余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-終幕】

329.良い兄、良い皇帝(レナードside)

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「兄上」


 書斎に篭って読書をしていた時、不意に扉をノックして訪れたのは弟のアランだった。
 アランと面と向かって話すのは何時ぶりだろうか。兄弟と言えど互いに皇族の立場で多忙な為に関わる機会は滅多にない。
 珍しいこともあるものだと思いながら本を閉じる。にこりと仮面を被りつつ穏やかに応えた。


「どうしました?アラン」


 アランは私を無表情でじっと見つめる。
 黒に近い髪は私に全く似ていない。髪色と二番目に産まれたスペアという理由で、アランもまた父上に見向きもされず育った憐れな人間の一人だった。
 私は次期皇帝ということで、個人的なものでなくとも父上とはそれなりに交流があった。だが、アランは最早親子の情など微塵も生まれないほど交流はゼロに近かったはずだ。
 そして父だけではない、私との繋がりもほぼ無いも同然。アランにとって、少なくとも私は良い兄ではないだろう。

 そんなアランが自ら私の元へやってきた。まるで先日、父上に対峙した自分を見ているようだ。
 淡い既視感を抱いて微笑む私の傍にアランが近寄る。数秒躊躇うように視線を彷徨わせたかと思うと、アランは遠慮がちに小さく言葉を紡いだ。


「……その、フェリアルに……何かあったのでしょうか」


 予想外の問いに一瞬固まる。そうか、アランはフェリと交流があるのだった。定期的にギデオンから聞かされていた報告を思い出し納得する。

 例の件については厳重な箝口令を敷いている。あの場にいた使用人は全て買収して噂を広めないようにさせ、その日起こったことについて知っている者はフェリに近い極少数の人間に限定した。
 その極少数の人間の中にアランは含まれていない。アランは何も知らない側の人間だ。しかしそれでも、父に近い者であるからにはいつか勘付いてしまうだろうとは思っていた。

 何故なら父上は今、誰が見ても違和感を抱かざるを得ない姿だから。


「父上が、狩りの際に落馬して重傷を負ったと……もう七日寝室に籠って姿を見せません。父上が怪我をする直前、フェリアルが父上に謁見しましたよね」

「……」

「気のせいかもしれませんが、あの日は何だか空気が張り詰めていた気がします。兄上の様子も何処かおかしかったような……」


 大きくなったなぁ、なんて。こんな状況で唐突に湧いた気持ちに自分でも驚いた。
 見ない間にここまで敏い人間に育っていたとは。父上がどうとかこうとか言っていたが、所詮私も同罪だ。自分のことばかりで弟に目を向けることが出来ていなかった。
 アランは聡明な子だ。それに気付かず不安定な私にだけ期待を背負わせ続けた父上は、やはり愚かな人間であったと思わざるを得ない。


「えぇ、気の所為でしょう。あの日のことも。父上の怪我とフェリの謁見については全くの無関係ですよ。父上は落馬で重傷を……私もその瞬間に居合わせました」

「……そう、ですか」

「心配ですね。早く回復すると良いのですが……」


 父上の落馬の瞬間を見たのは私だけ。だが、父上の護衛騎士を数人買収して証人は既に増やしている。
 ?その真実を知っているのも、皇宮内では私だけだ。

 微笑を湛えたまま答える。流暢に嘘を吐ける辺り、私も随分父上に似てきたものだと自己嫌悪が湧いた。とは言え、皇帝の器に相応しい人間に近付いているというのは良いことだ。
 あの人の後を継ぐなら、近しい者さえ騙せる者にならなければ。例えそれが血の繋がった兄弟だとしても。

 私の答えを聞いたアランは、しばらく納得出来無さそうに眉を下げていたがやがて諦めたように息を吐いた。


「……兄上。兄上、どうかお一人で無理はなさらずに。僕では頼りないでしょうが、兄上には優秀な味方が傍に居られるでしょう」


 背を向けたアランが呟いた言葉に目を見開いた。そんなことを言われるとは思わなかった。
 僅かに顔を上げるが、予想外の言葉を紡いだ弟はこちらに背を向けているから表情は読めない。静かに書斎を出て行く後ろ姿を、ただ見つめることしか出来なかった。


「……」


 徐に本を開く。だが既に集中力は散漫していて、文字の羅列を追う気にはなれなかった。
 私を見据えるアランの瞳が脳裏から離れない。微かな情を含みながらも、しかし大半は他人に向けるような無関心の色。兄弟に向けるにはあまりに冷徹な視線。
 だがきっと、私も似たような視線をアランに向けているのだろう。

 今回の件で気付かされたことは多い。父上が私を……私達を完全な道具と認識していることと同時に、新たに自覚したこと。
 父のことを言えない。私も父と同じようなものだ。自分のことばかりで、家族に目を向けることがなかった。それどころか利用価値を見定めるような視線をアランに向けたことが……もしかすると、いや絶対に、あっただろう。

 父上は私に失望したといった。弟は冷たい兄である私に無関心。
 こんな私が、良い皇帝となることが出来るのか。最早全く分からないが、もう後戻りはできない。
 何せ私は父上に対する反乱ともとれる行動をしてしまったのだから。

 父上への脅威に目を瞑った。伯父上の行為を黙認した。だからもう目は逸らせない。私に出来ることと言えば、このまま進み続けることだけだ。
 たった一人で……そう、思っていたが。


『兄上には優秀な味方が傍に居られるでしょう』


 私の味方とは、一体誰のことだろう。
 そんなことを漠然と考えるくらいには、内心希望を持ってしまったようだ。






───
『聖者の薔薇園』章完結

最終章に続きます
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