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【聖者の薔薇園-プロローグ】
198.おっきな団長さんと眼鏡くいっ副官さん
しおりを挟む「奇襲に拉致にレイプ未遂なぁ…それも神官がこんなちびっ子に…」
顎を撫でながらしみじみと呟く金髪の騎士さん。
ライネスの説明を聞き始めた辺りから騎士団の人たちの顔色が暗くなり、話し終える頃にはお兄さんを取り囲んで逃走を防ぎつつ侮蔑の眼差しを注いでいた。蒼白顔のお兄さんは、屈強な騎士たちから向けられる強い視線に涙目だ。
「極刑が妥当かと」
「おぉう、落ち着け!気持ちは分かるが落ち着け!」
ライネスの静かな怒りが風になって表れる。少し威力の増した周囲の風を感じたのか、金髪騎士さんが慌てたように声を上げた。屈強で厳つい見目とは裏腹に、気の良い常識的なおじさんみたいだ。
「三歳の少年に恋情を抱いた挙句、長年引き摺ってレイプ未遂ですか。神官にあるまじきクズ行為ですね。無垢と神聖を謳う神殿がここまで落ちぶれたとは知りませんでした」
眼鏡をくいっとしながら語るのは、金髪騎士さんの副官さんだ。彼も平均よりは大柄な体つきをしているけれど、他の騎士たちと並べば細身に見える。
「罪状だけ見れば未遂ですので、極刑までは行かないかと思いますが…処罰は此方できっちり下しますのでご心配なく」
眼鏡くいっ。
「……えぇ。それは勿論、お願いします」
眼鏡くいっ。その仕草、癖なのかな。
微かに不満げな表情を浮かべたライネスが小さく頷く。困ったように頭をぽりぽりと掻いた金髪騎士さんが、二人のやり取りを見て「はぁぁ…」と長い溜め息を吐いた。
なにごと、と顔を上げる。自分と同じ瑠璃色の瞳にじっと射抜かれると何だか擽ったくて、そわそわとライネスの肩に顔を埋めて視線から逃れる。
すると不意に後ろからひょいっと持ち上げられ、ライネスから引き離されてしまいぎょっとした。
正面に立つ困り顔のライネスをぽかんと見つめる。やがてぶわっと涙が溢れた。
「ら、ら…らいねすっ…いやぁ…!ぎゅ、ぎゅー…うぅ…」
ライネスに手を伸ばす。宙を切る手が悲しくて涙の勢いを更にぶわわっと強めると、カッ!と目を見開いた副官さんが金髪騎士さんに叫んだ。
「ばっ!何してんですか団長!今すぐその子を彼に返しなさい!!」
「んぁ?いや、俺が抱いてた方がいいだろう!団長だし安心するじゃねぇかよ!それに俺はフェリアルの…──」
「えぇい喧しいこのKY筋肉ゴリラ!!襲われた直後に屈強な雄ゴリラに抱かれるとか何の拷問だゴラァ!!」
ゴツンッ!!と鳴り響くとっても痛そうな音。思わずきゅっと目を瞑り、開いた時にはライネスのぎゅーに戻っていてほっと息を吐いた。
むぎゅむぎゅ。すかさずライネスチャージをしてえねるぎーを補給する。なるほどなっとく、以前兄様たちが言っていたフェリチャージというのはこういうことか、ふむふむ。
「ライネスぎゅー。おじさんこわい。こわいの…やぁ…こわいよぉ…」
「怖かったね、よしよし。でもねフェリ、このおじさんは悪い人じゃないんだよ。戦場暮らしでちょっぴりデリカシーが欠如しているだけでね。一応良い人なんだよ」
「……いいひと?」
「うん。でも…顔が怖いし図体も大きいから、ちっちゃくて天使のフェリには怖いおじさんにしか見えないよね。ごめんね、もう離さないから大丈夫だよ。ほら、ぎゅーっ」
「あの…私が言うのも何ですが、団長そろそろオーバーキルなので勘弁して頂けると…」
ぎゅーっと抱き締め返してむふむふしていると、ふと背後から副官さんの遠慮がちな声が聞こえて来て振り返った。
本当だ。金髪騎士さん…団長さん?がおっきな体を丸めてずーんと沈み込んでいる。なんだか可哀そうなのでライネスに下ろしてもらい、団長さんの元にとてとてと近付いてみた。
肩をつんつん。「だいじょぶ…?」と恐る恐る問い掛けると、勢いよく団長さんが顔を上げうおーんうおーんと号泣し始めた。
「わりぃフェリアル!!怖がらせちまってわりぃなぁ!!」
「う、うぅん。だいじょぶ。僕も、おじさん怖いって言って、ごめんなさい」
「いい子だなぁ!俺の甥っ子は立派に育ったんだなぁ!!ディランとガイゼルもきっといい子に育ってるんだろうなぁ!!」
む?俺の甥っ子…?
話の流れから、たぶん僕のことを言っているのだろうけれど。ディラン兄様やガイゼル兄様のことを、まるで血の繋がった家族みたいに…って。
血の繋がった、家族…?
まさか、とハッとする。兄様達とよく似た金色の髪に、僕に似た瑠璃色の瞳。そして何より、さっきの発言。彼はライネスのおじさんじゃなくて…。
「おじさん。僕の、おじさん?」
「おう!そうだぞ!俺はおめぇの親父の兄貴で帝国一の騎士だ!」
「ほえー」
「ミシェル様は帝国に五つある内の一つ、第一騎士団の団長です。第二の団長である弟君と第五の団長であるフレデリック様とは、訓練学校時代からの同期ですね」
「ほぇ?」
すごいひとがおじさんなんだなーと油断していると突如襲ってきた不意打ち。
どどどやぁと語るおじさんの補足をするように淡々と語った副官さんの言葉に、脳内が軽くパンクした。突然の情報量の多さに理解が追い付かず、次々と湧き上がる驚きを片っ端から処理していく。
おじさんは第一騎士団の団長さんで…ここまではいい。すごいなーほえーでふむふむする。けれど問題はこのあとだ。
第二騎士団の団長がお父様で、第五騎士団の団長がパパで…?初めの驚きは、お父様が騎士だったこと。そして何より、お父様とパパが知り合いだったことだ。
お父様と大公家の話をしていた時、知り合いっぽいニュアンスは含まれていなかったような…あれ、でも知り合いじゃないとも言っていない…?でもでも、それはそれとして、お父様が騎士っぽい姿を見せたことは一度もないはずで…。
つまり、どゆこと…?ぐるぐる思考を巡らせすぎて目も回り、すとんと後ろに倒れ込んだところをライネスがしっかり受け止めてくれた。
「もしかしてフェリ、公爵が第二騎士団の団長だってこと知らなかった?」
「しらない…ライネスは、しってた?」
「もちろん知ってるよ。でも公爵は特に訓練学校時代の事を隠したがっていたらしいから、騎士としての姿をよく知らない人も多いみたいだね」
だからフェリが知らないのも無理はないよ。そう言ってむぎゅむぎゅしてくるライネスにむーっと頬を膨らませる。僕は知りたかったのに、ふんす。
とはいえ何だかすっきりもした。実はちょこちょこ気になっていたエーデルス騎士団の団長の存在。あれはお父様のことだったのか。
第二は主に東部の防衛を担う騎士団で、エーデルス領も東部。東部一の強さを誇るエーデルス家の騎士団員のほぼ全てが第二にも属するように、お父様は自動的に第二の団長も担うことになっていたのか。
思えばパパも北部の防衛を主とする第五の騎士団長で、大公家が所有する騎士団の団長でもある。考えてみれば普通に分かることだった。
その辺りの勉強をまだしていなかったから知らなかった。そろそろ本格的に勉強もしないと…とちょっぴり嫌なことを思い出してしまいどよーんと落ち込んだ。
一人目がちょっぴりあれだった件がトラウマになったのか、家庭教師が信用できないと猛反対するお父様と、勉強なら自分がいれば十分ですと胸を張るシモン、そして三男だから焦らなくていいのよぉーとのほほん甘言を与えてくるお母様。
そんな皆のこともあって、今までそれとなく避けていた僕の家庭教師問題。約三年後くらいには僕も学園に通うことになるのだから、きちんと教育は受けておかないと。
とは言え…その時まで生きていられるかは分からないけれど。
「むぅ…」
「あ、もう…フェリ?また難しいこと考えてるでしょ。戻っておいで。考えすぎるとまた熱が出ちゃうよ、フェリは繊細な子なんだから」
むぎゅむぎゅ。うりうり。なでなで。
ライネスにむぎゅむぎゅの刑に処されていると、僕がぐるぐる考え込んでいる間に何かが纏まったのか、お兄さんの傍に立ったおじさんと副官さんが何やらこそこそと話していた。
「この者は本部に連行しましょう。時間が押しているので、団長はさっさと陛下に帰還の報告を。彼らは一先ずこちらで保護します」
「おう。その辺の判断は全部おめぇに頼んどくぜ!俺は法やら何やら、なーんも分かんねぇからなぁ!」
「団長は強いだけで他に何も無し、というのは周知の事実ですのでご心配なく。ですがそろそろネクタイの巻き方くらいは覚えて頂きたいですね」
眼鏡くいっ。
仲の良さそうな二人のやり取りをぽーっと見つめながら、ふとはっとした。
しまった…かつどんもぐもぐできるか聞くの忘れてた…。
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