおさまってくると、彼が震えていることに気がついた。

 ささやかな灯火が、馬乗りになったままのルーファンスの細い体を背中から照らし出す。生白い首筋は汗ばみ、極細の金髪が貼りついていた。

 息づかいが徐々に正常になるにつれて碧眼から先ほどまでの輝きが失せ、震えも収まっていった。そして、いつもの彼に戻った。
 ルーファンスの口元に、うっすらと笑みが浮かぶ。

「……今、思いついた」

 ぽつりと、ルーファンスが言った。
 これまでの流れにまるで沿わない彼の言葉に、エフィミアは戸惑って訊いた。

「……なにを?」

 ルーファンスが口を三日月型に歪めて、エフィミアは総毛立った。彼はゆったりと言った。

「君を苦しめる方法」

 ルーファンスは真っ直ぐエフィミアの目を見据えた。

「どんな方法だと思う?」

 エフィミアが黙っていると、彼は馬乗りのまま身を屈め、笑みの形に目を細めた。
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