余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-プロローグ】

207.侍従と暗殺者(トラードside)

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「……何の用だ。番犬」


 番犬て…と呆れ顔を向けるが、相棒は至って無感情のままフェリちゃんの侍従を見据える。
 確かに番犬とかいう呼び名は似合う。似合うが、この中ではその犬耳ついてる変な男の方が似合うのではとも思ってしまう。ていうか、マジでなにあの犬男。

 わざわざシュタイン伯爵邸にまでやって来たシモンと犬男。
 一体どんな用件だと悩んだのは一瞬で、直ぐに心当たりが思い浮かんだ。主ガチ勢のこの侍従が怒りを滲ませて訪れる理由なんて、フェリちゃんの拉致騒ぎに関すること以外有り得ないか。
 ローズもその辺は分かっているのだろうが、礼を尽くさない相手に合わせる義務はねぇと言わんばかりの堂々っぷりだ。要するに説明しろということだろう。


「単刀直入に聞きますが、貴方なら騎士団本部の地下牢に潜入することが出来ますか」


 本当に直球だな…。思わず苦笑が零れた俺とは違い、ローズは未だ無表情のままだ。せめて笑えよ、顔怖いから。

 大方、地下牢に投獄されている例の変態神官をボコしに行こうとしているのだろう。フェリちゃんが絡むと基本倫理観を失うこの侍従のことだから、正当な裁きなどクソくらえと思っている可能性大だ。
 本当に、どうしてあんなに純粋無垢な天使みたいな子の周りには心の穢れた悪魔共ばかりが集まるのか。そこが以前から甚だ疑問だ。
 白には白が集まり、黒には黒が群れる。物事はそうなるようになっているとばかり思っていたが、どうやら世界は思っているよりも単純ではないらしい。


「俺に潜入出来ない場所など無いが、それがどうした」


 すっげー自信だなオイ、とは思うが事実なので何とも言えない。事実、ローズが潜入に失敗したことは一度も無いのだ。

 シモンがローズの言葉に顔を歪める。憎悪やら怒りやら、人間の負の感情を全て集めればコイツになるんじゃないかと思う程のドス黒いオーラを纏ってシモンが答えた。


「未遂という罪状で重罰が下されるとは思えない。少なくとも俺はそう思うんですが、貴方はどうです?」

「……質問の意図が分からんが。未遂で重罰は下されないというのは、その通りだろうな」

「えぇ。俺はそれが許せないんです」


 食い気味に頷くシモンにローズが目を細める。
 それにしても、さっきから視界にちょこまか映る犬男が絶妙に邪魔だ。孤児院の家族達の遊び相手になる時によく使う小さなボール。冗談半分でそれを部屋の隅に投げると、犬男は一瞬瞳を輝かせてボールの元へ走っていった。どうやらマジモンの犬らしい。
 この侍従、またどういう経緯でこんな変なモン拾ってきたんだとは思うが長話になりそうなので聞くのは諦めた。個人的に超気になるので後で犬に聞いてみよう。


「貴方の力を借りたいんです。潜入する所までで構いません、引き受けてくれませんか」


 律儀にボールを渡しに来てくれた犬を反射的にわしゃわしゃ撫でてしまいハッとする。俺としたことが、何故か犬耳を見ると無意識に手が伸びてしまう現象、一体なんなんだこの野郎。ちょっと悔しい。

 ぐぬぬと一人悔しさに悶えつつ振り返る。割と図々しい要望を口にするシモンとそれを聞いて黙り込むローズ。相棒は一体どんな答えを出すのかと半ば他人事感覚で様子を窺っていると、やがてローズが浅い溜め息を吐いて頷いた。


「良いだろう。だが勝手なことを言うな。引き受けた以上、最後まで付き合ってやる」

「ローズさん…!」


 シモンはなんか感激した様子だが、騙されるな。うちの相棒、たぶん個人的なアレで神官をボコしたいだけだから。顔に出ないだけで、ローズって結構フェリちゃんに入れ込んでるから。
 嫌悪感の湧かない貴族。自分を怖がらない子供。あまつさえ俺に堂々と説教かますような子だ、基本物事には無関心を貫くローズでさえ関心を抱くのは不思議じゃない。
 無関心が基本なローズだからこそ、コイツは結構鈍感だ。他人の感情に疎いローズは、当然自分の感情にも疎い。

 どんな形であろうと、ローズが自分なりに自覚を持ってフェリちゃんを『家族』として認めているのは間違いないだろう。


「身内に手を出した代償は払って貰う。信条を果たす為に」


 素直にフェリちゃんに手出した馬鹿が許せねぇって言えよ。とは思ったが口には出さなかった。
 文句つけるとすぐ殴ってくるからなこの暴君。


「トラード。決行は今夜だ」

「はいはい…リュウに伝えとくよ」


 現場の下調べには情報屋であるリュウが欠かせない。分かっていても多少の苛立ちが湧くのは止められない。
 今回の戦犯とも言えるリュウはお咎めなし、というのは気に食わないが。まぁローズのことだからその辺の代償はリュウからしっかり貰っているはずだ。
 リュウほど実力のある情報屋も珍しい。リュウを消せば俺達の任務にも弊害が出る。それをリュウ自身も理解しているかこそ、今回ローズを敵に回すような真似に手を出せたのだろう。

 それに、流石のローズも今回の件については裏の人間として負い目を感じているらしい。
 今後フェリちゃんに関わる情報を誰かに要求されたら、その依頼主が出す額の倍を払う。その代わりリュウはフェリちゃんの情報の一切をローズ以外に売らない。そんな痛手しかない契約をリュウと結んだようだ。
 そして全て事後報告。せめてリュウとの契約は俺に相談してからやってほしかったものだ。ローズの突発的な行動は今に始まったことじゃないが。


「おい番犬。今回の件、双子と皇太子には報告するのか」


 ふとローズが問い掛ける。どうやらそのつもりなら、学園にいる過保護組に情報を届けてやってもいいと言っているらしい。俺がディラン君にしでかしたことの貸し借りのつもりなのだろう。いやはや申し訳ない。


「……いえ。フェリアル様が望んでいないので」

「え。そりゃまたどうして」


 普通の貴族令息なら兄貴共と権力者の友人に泣き付くと思うが…なんて途中まで考えて自分に呆れた。あの善意の塊みたいな子が、自分の為の選択をするとは思えない。
 兄貴達への報告を避けたのも、きっと何か他人優先の考えがあってのことなのだろう。そう思い聞き返すと、案の定の答えが返ってきた。


「以前の二の舞は迷惑になってしまうからと…。ただでさえあのお三方は出席日数も危うく、高等部最後の一年なので。遠慮しているんだと思います」

「えぇ…レイプ未遂にあった子供だろ?こういう時こそ兄貴達に慰めて貰えばいいのに…」


 年齢の割に幼い容姿に言葉遣い。幼稚なのかと思えば、思考は案外大人寄り。
 極度の遠慮も気遣いも、あの年の子供では出来ないようなことばかりをするあの子。幼い言動で忘れがちだが、フェリちゃんが過酷な前世の記憶持ちという事実は変わらない。
 何も悩みなんてありませんみたいなぽやぽや具合のくせに、あれでかなり闇深い訳ありの子なのだから恐ろしい。

 あの幼気な言動の裏に、一体どれほどの悲痛と絶望を隠しているというのか。


「だからこそ…です。やるなと言われたらやりません。ですが、フェリアル様は何も言わない。だから、俺も何も言わずに屑を処分するんです」


 何でもかんでも共有して分け合って。そんな典型的な依存関係を拗らせているだけだと思っていたが。どうやらこの二人の関係は想像以上に歪んでいるようだ。
 拗れているわけじゃない。歪んでいる状態が正しいのだ。こういう世界に生きているから、歪んだ関係への理解はそれなりにあるが、ここまで正しく歪んでいるのもまた珍しい。


「俺もボコします!!」

「うおっビビった」


 急に吠えるなよ。ビビるだろうが。
 思わず犬男をぶっ叩きながら声を上げる。俺も大概ローズのこと言えないな。反射的に手が出る癖、いい加減表で過ごしている時くらいは直したいんだが。

 とりあえず犬男から距離を取りつつ溜め息を吐くと、シモンが今思い出したと言わんばかりの表情で犬男を見据えて呆れ顔を浮かべた。この嫌そうな表情を見る限り、少なくともシモンは犬男のことを好いてはいないようだ。


「あぁはいはい。その前にあなたがボコされてくださいね。言っときますけど俺、別にあなたのこと許した訳じゃないんで。勘違いしないでください」

「あふっ……」


 シモンは辛辣に吐き捨てる。しかしどうも犬には効いていないらしいが大丈夫だろうか。
 喘ぐ犬を足蹴にする様が任務中の冷酷暴君なローズと僅かに重なり、思わず少しだけ背筋が凍った。

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