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フェリアル・エーデルス
335.約束とペンダント
しおりを挟む北部はこの時期でも風が冷たくて気温も寒いからと、パパが黒いケープを貸してくれた。ライネスがちっちゃな頃に羽織っていたものらしい。
ちょっぴりぶかぶかだけれど、その分体の隠れる部分が多くなってあったかい。ぬくぬくと羽織ってくるりと回って全体を確かめると、それを見ていたパパとシモンが軽く悶絶した。何かいけないことでもしてしまっただろうか。
城下町へのお出掛けはパパと一緒に……のつもりで玄関ロビーに来た直後。
ふとそんな僕達を追いかけるように近付いてきた足音に気付いて振り返る。パパもそれにはずっと前から気が付いていたようで、面倒くさそうにゆらりと視線を向けた。
駆け寄って来たのは侍従の服をピシッと綺麗に着込んだ一人の男性。年はパパと同じくらいだろうか、如何にも仕事が出来そうな眼鏡の男性がパパの耳元で何かを呟いた。
「……そうだったか?そんじゃそれ中止だ、今度に回せ。見ての通り俺は今忙しいんだよ」
「そう仰らず。ただでさえ執務が溜まっているのですから」
何やらピリついた空気にあわあわと眉を下げる。執務が溜まっているという言葉だけ鮮明に聞こえたから、仕事に関するお話だろうかと察して声を掛けた。
「パパ。お仕事?」
「ん?あー……まぁ、そうだ。でも気にすんな、こんくらい帰ってからでも余裕で終わらせられっからよ」
「十分後に行われる取引をどのように余裕で済ませるおつもりで?」
パパの得意気な表情が一瞬でぴしゃーっと固まる。呆れ顔の侍従さんが語ったそれにぎょっと目を見開いた。
十分後に始まるお仕事があるなんて。僕に街へのお誘いをしている暇は無かっただろうに……いや、そんな中でも僕を心配してお誘いをしてくれたんだ。仕事が溜まって辛くなるのを覚悟して。
俺様っぽいパパだけれど、実際はとっても優しくて気を遣う癖のある素敵な人だ。人の気遣いを機敏に察せる人ということは、その人も優しい気遣いの出来る人ということだから。
僕を心配して、仕事が溜まってしまうことを厭わずお誘いをしてくれたのだろう。そう思うと心がぽかぽかあったかくなって、侍従さんへの返答に渋るパパの手をくいくいと引っ張った。
ん?と優しい表情で振り返るパパにふんすと胸を張って答える。
「パパ。僕は大丈夫。シモンもいるから、二人で街に行くよ。僕は平気だから、安心してお仕事戻って大丈夫だよ」
「……フェリアル」
感極まった様子で息を呑むパパ。何故か侍従さんまで口元を覆って悶絶している。本当になぜ。
僕はしっかりした子だから平気なのよ、とドヤ顔でアピール。とっても不安そうな声で「心配だ……」と呟くパパにむっとした。大丈夫って言ってるのに……。
それにそれに、僕はもう十三歳だ。空白の二年を過ごした皆からすれば十五歳でもある。もう子供じゃないのだ、街を歩くくらいちょちょいのちょい。心配するようなことは何も起きないに決まってる。
「……分かった。お前がそこまで言うなら仕方ねぇ。そんじゃこれだけしっかり覚えろ」
パパ不在でのお出掛けを許可してもらえたことに喜んだのは束の間、真剣そうな表情でパパに肩を掴まれハッとお口チャックしてこくこく頷いた。
復唱しろ、と言われ再びこくこく。繰り返し声に出して覚えなければいけないほど大事なことなのか、とそわそわしながらパパの言葉を待つ。
けれど実際に言われたそれは、予想していた重大な内容とは程遠いものだった。
「知らない人には付いていかない」
「知らない人にはついてかない」
「危険なことには首を突っ込まない」
「危ないことには首をつっこまない」
「菓子をチラつかされても簡単に受け取らない」
「お菓子を見せられても受け取らない!……って」
何度か復唱してやがてどよーんと肩を落とす。完全に僕のことを子ども扱いしているパパに気が付いてぷんすかしてしまった。
今の約束事は小さな子供にするものじゃないか、と軽く不貞腐れるとパパが不意によしよしと頭を撫でてくる。よしよしに弱いのですぐに機嫌がなおり、パパのおっきな手に擦り寄るようにぐりぐり頭を押し付けた。
数秒それを続けてふとハッと我に返る。もう一度ぷんすかした表情を見せて眉を寄せ、パパの胸元をぽすぽすっと叩いた。
「僕、子供じゃないよ。知らない人についてっちゃだめなことくらい、きちんと分かってるよ」
「……本当にそうか?」
「どうして疑うのっ!」
疑念の目を向けられむかーっのしのしっと地団駄を踏む。
不審者に声を掛けられてついていくほどお馬鹿じゃないもの。ぷくっと膨らませた頬はパパの長い指で早々に潰されてしまった。ぷしゅー。
ふんすふんすっと憤る僕の体をむぎゅーっと抱き締めるパパ。ぎゅっとしてご機嫌取りをしようなんてそうはいかないんだからっと息巻いた数秒後、ぬくぬくの体温に心がぽかぽか暖まってへにゃあと力が抜けてしまった。
パパを抱き締め返して頭うりうりー。うーむぽかぽかで何よりよきよき……って、はっ!
へにゃりとなっていた体を起こしてそーっとパパの様子を窺う。見上げた先には、ほらやっぱりな?とでも言いたげに口角を上げたパパの表情が見えた。
「……本当に大丈夫なんだな?」
「だ、だっ、だいじょぶ!」
まかせろ!と胸をぽんと叩いて平気アピール。
パパはおかしそうにクスクス笑うと、ふと胸ポケットから何かを取り出して手渡してきた。
「む?これって……?」
「ペンダント。変な輩に絡まれたらこれを掲げて見せてやれ。少なくとも北部では誰もお前に手を出せない筈だ」
渡されたのは大きめの宝石がついたペンダント。よく見れば宝石の中に紋様のようなものが見える。パパがこう言うからには、大公家に関わる模様か何かなのだろうか。
ちょっぴり重たいそれを首につけてもらい、おっきな宝石をきゅっと両手で持ち上げて見つめてみる。うーむ、やっぱり何の模様なのかさっぱりわからない。
「……ん?何だお前、シュタインのブローチまで持ってんのか。それならペンダントが無くても平気かもな。まぁいい、保険は何個あっても蛇足にならんだろ」
ペンダントを付けるためにケープを引き上げたとき、ふと胸元が見えてパパが何かに気が付いた。
視線の先にあるのはローズから貰った薔薇色のブローチ。これがあるならペンダントが無くても平気……って、このブローチ、そんなに強いのかなそわそわ。
「……これで良いか。フェリアル、知らない人には?」
「ついてかない!」
「よし、合格だ」
合格の言葉と共にわしゃわしゃと頭を撫でられる。
今度こそ本当にいってきますを言うと、優しい声音のいってらっしゃいが返ってきて何だか胸がぽかぽかあったかくなった。
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