羅刹伝 雪華

こうた

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第二十六章-聖羅学院文化祭-

第171話「文化祭後半Ⅱ」

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「落語、面白かったね」
「はい。『池田の猪買い』は特に人気が高いんです」
 上演が終わり廊下に出て、感想を言い合う。
 優月が落語を好きになったのは、激しい争いのない平和なはなしが多いからだ。
 ゲームや漫画の場合、戦いの要素があるものが多いが、こちらはキャラクターがデフォルメされているせいか受け入れられる。
 逆に実写ドラマや映画の類いは、実はあまり好きではない。
「周りがみんな笑ってるから、つられて笑いたくなるし――」
 そこで龍次は、ふと思い出したように尋ねてきた。
「――思ったんだけど、優月さんって笑ってなくない?」
「え……?」
「もう内容知ってるからかと思ったけど、よく考えたら他の場面でも笑ってるのを見たことがない気がするんだ」
「そう言われてみると……」
 根暗な性格だからだろうか。最近いつ笑ったかと聞かれると、答えにきゅうする。
「おれは長い付き合いだけど、そういえば笑ってるのは見たことないな。……一回もないか……?」
 いくらなんでも、生まれてこのかた一度も笑っていないなどということがあり得るのか。
 しかし、いくら記憶をたどっても自分が笑っている場面が浮かんでこない。
「ちょっと試しに笑ってみろよ」
「落語聞いてる時にも笑えなかったのに、なにもない状態で笑えないよ……」
 無茶を言ってくれる。
「無理して笑う必要はないけど、いつか優月さんが心から楽しいって感じて笑ってるところを見てみたいな」
 龍次は急かすこともなく、穏やかな瞳で優月を見つめた。
 優月を笑顔にすること――それが龍次の目指すこととなったようだ。
「な、なんとか善処します」
 せっかく龍次が願ってくれているのだから、その思いを無下にはできない。
「優月さん。こちらにいらっしゃったんですね」
 そこへ、見本とすべき上品な笑みをたたえた惟月がやってきた。
 涼太と龍次のそれぞれを楽しませるための場に連れていった後なので、合流するのにちょうどいいだろう。
「浄化作業とやらは終わったのか?」
「はい。これからみなさんとご一緒してもよろしいでしょうか?」
 惟月は涼太にうなずいて見せ、改めて同行の許可を求める。
 羅仙界において惟月の申し出を断れる立場の者などいないのだが、惟月はあくまで低姿勢だ。
「とりあえず優月にやらせたいことはやらせたし、問題ないぞ」
 涼太に続いて龍次と優月もうなずいた。
「惟月さんは、どこか行きたいところありますか?」
「グラウンドに巨大迷路というのがあります。魄気に頼らない方向感覚を試せるので面白いのではないかと」
「魄気を使わずに迷路……ですか……」
 これは方向音痴の優月には厳しいのではないか。
 しかし、惟月の眼差しを見る限り、優月が先導することを期待しているようだ。
 なんの因果か、仲間内では優月がリーダーのように扱われるようになってしまっている。

 それから、四苦八苦しながら迷路を抜け、新聞部の記事や科学部の発明品なども見て回り、リンゴ飴の歩き食いなどもしつつ文化祭を堪能していった。
 大体面白そうな場所は回ったかというところで、見知った顔に出会った。
「若菜さん」
「あれ、優月じゃん。そういえばこの学院に編入したんだっけ」
 霊神騎士団の名物カップル、東雲しののめ若菜わかなおおとり昇太しょうただ。
 若菜が第一霊隊の第四位、昇太が第五位で、昇太は若菜を先輩と呼んで慕っている。
「文化祭かー。あたしも昔やったなー」
「若菜先輩が学生だったのなんて、本当に昔ですよね」
 慕ってはいるのだが、毒舌どくぜつである。
「う……。そうなんだよね……」
 年齢のことでいじられても、若菜は昇太が相手だとおとなしく認めるほかない。
「鳳さんたちもこの学院の出身ですか?」
 龍次は、同じく霊子学研究所第四研究室――通称・如月研究室――に所属している昇太に尋ねる。
「僕らは違いますね。というか、若菜先輩がこんな名門校に入れる訳がないじゃないですか」
 頭脳派の昇太と違い、若菜は武闘派で大抵のことを根性でどうにかするような人間だ。論理的な思考を問う試験がある聖羅学院に入学するのは今でも難しい。
「で、でも、あたしも講師として招かれたことはあるんだよ? 剣道とか体育とかで……」
 聖羅学院は、上位階級の騎士を特別講師として招くことがある。
 第四位ともなれば、そうした依頼がくるのは不思議ではない。
「間違っても数学で呼ばれることはないでしょうね。でも、そうした座学ができないようでは、いつまで経っても僕に勝てませんよ?」
 階級としては、若菜が第四位で昇太が第五位なのだが、はっきりいって実力では若菜は昇太に敵わない。
 霊力戦闘は、肉体以上に頭を使うものだ。走ったり剣を振ったりしているだけでは、成長が遅くなる。
 若菜が騎士団で上位階級になれたのは、ひとえに年の功によるものだろう。
 一方、昇太の実力は才能によるものだ。
 努力すれば夢は必ず叶うなどという夢物語もあるが、昇太のような努力もしている天才がいる限り、彼らに凡人が勝てる日はこない。
「優月もあんま賢そうには見えないけど、なんで入学できたの?」
 失礼なことを言う若菜だが、優月は特に反発しない。むしろ自分でも同じことを思っている。
「天堂さんは括りとしては天才ですよ。室長曰く『自分以上の傑物けつぶつ』だと」
 室長というのは、研究室における昇太の上司である如月沙菜だ。
 あの傲慢ごうまんな沙菜が、優月を格上と見なしていたとは意外。
「私も優月さんの才能は間違いないと思います。初陣で断劾を会得するなど前代未聞ですから」
 惟月も同意している。
 ここまで持ち上げられると照れくさいし、格下扱いされている人たちがかわいそうになってしまう。目の前にいる若菜とか。
(あれ……? いつから断劾を使えるか、惟月さんに話したっけ? それに初陣って、霊刀・雪華を譲ってもらってから赤烏さんに会うまでまともに戦ってなかったことも詳しく話してないような気がするけど……)
 微妙な違和感はあるが、褒めてもらえているのだからいいか、と深く考えることはやめた。
「ん? あれって藤森副隊長じゃない?」
「剣崎副隊長もいますね」
 若菜と昇太が目を向けたグラウンドの一角には長机が設置してあり、数人の男女が集まっている。
 今向かい合っているのは、横に流した金髪が印象的な長身痩躯の男性と忍び風の装束を着た女性だ。
 男性の方が霊子機器メーカー・SSC社の社長であり第四霊隊副隊長でもある剣崎風雅ふうが。女性の方は第二霊隊副隊長の藤森明日菜だ。
「なにやってんだろ?」
「風雅さんには小説の講評会をしていただいているんです」
 若菜が代表して口にした疑問に惟月が答えた。
 基本的には生徒を対象にしたものだが、かねてより小説の執筆をしていた明日菜も混ざったらしい。
 明日菜はプロデビューこそ目指していないものの、コンテストに何度も応募しては一次落ちを繰り返していた。
 そんな万年一次落ちの明日菜が、一流のクリエイターである風雅にアドバイスをもらっているのだ。
「君は、登場人物の自我というものをイメージして書いているかい?」
「自我……ですか」
「今、読ませてもらった限り、登場人物が主人公や物語の都合に合わせて行動しているように見える。小説の登場人物といえども彼らは各々の意思に従って動いているはずだ」
「な、なるほど……。確かにそうですわね……。今まであまり考えておりませんでした」
 騎士団の副隊長を務めている明日菜が、創作においては素人だというのは、どこかおかしく思えた。それでも笑いは出てこないのだが。
 しかし、読むのに時間がかかる小説をそれなりの分量読んでアドバイスをくれるとは、風雅もなかなか懐が深い。
 副隊長としては明日菜が先輩に当たるが、かなり恐縮しているようだ。
「人物の個性付けは悪くない。彼らの行動原理を優先して、物語の方を変えてみてはどうかな」
「わ、分かりました。ありがとうございます!」
 椅子から立ち上がり深々と礼をする明日菜。
 一連の流れを眺めていた涼太が優月に話しかけてくる。
「お前もなんか書いてただろ。講評してもらったらどうだ?」
「あ、あれは、完全に趣味だから……」
 妄想全開で、とてもじゃないが人に見せられたものではない。
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