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【聖者の薔薇園-終幕】
292.従者と護衛騎士(シモンside)
しおりを挟む「あれは許容範囲なのですか」
「ギリ触れてないのでセーフです。フェリアル様のファーストキスだけはこの俺が絶対に死守するつもりなのでご心配なく」
木陰から覗いた先にはぎゅっと抱き合うフェリアル様と殿下の姿が。
俺達の存在に気が付いているのか、さっきから殿下はギリギリの距離を寸前で保っている。少しでも本気の気配を感じたら俺が飛び出すことを察しているのだろう。
触れるまではヘタレのくせに、相手が自ら懐に飛び込んでくれば加減を知らない。典型的な恋愛初心者の思考と言動だ。彼は酷く歪んでいる割に経験が浅く、愛に関する知識に疎い。
前世からそうだった。敏い故に考えすぎる節があり、だからこそ一番大事なところで引いてしまう。そこに至るまでは積極的で自信に満ち溢れていたにも関わらずだ。
「殿下は……フェリアル様を諦めたんでしょうか」
「まさか。仮にフェリアル様に伴侶が出来たとしても、殿下は諦める決意など微塵もしないでしょう。いつになってもフェリアル様は殿下の全てですから」
弱気な表情を見てふと浮かんだ可能性だったが、それらは全てギデオンに一蹴されてしまった。
あれだけ下手に出てフェリアル様の本音を聞き出して、あれでまだ諦念が無いなんて流石の執念だ。
フェリアル様の為に身を引きたい想いと、初めて抱いた未知の感情に従いたい本音。皇太子と個人という複数の仮面を持つ殿下だからこその苦悩だろう。
「勝ち目は無いと伝えたのですがね。殿下も恐らく、それは痛い程理解しているかと」
そう言って殿下を見据えるギデオンの瞳は、相変わらず淡々としているものの何処かほんの微かな感情が滲んでいるような気がした。
しかしそれは心配だとか不安だとかそんな易しいものではなく、呆れだとかそういう類のものだ。この男が人に心配を抱くことなど有り得ないから当然と言えば当然なのだが。
とは言えギデオンが他人相手に少なくとも感情を抱いたという事実。これはそもそも珍しいことで、通常ならまず無いことだ。
それだけ殿下には情を抱いている……そう解釈しても良いのだろうか。
「……少しは信じて応援してあげるとか」
「貴方も非効率信者ですか?確実に敗北する勝負をわざわざ応援しろと?」
「相変わらず無慈悲な人間ですね」
結果が見えていても戦わなければならない時がある。そんな使い古された根性論なんかは、きっとこの男が最も嫌いとする部類だろう。
ギデオンは無表情のまま殿下からフェリアル様に視線を移し、何やら意味深に目を細める。今日も天使なぽわぽわフェリアル様に発情しているのだろうか。一応急所をロックオンしておこう。
なんてふざけたことを考えていると、黙り込んでいたギデオンがふと呟いた。
「そもそも殿下が次期皇帝である時点で玉砕は確定していたでしょう。フェリアル様は人々を魅了する看板としては適任ですが、それ以外がまるで駄目ですから」
「……フェリアル様を貶しているんですか」
「いいえ。単純な客観的事実です。彼は言わば傾国、諸刃の剣。無垢とは言い換えれば無知。貴方達が彼に抱いているぽわぽわだの繊細だの純粋無垢だの、それらは全て批判的な単語への変換が可能な言葉なのです」
「……」
「要はお飾りに適任、という訳です。言い換えればそれ以外何も無い」
淡々とした声音が最後まで紡がれるより先に、彼の胸倉を思い切り掴み上げたことで発言は中断された。
「……おや、少々言い過ぎてしまいましたか」
細められた紫の瞳。いつもは虚ろで光が無く何も映らないそこには、緑を黒に染めた自分の姿が鮮明に反射していた。
影からゆらりと顔を覗かせる触手。今にも目の前の男の首を絞めんとする触手を何とか宥める。足首に絡みついてくる触手を見て少しだけ平静を取り戻し、胸倉からそっと手を離した。
「まぁ落ち着いて下さい。何も貴方の主を貶しているわけではありません。寧ろ安堵しているのです」
「安堵……?」
「えぇ。フェリアル様が不幸な選択をしなくて本当に良かったと。殿下は兎も角、愛らしいショタが幸薄な未来を選択するのは心が痛みますから」
一体何処までが本心で、何処までが嘘なのか。
少なくとも幼子の未来を憂う発言は真実で間違いないだろう。そんな嫌な確信だけが唯一。
「あなたは殿下の味方なのですか、フェリアル様の味方なのですか」
「……勿論、殿下の忠実な護衛騎士ですよ」
フェイスベールの下には一体どんな表情が浮かんでいるのか。
フェリアル様を軽く侮辱した件については後で殿下に密告しておこう。そんな決意だけを胸に、胸糞悪いショタコンの騎士から目を逸らした。
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