余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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学園編

44.過去の残香

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早くも明日で文化祭最終日。
あれだけ大忙しな準備期間を経たからか、なんだか今日まであっという間に感じて少し寂しい。

一日目はほとんどローズの件でバタバタしていたし、二日目の今日はレオと応接室に籠っておやつタイム……。
今のところ文化祭らしいことはほぼしていない。いや、一日目に接客が出来たし、あれで十分空気感は楽しめた。

だから、正直もう満足だ。
まだ最終日を控えているけれど、今日までで文化祭は満喫し尽くした気がする。
でも、まだだ。なんて言ったって明日はライネスが来るのだから。むしろ、明日が本番とも言える。

今は二日目の夜。
僕は明日の準備を全て済ませると、休憩がてら寮の窓から外を眺めた。


「……もうこんなに経ったんだ」


夜の考え事は深みまで嵌る。
僕は学園に来てからのことを思い返して、ソファの肘掛けに凭れかかりながら呟いた。

考えてみれば、ここに来てから早くも数ヶ月。
入学して、ローダやオーレリア兄様と出会って、アランとアディくんと再会して、そして生徒会に入って……全てがまるで昨日のことのようだ。

まだまだ学園生活は続くというのに、序盤からこんなに盛り沢山で大丈夫だろうか。
これから起こる色々な出来事が、既に尽きてしまうんじゃ……そんな心配事をしそうになって、けれどすぐにその考えは振り払われた。


「まだ……これだけしか起こってない」


そう、まだこれだけ。
学校という場所は他より早く時間が流れるように感じるのだと、そういう感覚はとうに忘れていた。
前世で経験したはずなのに、すっかり忘れていた。

ここではあらゆる大きな出来事が、まるで嵐みたいに、起こっては過ぎ去り、過ぎ去ってはまた起こるのだ。


「……」


ふいに胸の内から湧き上がった、この妙な感傷は。


「フェリアル、風邪を引くぞ」


背後から声がかかりハッとする。
振り返ると同時に、公爵邸から持ってきたお気に入りのストールをふわりと羽織らされた。


「ありがとう、ローダ」

「あぁ……また、何か悩み事か?」


ソファの肘掛けに座ったローダに尋ねられる。
また、という言葉に苦笑した。僕、そんなに色々と悩んでいるように見えたかな。
でも今の僕が、なんとなく言語化しにくい悩みを抱えているのは事実だ。

こういう悩み事とかは、全部シモンに打ち明けるべきだと思っていたけれど……。
考えてみればローダだって僕のお友達だし、こんな話をしても許される関係なのかもしれない。
そう思って、僕は自分でもまとめきれていない胸の内をぽつぽつと明かしてみた。


「あのね、最近……僕が成長したって、いろんな人がびっくりするの」


切り出した一言目は曖昧なもので、案の定ローダはきょとんと首を傾げた。


「……?人間が成長するのは当然のことだろう」

「ふふっ、そうだね。それは、そうだ」


本当に、それは確かにその通りだ。僕もそう思う。
でも、そうじゃない。きっと、彼らが感じているのはそういうことじゃないのだろう。


「みんな、僕の成長が嬉しいって。でも同時にね、寂しそうなの。僕が、新しい夢を教えるときは、もっともっと、寂しそうなの」


外の世界を知りたい。帝国を出て、遠い国へ行ってみたい。

学園に来てから急激に視野が広がった感覚がある。
今まで見ようとしなかった……いや、見えなかったあらゆる選択肢が、ここへ来てから瞬く間に増えた。

それを誰もが成長と呼ぶ。成長は当たり前のことで、そして嬉しいものだ。
でも、彼らは揃って寂しそうなのだ。僕の成長を目の当たりにして、寂しそうに笑う。


「僕……まちがってないよね。わるいこと、してないよね」


吐き出した声は震えていた。

だって僕が夢を語ると、シモンもレオも、アランやアディくんだって、なんだか物言いたげな顔をするから。
心の底から嬉しそうではあるけれど、同時に揃って寂しそうな微笑みを湛えるから。

何か、間違った夢を抱えている気分になる。
外の世界を見たいと思うのは、周りの人達にとっては悪いことなのだろうか。


「成長って……なんなんだろう」


大事な人達に寂しい思いをさせる。
成長というものには漠然とした前向きな考えしか持っていなかったけれど、どうやらそれは楽観的な思考だったらしい。

俯く僕を見下ろしたローダは、そんな僕を見て何を思ったのだろう。
ふと向こうから椅子を持ってくると、ローダはそれを僕の正面に置いて腰かけた。


「フェリアル。お前はまだまだ子供だな」

「…………へ?」


改まった様子で何を言うかと思えば。

思わずだらんと寛いでいた姿勢を正す。
ローダはスッと目を細めて、言葉の通り幼い子供にでも向けるような視線で僕を見据えた。


「成長とはつまり、今のお前が面影になるということだ」

「……僕が、面影に?」


面影になるって、どういうことだろう。
僕は確かにここにいるのに、面影になる?ぱちくり瞬く僕に、ローダはやっぱり呆れたような顔をする。


「自覚していないだけで、人間は日々変化している。幼少期は当然だった考え方も、嗜好も、価値観も。面影になったものが、もう既にあるんじゃないか」

「……!」


あぁ、そういえば、シモンも同じようなことを言っていた。



『人の気持ちや考えや、果ては価値観まで。それらは短い人生の中で、コロコロ変わるものなんです。どうやら人はそれを、成長と呼ぶそうです』



あの時はよく分からなかったけれど、たった今少しだけ理解した。

人間は変化する。あらゆるものが面影になる。
消えて真新しくなるのではない。ただ、面影になるのだ。


「お前だけじゃない。お前の周囲の人間も、変わったんじゃないのか。そしてお前はそれに、一度たりとも喜び以外の感情を抱いたことがないのか」


息を呑んだのは、それが図星だったからだ。
一番身近なものはアディくんやアランだろう。僕は学園に来る前、二人との差を寂しく思っていた。
けれどもしかすると、僕が嘆いていたのは差に対してだけではなかったのかもしれない。

そうだ、きっと僕は寂しかったんだ。
彼らの性格も優しさも、何一つ変わってはいないのに。それなのに、どうしてか明確な変化を無意識に突き付けられていたから。

あれが、あのなんとも言えない感傷的な変化が、成長というものなのか。


「僕も……変わったの」

「変わったんだろう。お前を知る人間達が、お前を見て寂しいと思うのなら」


自分では気付かなかった。でも思えば、確かに僕は変わった。

幼い頃はシモンや兄様達がいないと人と話せなかったのに、今や生徒会として色々な人達と毎日交流している。
シモンがいなくても、僕は一人で交友関係を広げている。

誰に言われずとも、暇があれば自主的に図書室や資料室へ向かって、帝国の外について調べている。
欲を抱くことすら怖かったあの頃と比べればまるで別人みたいに、行きたい場所やこの目に映したい景色を夢に見る。

そんな自分を、客観的に俯瞰する。
そうしたら驚くほどあっさりと、あぁ、これは寂しいなと思った。


「ほんとだ……すごく、寂しいね」

「あぁ。そうだろう」

「うん、でも……僕は、うれしいよ。成長、うれしいの」

「きっとお前の周囲もそう思っている」

「そうだね。きっと、そうなの。嬉しくて、寂しいの。ちょっとだけ、昔のことを懐かしくおもっちゃうの」


懐かしい日々を思い返す。ほんの少し、名残惜しさが今を手招く。
でも、もう戻れない。そのことが寂しくて、嬉しくて……それで、それで……

改めて思い知る。僕はようやく手に入れたのだ。
誰にも縛られない、定められた運命もない。先のことを何も知らない、予測も出来ない、厄介で難儀で、ただただ自由な、僕自身の人生を。


「あのね、明日ね、大事な人に会うの。いっぱい、いっぱい、お話したいことがあるんだよ」

「……そうか。それは、良いことだ」

「うん、うん。そうだね。いいことだね」


変わらないものがあると信じたかった。
事実、変わらないものはある。昔からずっと変わらないものが今もある。
でも、それを取り巻く環境は変わる。変わらないものを、ただそっと包み込みながら。


「はやく、会いたいなぁ」


呑気に笑う僕を見て、ローダは柔らかく無表情を綻ばせた。


「フェリアル。お前は、ずっと変わらないんだろうな」


否が応でも変わっていく僕を見つめてローダは微笑む。
その言葉は胸にじんわりと突き刺さって、けれど不思議と痛みじゃなく、穏やかな熱だけを確かに残した。
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