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37,黒猫の葛藤
しおりを挟むどうも、シルビオです。
先日6歳の誕生日を迎えました。
パーティーでは始まって早々色んなことが起こってしまったけど、その後は比較的穏やかに進んだ……と思う。
アレな意味で暴走していたルーをクレッセン侯爵がゆるーく宥めてくれて、兄様のことは母上が「あらあらまぁまぁ」と流れるような動作で鎮めていた。
父上はオロオロしていて、あの場では正直何も出来ていなかった。やっぱりフレンセン家で最も強いのは母上である。
母上と侯爵から言われて、僕は兄様とルーとディーター様の四人でパーティーを楽しむことになった。本当に楽しむかは置いといて。
兄様とルーはともかくなんでディーター様まで?と思ったのだが、そこは侯爵がどうしてもと言っていたから了承した。
何やら仲間外れにすると拗ねるだの息子にもチャンスを与えてくれだのよく分からないことを喋っていたが。
チャンスって一体なんだろう、その言葉を口にする時だけ生暖かい目だったような気もするけど……。
その後は四人でケーキを食べて、ついでに他の貴族達への挨拶も済ませた。
ついでにと言っていいものか怪しいところだが、色々起こりすぎて割とガチで招待客たちのことを忘れていたので仕方ない。
初めに声を掛けてきた侯爵家親子のキャラがあまりに濃かったことと、その後の皇族であるルーの登場によって周囲のことが頭から抜けてしまっていたのだ。
ちなみに、ケーキはめちゃくちゃ美味しかった!
流石は公爵家専属の凄腕料理人が作ってくれただけある。
僕はチョコレートに目がないので、ケーキにもチョコレートをふんだんに使ってもらった。
どこを切っても食べても甘いチョコレートの味。幸せすぎて泣くところだった。
でもそこは我慢だ。ちょっと涙を滲ませただけでおかしいくらい心配してくる過保護な人間が多いからな、僕の周り……。
あ、でも祝ってくれてありがとうの涙はノーカンだ。
パーティーが終わる直前、皆にお礼を言ったら思わず泣いてしまった。やっぱりあれだな、誕生日を祝われるって嬉しいもんだな……。
「ミューおいで。一緒に寝よう」
「ミャー」
……と、パーティーのことを思い出しながらベッドに潜り、窓際で丸まっていたミューを呼ぶ時に我に返る。
ミューが気持ち良さそうに埋まっていたのは、クレッセン侯爵からのプレゼントである最高級のふわふわクッションだ。
あの誕生日以降、公爵家には僕宛ての誕生日プレゼントが沢山届いていたらしい。今までの誕生日も届いてはいたが、それの倍くらい数が多くなっているのだとか。
去年まではパーティーがなかったから、他の貴族たちの注目はそれほど浴びなかった。
が、今回はお披露目を兼ねた大々的なパーティーを開いたくらいなので、招待されなかった貴族たちもここぞとばかりにプレゼントを送ってきているらしい。
大抵は色とりどりの宝石とか、いかにも金がかかってそうな派手派手な洋服とかだった。使いどころが分からないのでとりあえずは全て収納してもらっている。
と言っても、全てがそういうプレゼントだったわけじゃない。中には興味を引くものも少なからずあった。
もこもこのぬいぐるみとか、ふわふわで大きな枕とか。あとは履き心地の良い毛皮の使われたスリッパに、絵を描くための絵の具やスケッチブック。
ほとんど部屋の中で使うものだ。
元気になったとは言え引きこもりなのは前とあまり変わらないし、疲れやすくて人より多く眠るのも事実。
快適な生活と睡眠に役立つアイテムは普通にありがたいというわけだ。
……ぬ、ぬいぐるみはアレだ、抱き心地いいからなっ!
別に好きで集めてるわけじゃなくて、快適な睡眠のために仕方なくだな……。
「ふふっ。ミュー、そのクッション気に入ったの?」
「ミャー、ミャー」
「そっかそっか。それならミューが使いなよ。僕はぬいぐるみも枕もいっぱいあるからさ」
「ミャー……」
「も、もちろんミューも抱きしめて寝るよ!そんなにしょんぼりしないで!あのクッションあげるからって、ミューをほったらかしにする気ないからっ!」
「ミャー!」
以前より明らかに物が増えたベッドの上。
大きな枕やぬいぐるみに埋もれて、広げた毛布の中にミューを招いた。
一直線で向かってくるミューに笑みが零れる。もう一緒に寝るのは慣れたものだ。毎日一緒に寝てるからね。
「ミャー」
「うん。おやすみミュー、いい夢見てね」
横たわったミューがぺろりと僕の頬を舐めてくる。
おやすみなさいの合図だ。眠る前はいつもこうして頬や額にキスをする。
たまに唇をぺろぺろ舐めてくる時もあるが、そこはくすぐったいと笑って宥めている。唇の隅までやけに丁寧に舐める様子が、なんだか必死でとっても可愛い。
ミューがキスしたあとは僕の番。
ピクピク動く耳をふわりと撫でて、もふもふの毛並みに顔を埋めるようにキスを返す。
おやすみと言って目を閉じたら、やがてスーッと睡魔が襲ってくるのだ。
「──……おやすみ、シルビオ」
***
腕の中ですやすやと眠る小さな体。
まだ幼くあどけない寝顔が可愛らしくて、私は吸い寄せられるように彼の頬に口付けた。
癖になりそうなふにふにの頬だ。試しに指を一本埋めると、それはすぐに柔い頬の中に吸い込まれてしまう。
一緒に眠る時は、いつもシルビオに安眠の魔術を掛けている。
万が一悪夢でも見たら可哀想だろう。この子は体が弱くてただでさえ睡眠が大切だと言うのに、それすらままならないようではあまりに哀れだ。
だから毎晩、欠かさずこの子に魔術をかける。ゆっくりと眠りにつくシルビオを眺めては、人の姿に戻り抱き締める日々だ。
かけている魔術は睡眠薬とほぼ同じであるため、多少大きな動きをしても彼が起きることはない。
なので人の姿に戻ったらすぐにまた隣に横たわる。シルビオを抱き締めて眠ると温かい感情が湧いてくるから、最近は毎日のように寝床に忍び込んでいた。
まさか、この私に感情などというものがあったとは。
『心』がないはずなのに妙なものだ。『心』と感情は同じものだと思っていたが、違ったのだろうか?
「……誕生日、おめでとう。シルビオ」
囁いた声音は己のものとは思えないほど甘く蕩けていて、思わず反吐が出そうになる。
ルーカルトが言っていたことは正しかったのだろうか?私は本当に、この子のことを……。
しかし『心』が分からない私は、ようやく自覚したこの感情が、一体どういうものなのか理解出来ない。
だが一つ確かなのは、私はこの子が傷付くことを許容出来ないということ。
あの日、何故私は核を戻してしまったのか。
アイツにも散々その件で詰られたが、とにかく私にはもう、シルビオの核を奪う気は毛頭なくなっていた。
あの核さえ奪えば、私達にとっての危険分子はほぼなくなったと言えたにも関わらず。
だがどうしても無理だった。
この子の兄が核を取り出すのを、アイツの言う通り横から奪うことだって出来たはず。だがそれも出来なかった。
ただただ、シルビオがもう死の恐怖に苦しまなくて済むという事実に、酷く安堵している自分がいた。
「……理解出来ない。この子の、何が……」
一体この子の何が、私をここまで愚かに出来るのか。
雪のように美しい髪を、優しく梳くように撫でる。
この子は不思議だ、出会った日から私の脳内を支配して。挙句の果てにはここまで虜にしてしまうとは。
何か……魔術の類いだろうか、それとも、呪いか。
何らかの理由で、私がこの子に囚われてしまったことは事実だろう。
それが何なのか、まったく理解が追いつかない。
この温かい感情が何なのかも気になる。この子が笑うと、ありもしない心臓が締め付けられるような感覚を抱くのだ。
やはり呪いの類だろうか……胸が痛くなるなど、ひとまず良いものとは言えまい。苦痛を与えるならば、やはり呪いか。
「……それでも、いい」
それでもいい。
それでもいいと思ってしまうほど、この呪いは酷く甘美で、恐ろしい。
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