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【聖者の薔薇園-終幕】
293.失恋と気になる人
しおりを挟むぽろぽろ零れる涙を拭い、きりっと表情を引き締めて顔を上げた。
僕の表情を見た翠色の瞳が緩く細められる。レオは一度僕の頭をぽんぽんと撫でると、もう一度むぎゅーっとしてからぱっと体を離した。
「フラれてしまいましたね」
重い空気を無理やり茶化すようににこっと微笑むレオ。
想いを告げた後にしてはあまりにいつも通りの姿。何だか僕の方がそわそわ揺れてしまうと、レオはそんな僕にへにゃりと苦笑した。
「大丈夫ですよ。フェリの答えは分かっていましたし。少なくとも驚きはありませんから」
少なくとも、ということは。驚きは無くともそれ以外の感情は浮かんだということ。その言葉は、僕の答えによって傷ついた事実を否定していない。
どう返せばいいのか分からずしょんぼり眉を下げる。レオはにこやかな微笑みを湛えたまま静かにしゃがみこみ、俯く僕に問い掛けた。
「フェリは、好きな人がいますか?」
「は、へ……!」
「あぁ、居るのですね。ほっぺが真っ赤っかで可愛らしい」
ふにふに、とほっぺに指先を埋められたり摘ままれたり。僕がフリーズしているのを良いことにふくふくを楽しんだレオは、むにゅーっと頬を摘まんだまま小さく息を吐いた。
「全てを平等に愛するフェリに更に唯一無二の恋愛感情で愛されるなんて、その人は幸せ者ですね。狡い……羨ましいです」
衝撃なのか羞恥なのか言葉が出ない。とにかく無言でぶんぶんっと首を横に振り、少し前の発言を否定した。
恋愛感情で好きな人だなんて。今のところぱっと思い浮かぶ人は誰も……誰もいないはずだ、うむ。大好きな人がたくさんいるのは事実だけれど、恋愛感情かと問われるとそうじゃない。
顔が真っ赤っかになったのは恋愛の話になったからで、それ以上でもそれ以下でもない。好きな人なんて、僕には。
真っ赤な頬を晒したまま視線を落とす。おろおろと逆に怪しい視線の動きをじっと堪えて、にこにこと見下ろしてくるレオの圧に耐えた。
「……なるほど。私達に向けるような好きと、その他の好きの区別が曖昧なのですね。無自覚、ということですか」
「ち、ちがっ!すきなひと、なんて……」
だって思い浮かばない。誰が好きなのかという問いで、答えがぱっと浮かぶことはなかった。
自分の基準での『好きな人』だとたくさん浮かぶ。それこそレオも含まれる。レオや兄様達、ローズにトラードに、ライネスにシモン。それにウサくんやらパパやらを加えれば、もう両手では数え切れないくらいだ。
その中でたった一人、恋愛感情で好きな人が思い浮かぶかと問われれば……。
「っ、いない、いないもの……」
ふるふると力無く首を振る。そんな僕を見て何を思ったのか、レオは仕方なさそうにふにゃりと笑んだ。
「確かにそうですよね。経験者なので、フェリの気持ちは良く分かりますよ。好きな人を挙げろと言われても咄嗟には分かりませんよね」
「っ……」
「いつからとかどうしてとか、明確ではありませんし。曖昧な理由なら尚更答えられないと思います」
へにゃりと眉を下げてレオの言葉に耳を澄ませる。
いつから。どうして。理由が全て曖昧で、尚且つ答えにしても確証がない。それなら自分でも理解出来るはずがないし、認めることも出来ない。そう語るレオに力が抜けた。全て見透かされ、言い当てられたような気持ちだった。
「では聞き方を変えましょうか。フェリは、気になる人がいますか?」
ドクンと鼓動が大きな音を立てる。
漠然とした質問。気になるという範囲の広い問いをされて、一人答えが思い浮かんだ事実に頬が染まった。
「ぁ、あぅ……っ」
真っ赤な顔。潤む瞳。ぱちっと視線が合ったレオは、僕の表情を見て一瞬目を大きく見開いた。
「二人ほど候補がいましたが……なるほど、やはりそっちですか」
そっち。まるで僕の答えがとっくに分かっていたみたいな言葉だ。
僕も分からないことをどうしてレオが知っているのか。真っ赤な顔のままぷくーっと頬を膨らませると、すぐに指先でぷしゅっと潰されてしまった。
「あー……悔しい、狡いです……」
いじけるような、拗ねた子供みたいな声。
驚いて顔を上げようとしたけれど、むぎゅっと強く抱き締められたせいでレオの表情を見ることは出来なかった。
むぎゅむぎゅと抱え込むような力強さ。むぐっと嗚咽を漏らすと、レオはほんの少しだけ力を緩めてムスッと呟いた。
「……私はまだ諦めていませんからね」
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