異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓

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一章

30.満月の夜(後半???視点)

 
 その日の夜は大変だった。
 突発的な獣化を起こして体調が不安定になっていたガウのことが心配で、夜はガウと一緒に眠ってあげようとベッドに上がったはいいものの……。
 なんとそのあとジャックが暴れ出して、やれ「嘘つきぃ!」だの「ご主人様の浮気者ぉ!」だの叫び出す始末。

 一応ジャックとは確かに約束していたのだから、俺だってそれを破るつもりは毛頭ない。
 だから暴れ散らかすジャックに「おばか、お前も一緒に寝るんだよ」と呆れ顔で言うと、ジャックはたちまちキョトンと動きを止めて、やがて「なーんだそういうことかぁ」とニコニコでベッドに潜り込んできた。まったく騒がしいやつだ。


「二人きりじゃないってのは不満だけどねぇ」

「む?なんでだ?みんなで寝たほうが怖くないだろ」


 ムスッと頬を膨らませながら隣に潜り込むジャックに首を傾げた。
 そもそも、ジャックが俺と一緒に寝ることを望んだのは、一人で寝るのが怖かったからだろう。それなら、むしろガウが加わって人が増えるのはいいことじゃないのか?
 俺をぎゅうっと抱え込むジャックにそう言ってぱちくり瞬くと、ジャックはなぜかポカーンと目を丸くして、やがて「あっはっは!」と大笑いし始めた。


「そっかそっかぁ!そうだねぇ、ご主人様ってそういう子だったよねぇ。うんうん、これは僕のミスだ、ご主人様は悪くない」


 笑いながらそう言うジャックにほっぺぷくーをして不服を示す。
 なんだなんだ、なにがそんなに面白いんだよぅ。きっと聞いてもいつも通り、ジャックのことだからよく分からないことを言うのだろうけれど。

 ジャックからぷいっと顔を背けて、体をくるりと捻った先に眠っていたガウにむぎゅっと抱き着く。前からも後ろからもぽかぽかな体温を感じながら、徐々に、けれど確実に眠気がぽわぁっと襲ってきた。


「うぅん、むにゃむにゃ……」


 軽い圧迫感に少し顔を顰めながらも、寒いよりかはいいかと無理やり納得して眉間の皺を消す。
 背後からぎゅうっとお腹に回っていた腕から力が抜けた感覚がして、ちらりとジャックを振り返った。どうやらこの一瞬で眠りについたらしい。はやいな。

 ジャックはどんな状況でもとにかく切り替えが早い。笑う時は笑うし、苛立ったら上機嫌な笑顔をたちまち無表情にして暴れ出す。それでもって、寝ると決めたら秒で寝る。
 癖なのかな。スラムだと鈍い奴から先に死んでいくって、以前言っていたような気がするし……ジャックの異常なまでの切り替えの速さやら反射神経やらも、きっと生き残る上で大切な武器だったのだろう。

 なんにせよ、ジャックにはもう俺が、俺達がいる。ジャックが安心して眠れるように、これからは俺がジャックを守ってやればいいだけの話だ。そう考えて目を瞑る。
 そのままスヤァと夢の中に旅立とうとした時、ふいにガウと俺の間に潜り込むように、ふわもふの何かがもきゅもきゅと入り込んできた。


「む……?なんだロキかぁ、お前も一緒に寝るのか?ふわふわのクッション、用意してやっただろ?」

「きゅーん」


 目の前にふわもふっと現れたのは、今日家族に加わったばかりのわんこ、ロキだった。
 ロキには窓際のあったかい場所に、ふわふわのクッションで出来た寝床を用意してあげたはずだが……。どうやら、それよりも一緒に眠る方がいいらしい。かわいいやつだ。


「……でもたしかに、ひとりは寂しいもんなぁ」


 ロキを撫でながら、重い瞼をゆっくりと閉じてそう呟く。

 思い出すのは、前世の記憶だ。
 無機質な病室のベッドで一人眠って、それを何度も繰り返して、死ぬ時も、安心感のある家の暖かいベッドの上じゃなく、冷たい病室のベッドの上だった。
 まだ孤独に死ななかっただけ、最期に救いはあったと言えるだろう。大好きな両親の前で死ねたのはよかった。けれどそれまでの日々は……ずっと、一人ぼっちだった。

 妙な緊張感があって寝付けない。広い病院の中の部屋の一つだし、近くには他人もいるし、一人だし。そんなのが日常になるくらい、前世はどこか空虚に塗れていたけれど。
 ……でも、今は違う。


「おやすみ。ジャック、ガウ……ロキ」


 ──“おやすみ”を言葉にできるって、なんて幸せなことだろう。

 それを告げる相手がみんな大切な家族で、寝床が安心できる家の中なら幸せはもっと大きくなるのだ。
 ガウやジャックが仲間になってからは当たり前になっていたこの日常は、けれどたまにこうして我に返ると、全然当たり前なんかじゃないんだと改めて思い知る。
 特にそれが、常に生死の境目に立たされるようなマフィアの世界だと尚更だろう。

 俺はまだこれといった地獄絵図を目の当たりにしたことはないけれど、初めて本館の空気を感じた時や、アンドレアや父の深淵のような瞳を見れば大体は想像がつく。
 きっとこんなものじゃない。想像しているよりも、きっと、もっと。

 当たり前じゃないこの日常を、大切な家族を、俺はこの世界で守ることが出来るだろうか。


「──おやすみ、ご主人様」


 意識が遠のく直前に聞こえた声に、ほんの少しだけ違和感を抱いた。
 ご主人様と呼んでいたから……ジャックだろうか?と思ったけれど、なんだか声が聞き慣れないような気がする。ジャックはもう少し高い声をしていたような……。

 ……まぁいいか。きっと寝惚けているんだ。今の声はジャックのもので間違いないだろう。
 霞んだ頭でそう考えて、俺は今度こそ眠りについた。



 * * *



 ガラス扉を開けてバルコニーに出る。
 冷ややかな夜風に当たった途端、忽ちあの子の温もりが恋しくなった。

 側近も含めて全員が寝静まった瞬間を狙って動き出したが、まさか俺の気配を察知出来る奴が存在したとは。
 流石は一時期ヴァレンティノでも狙っていた『切り裂きジャック』と言ったところか。だがいくら奴と言えど、やはりスラム育ちの下民に獣人の覇気は耐えられなかったらしい。
 あの虎獣人と同様、軽く覇気を浴びせただけで気を失ったのは幸いだった。


「──……やぁシド。案外あっさり侵入出来たよ」


 ペンダント型の魔水晶を口元に寄せて囁く。
 手摺に身を預け、視線は部屋の中に。無垢な表情で気持ちよさそうに眠るあの子をじっと見つめていると、やがて水晶が煌めいて騒がしい声が返ってきた。


『おい若!てめぇはまた勝手なことを……!今回の計画、当主に話してなかったのか!?あの温厚な当主が珍しくブチ切れてんぞ……!』


 それはそれは、と軽く笑いを零すと、すかさず『笑い事じゃねぇ!』という叫びが鼓膜を刺激した。まったく、夜の静けさが台無しだな。


『お前が行方不明だって界隈は大騒ぎだ!てめぇの立場理解してんのか!?二大ファミリーの均衡が崩れかねないことやってんだぞ!』

「みんな堅いね。俺が死ぬわけないってのも周知済みでしょ?どうせ今までと何も変わらない。二大ファミリー以外はビビったまま表に出ないし、俺も終わったらすぐ帰る」


 表面上は大騒ぎってだけで、今まで通りだ。
 そう言うとシドは黙り込む。シドだって分かりきっていたことだろうし、今のお説教もきっと表面上のものだろう。
 口だけの説教をしっかり聞いてやったんだから、これ以上俺が周りに合わせる必要はない。
 それを改めて突き付けた後、微かに口角を上げて、シドに現状を報告する。


「それよりも、今はこっちの現状の方が大事だ。当主は要観察として、危険なのは後継者の方だね。えぇっと……なんて名前だったかな」

『はぁ……アンドレア・ベルナルディのことか?』

「あぁそうそう!アンドレアね。奴はかなり危険だ、出来ればあまりお目にかかりたくはない。次男の方に擦り寄ったのは良い判断だったよ」


 アンドレア・ベルナルディ。獣化してから一度だけ顔を合わせたが、とてつもないオーラだった。少しでも油断していたら正体を見抜かれていたかもしれない。
 出来れば後継者の近くに潜伏したかったが、あれは無茶をしない方が賢明だろう。冷遇されているという次男も、後継者のオーラを浴びた後だったから少し警戒していたが……どうやら油断しても問題なさそうだ。

 あの子の言動やら何やらを思い出して小さく吹き出す。水晶越しにシドが怪訝な声を上げたから、笑い混じりに答えてやった。


「次男のルカって子、チョロそうですごく可愛いんだ。ちょっと同情させれば、簡単にこっち側に引き込めそうだよ」

『あ?ルカって……冷遇されてる次男坊か。そいつは役に立たねぇだろ、血が繋がってるってのにベルナルディの全員に嫌われてるらしいじゃねぇか』


 シドの返答に再び笑いを零す。思い返すのは、あの子を見つめる当主の瞳。
 あれは少なくとも、嫌いな息子に向けるような視線ではなかった。


「……どうかな。寧ろ俺には、次男坊くんこそがベルナルディの弱味に見えたけどね」


 何にせよ、あの子の傍に潜むのは悪い判断ではないだろう。
 それに……正直言ってあの子には、個人的にも少し興味が湧いたから。


「──ヒーローの色、か」


 今もきっと、血の如く悍ましい色を輝かせているだろう赤い瞳。それを片手で覆ってぽつりと呟いた。
 赤い瞳は宗教的にも世間的にも、悪魔の色として恐れられる忌み子の象徴だ。それをヒーローの色だなんて……おかしなことを言い出す奴もいるものだな。


『あ?何か言ったか?』

「……いいや何も。とにかく、俺はもう少しここに潜むよ。あの子が使えそうなら……是非ともベルナルディの衰退に一役買ってもらおう」


 シドの呆れたような溜め息を最後に水晶の力を消す。
 月明かりが突如明るくなり、そういえば今日は満月だったか、とぼんやり空を見上げる。
 けれど視界を独占したのは見事な月の方ではなく、その背後でひっそりと息を潜める夜空の方だった。


「……あの子の瞳にそっくりだ」


 まるでアメジストのような──……なんて考えて、ハッとした。
 夜空を見て他人の瞳の色を思い出すなんて、柄にもないことを。

 ベルナルディの敷地内にいるからと、少し気が乱れているのだろうか。溜まった疲労はさっさと解消しなければ。
 静かに獣化を終えて、更にその身体を犬のように擬態させ……そうして再び、あの子の腕の中に戻った。






───
一章完結.
次章に続きます
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