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フェリアル・エーデルス
330.顛末
しおりを挟む湯浴みを終え、シモンに髪を乾かしてもらっていた時。
不意にはっと思い出し眠気が覚める。こっくりこっくりしていた頭をばっと動かしてシモンを見上げると、にこにこしていた綺麗な表情がびっくりしたような顔に変化した。
「どっ、どうしました!?髪、強く引っ張りすぎちゃいましたか!?」
「ううん。とっても優しいよ、だいじょぶ」
壊れ物を扱うような優しさで髪を梳かれたことを思い返し首を振る。すぐにシモンが安堵したようにほっと息を吐き、乾かしたばかりのぽかぽかな髪を撫でて僕の正面に回った。
すとんと膝をついて見上げる姿にきょとんと首を傾げる。ぎゅっと両手を包まれて「何か気になることでも?」と穏やかに問われて目を見開いた。
シモンには何でもお見通しだ。そんなことを思いながらしゅんと眉を下げて、皆に散々誤魔化されていたことを聞いてみた。
「あのね……僕、もしかして、陛下に何かされたの?」
今度はシモンの目が大きく見開かれた。ゆらゆらと揺れる瞳を見て確信を抱き、やっぱりそうなのかと肩を竦める。
謁見の日。あのお茶会の時、僕は紅茶を飲んだ後に突然意識が朦朧として倒れてしまった。てっきり急に具合が悪くなっただけだと思っていたけれど、今思えば気になることが多い。
意識を失う直前、陛下があまり驚いていなかったこと。記憶が曖昧だからここはよく分からないけれど、その曖昧な記憶が確かなら、陛下は僕が倒れても穏やかに微笑んだままで異様に落ち着いていた気がする。
それとは逆に、レオはすごく驚いていた。陛下をびっくりしたような目で見つめていた様子をぼんやりと思い出す。
それに加え、邸の皆が抱いている陛下に対する不敬とも言える不信感。ディラン兄様が僕に内緒で勝手に陛下宛ての謝罪の手紙を燃やしてしまったこと。
兄様達もお父様達もシモンも、今日は陛下の話題になるたびとっても怖い顔をする。そこまで考えてようやく思い至った。
僕がお茶会で倒れてしまった原因、その中に陛下の何かしらの行動があるのではないだろうか。
「……それは」
言いづらそうに語尾を小さくするシモンに眉を下げて微笑む。やっぱり、皆隠したがるということは僕には言えない事ってことだ。
シモンは大抵僕に嘘は吐かないから、聞かれても尚隠すということは僕の害になる真実ということ。僕を傷付ける事実が含まれているということだ。
でも、これで確信が更に深まった。やっぱり陛下はあの日、僕に何かを仕掛けたんだ。
もしかして、あの時体が熱くなってもぞもぞしてしまったのは陛下の策略?ライネスに全裸を見られてちょっぴりいやらしく触れられたことを思い出し、思わず顔をかぁっと真っ赤に染めてしまった。
「っ、だいじょぶ!教えて。これからは皆が心配しないようにって、気を付けたくても、何が起きたかわからないからどうすればいいか分からない」
「……」
「僕、きちんと気を付けたい。だから、何があったか教えてほしいの」
真っ赤な顔をぷるぷる振って気を取り直す。
真っ直ぐ見つめて言う僕に、シモンは一度困ったように黙り込んで渋々語り始めた。
* * *
「びっ、びびっ、びやくっ!?」
あわわーっ!と両腕を挙げて万歳の姿勢で硬直。なんてこった、思ってたんと違うどころじゃなかった。どうやら陛下、予想以上にとんでもな事件を起こしてくれたらしい。
あの時ばたんと倒れてしまったのは、紅茶に含まれていた媚薬が原因。それは陛下が指示したものらしく、目的はレオと僕の間ではわわなことをさせる為。
二年という空白の時間を僕は知らない。自分の影響力は自覚している以上に大きなものだったらしく、陛下はそんな僕を皇室に抱え込む為に例の事件を画策したようだ。
全て聞き終えて初めに思い浮かんだのはレオのこと。
ぐっと歪ませた表情で思わず小さく呟いてしまった。
「レオ……大丈夫かな」
レオの優しい笑みが仮面みたいに完璧なものになる様子を想像する。今世ではせっかく自分の感情を表に出せるようになったのに、今回の件でまた塞ぎ込んでしまったらどうしよう。
実の父親に自分を利用されるなんて、考えただけで胸が痛む。今までの人生でそういうことは何度か経験したことがあるけれど、幾度あっても慣れない事だった。
血の繋がりは物凄く強固で、その分残酷だ。どんなに劣悪な関係でもほんの少しは情が湧いてしまうものだから、逃れられない。分かっていても、実際裏切られた時はとっても悲しい。
そんな思いを、本当は脆くて優しいレオが抱いてしまっていたら……。
考え出すと止まらなくなって、今は深夜に近いということも忘れて勢いよく立ち上がる。陛下にがつんと言いに行ってあげないと!なんて衝動的に湧いた思考は、シモンにふとぎゅーっと抱き締められたことで中断された。
「むっ……!」
「フェリアル様、落ち着いて!」
もふもふのパジャマを着た僕を後ろから強く抱き締めるシモン。数秒で衝動が散って落ち着きを取り戻し、力の抜けた体ですとんと床に座り込む。
耳元で焦燥混じりに響く声。不意に紡がれたとんでもな言葉に慌てて目を見開いた。
「まさかとは思いますけど……皇太子殿下を悲しませないために婚約する、なんて言いませんよね?」
はわっ!?と目を丸くしてあわあわ。ぶんぶんっと頭を横に振って全否定。
そんなことするわけなかろう、とぷんすかしながら腕の中を抜け出し、ぷくっと膨らんだ頬で振り返って仁王立ちする。なんてことを言うのだぷんすかぷんすか。
「そんなことしない!とっても失礼だよ、そんなっ、そんなの……!」
レオは僕に好きだと言ってくれた。友達としてだけじゃなく、恋愛感情で好きだと。
悲しませたくないから手を取る、なんて。そんなのレオへの侮辱だ、絶対にしちゃいけない。レオが思いやってくれた僕の気持ちを疎かにすることは、レオの気持ちを疎かにするのと何ら変わらない。
自分の気持ちを思いやるって、難しいことだ。けれど、それが誰かの想いを思いやることに繋がるなら、そうも言ってられない。
今なら分かる。ただ捨て身になることだけが守る方法にはならない。
僕には、レオが尊重してくれた僕の気持ちを同じように尊重しなければならない義務がある。
自分を大切にすることも、感情の読み取りもまだまだ難しい。自覚しない間に誰かを傷付けてしまうことだって、まだまだ起こり得る。それでも頑張って成長しないと。
「僕はレオが好き。大好きなレオを傷付けた人、許せない。皇帝陛下でも、許せない」
「フェリアル様……」
「婚約とか、そういうことじゃない。僕はレオのために出来ること、何もないけど……でも、許せないよ……こういう気持ちは、どうすればいいの」
むしろ下手に僕が動いたら逆効果かも。でも、このまま陛下が起こしたことを見過ごすのもきっと駄目だ。雁字搦めで、ぐちゃぐちゃ。
こういう時どうすればいいのか、僕はそういうのは疎くて賢くないから、よくわからない。
「……この件に関しては、悔しいとは思いますが……今から殿下の為にフェリアル様が何か出来るかと問われれば、答えるのは少し難しいです」
ものすごく遠回しに告げられた。僕の問いには基本的に全肯定なシモンの精一杯の否定。他でもないシモンにそれを告げられたという事実が、驚くほど冷静に頭を冷やしてくれた。
「恋愛感情という複雑な心情が絡んでいてはどうにも……。それに、陛下が殿下とフェリアル様の間に無理やりにでも関係性を作ろうとしているのなら、今フェリアル様が皇室と少しでも関わるのは危険です」
「……うん」
こくり。小さく頷く僕にシモンがほっと息を吐いた。
その通りだ、この状況で僕から皇室に関わるのは逆効果。むしろ陛下の思う壺。冷静になった頭でその事実を整理して、ようやくきちんと納得できた。
しょんぼりと俯く僕をシモンがぎゅうっと抱き上げる。ぽんぽんと撫でられすーっと熱が冷めて、レオを想いながら唇を引き結んだ。
「とは言えフェリアル様を害した訳なので、公爵家としてはこのまま沈静化を待つ……という訳にもいきません。陛下の処分については既に別で動き出しているので、それで安心して下さいませんか?」
「陛下の、しょぶん……?」
「えぇ。処分と言ってもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ痛め付けるだけですから。どうでしょうか」
「うぅん……そっか、うむ」
皇帝陛下を痛め付ける、なんて。そんなこと出来るのだろうか。陛下より上に立つ人間はいないのに、誰が陛下を裁くのだろう。
気にはなったけれど、どうにもこっくりこっくり傾く頭を支えきれず……そのままシモンの肩にぽむっと顔を埋めるようにして睡魔に沈んでしまった。
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