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【聖者の薔薇園-プロローグ】
199.名探偵フェリアルのじけんぼ(前半シモンside)
しおりを挟むふと目が覚めて映ったのは、暗闇だった。
一瞬、瞳を閉じたままなのかと思い瞬いた。だが、視界は確かに開いている。ただ辺りが暗闇に包まれているだけだ。
「……フェリアル様?」
フリーズした後、我に返る。初めに浮かんだ存在を慌てて呼ぶが、一向に返事が来ない。と言うより、どこにいても常に傍にある暖かな気配が一切感じられなかった。
影に触れれば温もりが伝わる。その温もりがない。何より、影そのものが、この空間には存在しない。
光そのものが無いせいで、闇の概念も同時に消えているのだ。だから、影もない。つまり、血の誓約の効果が、今ここでは実質無効化されているということ。
「っ……!」
状況を理解した途端、あらゆる可能性と最悪の未来が脳内に駆け巡った。
転移術に似た魔力を感じ、咄嗟にフェリアル様を突き飛ばした時に見えた傷付いた表情。自分がフェリアル様にあの表情をさせてしまったのだと、その事実を痛感するだけで心臓が潰れそうなくらい痛む。
あの場に脅威が近付いていたことは確かだろう。フェリアル様を狙う何者かが厄介事を起こした、といったところだろうか。全く、フェリアル様がまだチーズケーキを食べていないというのに、面倒な事態というのはどうしてこう嫌なタイミングで訪れるのか。
公子がフェリアル様を守ってくれていると信じたいが…この目でフェリアル様の無事を確かめない限りは不安が消えることも無い。
そもそも、ここは一体どこなのか。どうしてフェリアル様ではなく俺に転移術を使ったのか。フェリアル様を狙う勢力の仕業ならともかく、俺を攫う理由は何だ。
痛む頭を押さえて立ち上がろうとした時、不意に暗闇に亀裂が走る。それは殻を割るように大きくなっていき、やがて高い音を響かせながら空間が砕け散った。
「シモン様!お目覚めになられたのですね!」
初めに聞こえたのは溌溂とした若い男の声。
突然光が射し込んで目が眩み数回瞬き、やがて開けた視界を見渡す。
朽ちた廃墟のような場所…神殿だろうか。天井が高く、奥には何処か見覚えのある男神の像が重々しく鎮座している。それも殆ど崩れかけていて、廃墟には水が溜まり所々が苔で覆われていた。
そして一番は、目の前で嬉しそうに頬を紅潮させている若い男。
見たところディラン様やガイゼル様と同い年ほどだろうか。茶色の癖毛が犬のようで、大きな瞳と童顔が人懐っこさを感じさせる。だが、瞳には黒曜のように澄んだ漆黒が輝いていた。
「……誰だお前」
フェリアル様じゃない。落胆と警戒が同時に湧いて、数歩後退り問い掛けた。
足元の影からようやくフェリアル様の温もりを感じて安堵した。どうやらさっきまでいた結界のような空間の中のみ、俺の影が通用しないらしい。
本音としてはさっさとフェリアル様の元に飛びたいが…如何にも怪しげなこの男を放って消えることも出来ない。今は害が無いように見えるが、フェリアル様の敵であればこの場で始末しなければ。
「俺、グリードって言います!!シモン様の大ファンです!!」
「……は?」
後ろ手に隠し持っていたナイフが思わず手から零れ、カランッと金属音を響かせて床に落ちた。
* * *
僕が閉じ込められていた場所は、帝都郊外の森にぽつんとある神殿所有の塔だったらしい。
ちょうど通りかかったおじさん達は、第一騎士団から選抜された精鋭の少数部隊。今回は長期の遠征で、隣国の騎士団と協力し国境付近の魔物の群れを一掃する任務を遂行していたのだとか。
群れの中にドラゴンまで居たものだから、今回のみおじさんが団長代理を残して遠征に参加したんだって。やっぱりとっても強い騎士さんなんだなぁ。
そんなこんなで見事に任務を遂行し帝都に帰還していた途中、塔の壁がどかーんする現場に居合わせてしまったというのが事の経緯。疲れているだろうに、申し訳ないことをしてしまった。
そうして今、保護という名の事情聴取のため、僕とライネスは騎士団本部に連行されてしまったのである。むふむふ、やっぱりかつどんもぐもぐできるのかも。
「もくひします」
「あの、少しだけ状況を説明してもらえればそれで…」
「もくひします」
「うーん…困ったなぁ…」
一度は言ってみたかった。もくひします。ふふん、気分はかつどんもぐもぐする容疑者だ。
応接間のような雰囲気の狭い部屋の中、紙とペンを手にする騎士さんと向かい合って座るこの状況。質素で暗い部屋じゃないのが残念だけれど、それ以外は完全に聴取シーンだ。わくわく。
かつどんはいつくるのかなーと扉をちらちら見ながら、困り顔の騎士さんにキラキラな瞳を向けた。次は何を聞かれるのだろう。
『とっとと吐いた方が楽になるぜ?』って言われたらなんて答えようかなわくわく。
「やっぱり公子と離したのが駄目だったのか…?知らん騎士と二人きりは怖いよなぁ…」
ぼそぼそぶつぶつ。騎士さんが何やら作戦を計画しているようだ。ふふん、なにを言われたって僕はもくひを貫くのでござる。むだでござる。
「えぇっと、あのねぼく、本当にちょっとだけでいいんだ。お兄さんのお話に答えてくれないかな」
「ぼくはやってない!ありばいがあるでござる!」
「う…うん…そうだね…?」
はっとする。だめだ、現場にいたからアリバイなんてないんだった。しょぼん。
どう足掻いても容疑者役では捕まる未来しかみえないので、仕方なく刑事役にチェンジすることにした。
ぽすっと立ち上がってとてとて窓際に向かい、半開きのカーテンにそっと手を添える。しゃっ!と僅かにカーテンを開いて顔を覗かせ、空いた手はポケットに。ぽけっとないけれど。
すっと目を細め、精一杯低くした声で呟いた。
「じけんのにおいがするぜ…」
「もう何なのこの子!助けて先輩!!」
扉を開いて廊下の向こうに叫ぶ騎士さん…いや、容疑者きしさん。どうやら僕の完全勝利みたいだ。ふんすとどやり、ぴしっとオチのぽーずを決めた。
そう、この後の『ねくすとふぇりあるずひんと』に続けるために。
しんじつはいつもひとつ。
じっちゃんのなにかけて。
ぼくにとけない謎はないのである。どどやぁ。
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