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【聖者の薔薇園-開幕】
267.愛しているひと(前半ガイゼルside)
しおりを挟むシモンと合流し、その場に残ったのは案の定というべきかいつもの面々だった。
何故かシモンと共にいたヴィアス家の公子、ついさっき瓦礫の中から救出したばかりの皇太子、そしてディラン。あのぬい二匹は喧しいからグリードとかいう犬に渡して下がらせた。犬も残りたがっていたが関係ない。
父上と大公も最後まで残ろうと駄々を捏ねていたが、騎士団の統率やら周辺地域や街、皇帝への説明と仕事が山積みだからとそれぞれ副官に引き摺られるようにして戻っていった。
そうして数度の嵐が過ぎ去りようやく本題に入る。直前までチビと行動を共にしていたというシモンと公子に事情を聞くと、予想もしないとんでもない答えが返ってきた。
「は……チビが消えた?」
自分でも間抜けな顔をしているだろうと自覚するが、混乱が抜けず見開いた目を戻すことが出来ない。
両隣からディランと皇太子が息を呑む気配を感じる。悔しそうに顔を歪めるシモンを見て、その答えが決して冗談というわけではないのだと理解した。
「だが…死んではいないんだろ」
「えぇ…それは恐らく、確実かと。死ぬ…即ち魂の消滅が成されたのであれば、俺もとっくに死んでいないとおかしいので」
ディランの問いにシモンがすかさず頷く。
消えただけでは混乱していただろうが、死んだわけではないのならまだ正気を保てる。荒ぶる内心を落ち着けてフェリの行方を考えてはみるものの、手がかりが無いなら考えようもない。
「リベラ様が憑依したままなら何か聞けていたかもしれませんが…神と対話する方法は無いのでしょうか」
「もう一度憑依させるにしても、あの魔術師の体が持たないだろうな」
それに、神と対話する方法は恐らく無いだろう。そんなものがあったならとっくに使ってマーテル消滅について話し合ったり、神界連中を罵倒したり何なりしていたはずだ。
今こそ神界の神共には責任持って頭を下げて貰いたいところだが、神なんてプライドの塊みたいなクソ野郎共が謝罪を述べられるとも思えない。マーテルの悪行を散々見た後では神への理想など地に堕ちたも同然だ。
どうせ他の奴らもマーテルと似たようなクソ具合なのだろうと察しが付く。たまにはリベラ様のようなまともな神もいるみたいだが。
「つーかそもそもチビの奴は何処に行ったんだ?生きてんならシモンの影で探せねぇのか?」
「それが、影の繋がりが完全に切断されているんです。グリードの力に呑まれた時と同じような感覚で」
「となると…少なくともこの世界には居ない可能性が高いね。別次元か、世界と乖離した場所に居るのかもしれない」
公子が見上げた視線を追う。そこに広がるのは、さっきまでの騒動なんてまるで無かったみたいに白々しく澄んだ青空。
そこを指さした公子が困ったように微笑んで呟いた。
「それこそ例えば…神界とかね」
* * *
酷く冷たいような、熱すぎるくらい暖かいような。感じる全てがちぐはぐな現状で眩暈に耐えていると、やがて体がその環境に適応したみたいにすーっと嫌な感覚が消え去った。
頭痛の余韻が残る中、そっと瞼を上げて意識を覚醒させる。まだ微かにぼーっとする意識の中のそりと起き上がり、ふにゃあと欠伸をしてむにゃむにゃ喋った。
「しもんー…おなかすいたー…」
ぐーと鳴るお腹。はやくご飯をよこせと催促しているみたいだ。
そういえば昨日はまともな食事をしていなかったもんなーと直前のことを思い出し、はて?と首を傾げた。えぇっと、昨日は何をしたんだっけ。何があったんだっけ…?
ハッと我に返る。そうだ、さっきまでマーテルと喋って、戦って…それで僕は呪いを解く為に魂を全部使って、そしてその後は…?
「……ぼく、しんだ…?」
周囲を見渡すと、そこに広がるのは神殿でも邸の寝室でもなかった。
澄んだ青空に何処までも続く色鮮やかな花畑。遠くには雄大な山々が見えて、まるで絵本に出てくる理想の世界そのもののようだと思った。
小鳥の声が微かに聞こえたり、風がそよそよと丁度良い強さで吹いたり。前世で想像した天国にも近いかもしれない、と考えてしょんぼり肩を落とした。
やっぱり僕は死んでしまったんだ。この綺麗な花畑がその証拠。死んだら綺麗な花畑が見られるって前世か何かでいつか聞いたけれど、あれって本当だったのか。
「……死んじゃった…」
へにゃり…と眉を下げて辺りをもう一度見渡す。
僕が死んだなら、きっと彼もここにいるはずだと。僕の死に巻き込んでしまったのは心苦しいけれど、彼ならきっと文句なんて一切言わない。寧ろいつもの嬉しそうな笑顔を浮かべてくれるはずだ。
そう思いきょろきょろと見渡すけれど、ずっと一緒のはずの大好きな侍従の姿は何処にも見えなかった。
「シモン?どこ…?」
覚束ない足取りで数歩進む。
どうせ死んだなら一人じゃなく、一緒に死んでしまった大好きな人と一緒にいたい。一人は寂しくて、怖いから。
それなのに誰も居ない。シモンが居ない。その事実に涙が溢れて、一瞬で涙腺が決壊してしまった。
「ぅ…うぅ…っ、しもん…っ」
どうしていないの。まさか、誓約が効果を発揮しなかったとか…?
それならそれで別に良い。寧ろそれならシモンが死の苦しみを味わうことが無かったということだから、とっても喜ばしい予想外だろう。
けれどもし、一緒に死を経験しながら全く別の場所に飛ばされてしまったなら。それはすごく悲しくて、苦しいことだ。お互いに独りぼっちにならない為の約束だったのに、誓約が何の意味も成さなかったならどうしよう。
一度目にひとりぼっちで死んでしまったシモンを、またひとりぼっちにさせてしまったならどうしよう…。
「っ…さがさ、ないと…」
頭をふるふる横に振る。悲しい悲しいと泣いている場合じゃない。きちんとお兄さんらしく立ち上がって、本当は泣き虫で寂しがり屋のシモンを探しに行かないと。
そうしたらきっとマーテルと対峙した僕の最期の選択について、シモンはたくさん説教をしてくることだろう。僕はそれをしっかり聞いて、きちんとごめんなさいとありがとうを言わなければいけないのだ。
僕の身勝手な選択で悲しんでいるであろう兄様達やレオ、お父様達や邸のみんなに…それからライネス。
挙げるとキリがないほどいる大切な人達を改めて思い出して息を呑んだ。僕はこんなにもたくさんの人と関わって、大切だと自信をもって言えるほど絆を深めてきたのか。
そういうものには疎いから忘れていた。何十回もの人生でとっくに諦めていたものだから、大事に抱えて自覚することを忘れていた。
僕はこんなに人を愛して、愛されていたのか。それを死んで初めて深く理解するなんて。
「……みんなに、会いたい…」
掠れた声で小さく呟いた瞬間、周囲の花がそんな声音を慰めるようにゆらゆら揺れた。
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