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【聖者の薔薇園-開幕】
261.神憑き
しおりを挟む悲痛な嘆きが胸を締め付ける。ぎゅっと強く抱き締めてあげたくても、手が消えかかっているから弱々しい抱擁しか出来なかった。
それをシモンも察してしまったからか、さっきよりも更に顔がくしゃりと歪む。慰めようと動いた結果がもっと悲痛な感情を生んでしまったことにしょんぼりと沈んだ。
シモンは小さな声で「大きな声を出してすみません…」と謝罪の言葉を口にして、それ以降は黙々と攻撃や防御を貫いて何も話さなかった。その姿が辛くて、肩に顔を埋めて泣きそうな表情を隠す。
マーテルの攻撃は一向に弱まる気配はなく寧ろ段々強く、そして数も多くなっていった。計画が裏目に出たと思ったのか、シモンは炎の連弾を避けながら悔しそうに眉を顰める。
焦燥を抱き過ぎたからだろうか。シモンの動きにはさっきは無かった粗が目立ってきて、それがやがて一瞬の隙を作ってしまった。
「……っ!!」
背後へ跳んだ時に着地が上手くいかなかったのか、視界がほんの一瞬ぐらりと歪む。好機とばかりに笑みを滲ませたマーテルが光の矢のようなものを飛ばしたのが横目で微かに見えた。
けれど、それを避ける隙はない。シモンがぎゅっと僕を抱えて矢に背を向けたのを見てハッとした。そして思い知る。シモンは本当に、僕の為に命を賭けているのだと。
「シモン…!」
手を伸ばしたところで意味はない。ただ抱えられ、守られているだけの状況に圧倒的な無力感が湧く。
シモンもこんな気持ちだったのだろうか。僕の魂とマーテルの繋がりは、他の人間が介入したところで容易く外れるほど脆いものではないのだと。それを知った時のシモンも、こうして無力感を抱いたのだろうか。
どうにかしたくても方法がない。どうにもできない。原因が目の前にあるのに、手を出せない。
あぁ確かに、この状況で『大丈夫』だなんて言われたら怒りたくもなるなぁ。危機的な状況の中、そんなことをぼんやり思った。
「シモン様!!」
シモンの背を矢が貫くほんの直前。影から突如飛び出てきたもふもふが、見覚えのある黒透明の立方体を盾のように翳した。
その中に吸い込まれるようにして矢が収まり、そして動きが止まる。数秒でみるみる縮小し始めた矢は、やがて跡形もなくぽつんと消えてしまった。
「なっ…!どうして人間がその力を…!!」
放った矢が消える瞬間を見たであろうマーテルが不意に目を見張る。
同時に攻撃が止んで、それを見たシモンが心底ほっとしたように息を吐いた。一先ず彼の乱入で、攻撃ばかりの場が少し落ち着いたようだ。
「シモン様ぁ!!姫ぇ!!ご無事でよかったぁ!!」
「もふ…グリード。久しぶり」
「お久しぶりです姫ぇ!!」
もふもふな耳と尻尾をじーっと見つめてしまう。さわりたい…もふりたい…もふもふ。
こんな時にふにゃあとなってしまうような事はしちゃいけない。そわそわしちゃうけれどぐっと堪えて真剣な表情を保った。
影から現れたのはもふもふ犬獣人のグリード。例の危ない能力がシモンを光の矢から救ってくれたみたいだ。
マーテルが何やらとっても驚いているくらいだから、グリードの力とやらは本人が言っていた通り、本当に危険なものらしい。どうして人間が…ということは、この力は本来人間に与えられるものではないのかな。
ぎゅうっとシモンごと抱き着いてくるグリードをよしよし撫でる。よーしよしよし、背後にマーテルがいるから危ないよ、はやく離れようねぇよーしよし。
シモンが今にも殴りかかりそうな顔をしているから、本当に離れた方がいいかも…。
「消滅の能力…どうして人間が神の力を持ってるんだ…!!」
消滅の能力?ふとマーテルが怖い顔で叫んだ言葉に首を傾げた。
もふもふとグリードの頭を撫でていた手…というより腕を外す。その時ようやく僕の消えた手に気が付いたのかグリードがぎょっと目を見開いたけれど、彼が何かを叫ぶ前にシモンが開きかけたグリードの口を片手でがしっと塞いだ。
やり方はかなり強引だけれど、今何かを聞かれても答える余裕がないから助かった。グリードには後でしっかり説明しなければ。
それにしても、グリードの能力『消滅』とは一体どういうものなのだろう。きょとんとするとグリードは僕の疑問を察したのか、口を塞ぐシモンの手をぬっと外して答えた。
「俺の力はこの箱ですよ。この箱の中に物体を入れると、なんかよく分かんないけど全部消えちゃうんですよねー」
「えぇ…」
シモンが困惑の声を上げると同時に僕も眉をへにゃりと下げてしまった。
とてつもない力をサラッと説明してくれたけれど、グリード自身は自分が持つ力の強さに全く気が付いていないみたいだ。良いのか悪いのか…。
シモンの補足を聞くと分かる。どうやらグリードの力は凄そうとかではなく、本当に闇属性の中でも突出した内容のものらしい。
箱の中にいれた物体は徐々に小さくなり、やがて消滅する。箱は同時に二つ作れるみたいで、その二つの箱の間で物を転移することも可能なのだとか。初めましての時にシモンを攫った力はこっちの方だろうか。
それにしても、入れた物体を消滅させる能力だなんて…そんなものをシモンに使ったのかと改めてグリードのズレを実感する。
尊敬だとか言う割にはシモンの扱いが雑だ。シモンが消えて無くなってしまったらどうするつもりだったのだろうと、ちょっぴりムッとした感情が戻ってきてしまった。
「そんな危険な箱に人間を入れようなんて考える発想がキモいですよ本当」
「そ、その件については謝罪したじゃないですかぁ!!」
「……グリードひどい。むぅ…」
「姫まで!?」
ぺしぺしっと腕でグリードをぽふぽふ叩く。それを見たグリードがハッとした反応を見せて何か聞きたそうな雰囲気を醸し出すけれど、それは完全スルーでシモンむぎゅーに戻った。
「あの邪神…下等な人間如きにここまでの力を与えていたなんて…」
ぶつぶつとした声が聞こえて振り返る。マーテルが攻撃を止めて怒りの形相を浮かべる姿にぴしっと固まった。こわい。
綺麗な顔が般若になってしまっている。はわ…っとシモンに抱き着いてふすふす。うーむ安心安心。やっぱり怖い時はシモンにむぎゅーするに限るでござる。
ピリついた空気のマーテルを警戒してグリードが立ち上がる。箱を二つ盾のように突き出して完全防備の姿にぱちくりした。グリード…たまにはこんなにかっこよく見えるのねふむふむ。
「シモン、今のうちに下ろし…」
「駄目です。絶対駄目です離しません」
んしょんしょとこっそり抜け出そうとしたけれど駄目だった。シモンにむぎゅーっと抱き締められて逃げ場がなくなってしまう。さっきの言葉でシモンが僕の動きを警戒するようになってしまったみたいだ。うむむ…。
「シモン様…!聖者の奴、かなり弱ってますね。このままもう少し力を使わせれば底を尽きるんじゃ」
「それも駄目です。計画は中断します」
グリードが「はぇ?」という間の抜けた声を漏らす。
必死に計画とやらを中止しようとするシモンの様子を見て、グリードはふと申し訳なさそうに眉を下げた。
シモンの焦燥の理由が分からないからか、困惑を色を滲ませたグリードがそっと口を開く。
「あぇ、えーっと…よく分かんないですけど、その…もうリベラ様来ちゃいますよ…?」
ぎこちなく紡がれた言葉を聞いて、シモンがぴたっと硬直した。
その瞬間、床に真っ黒な魔法陣のようなものが描かれて重い空気が漂い始める。重いと言ってもどんよりしたものじゃなく、何と言うか…威圧感のある厳格な雰囲気みたいなそんな感じの空気。
その陣の上にふわっと現れた彼の後ろ姿には見覚えがある。特に、深い海みたいなオリエンタルブルーの髪が印象的だ。
「ルル…?」
振り返ったルルの顔は人間味が一切失われた無表情。綺麗な縹色の瞳も真っ黒に染まっていて、何だか別人のようだと思った。
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