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五章
139.アンドレアとサメさんと
しおりを挟むロキとの関係が表向き進展してから、かなりの時が経った。
特にマズい出来事が起こるわけでも事件が発生するわけでもない……最近は本当に平和で、今生きているのがマフィアの世界とは思えないくらいだ。
王弟殿下の反乱の件やら何やらについての話も聞かないし。いや、それに関しては俺が仲間外れされているだけという可能性が高いか。
今までだって、物騒なことについてはみんな俺抜きで進めてしまうことが多かった。
俺だってれっきとしたベルナルディの子なのだ。こうして過保護に情報を規制されてハブられるというのは納得いかない。
もしかしたら今も尚、みんなは黒幕と裏で戦っているのかもしれないし。それなら俺だけついていけていないってことだよな?それは普通にマズいぞ、原作ストーリーの状況把握的に……。
「むぅ……むぅー……」
サメさんもふもふ、もにゅもにゅ。
最近では日常となった平和で退屈な何の変化もない昼間をぐでーんと過ごす。心なしか腕の中のサメさんも退屈そうだ。
ずっとこうしていても仕方ないので、とりあえずソファからよっこらせと起き上がってみる。うぅむ……起き上がったとて何か楽しい案が思い浮かぶわけでもなく……がっくし。
いつもなら朝早くから突撃してきたロキに連れられ、遊びに行ったりするのだが……なぜかこういう日に限ってロキに用事があるというタイミングの悪さ。
普段なら俺がうにゅーっと抵抗しても『遊ぼうよルカちゃん!』と半ば強引に外まで引きずるくせに。どうして俺が暇な日に限って忙しいんだよぅ、ロキのやつ……。
「いそがしいってなんだよぅ……おれよりだいじなことなのかよぅ……」
サメさんを抱えて丸くなる。あまりに暇なせいか、思わずメンヘラみたいなことを呟いてしまった。
いやいや、これは違うぞ?別に拗ねているわけでも寂しいわけでもなくて、ただいつもは強引なくせにこういう時に限って俺をほっぽるのはいかがなものかとごにょごにょ……。
「──俺と遊ぶのは嫌なのか」
「ひょぇっ!!」
芋虫みたいに丸まってうにゅうにゅと恨み言を連ねていた時、ふいに背後から声を掛けられてひょえぇっと飛び上がった。びびっ、びっくりしたぞ。
てかまてぃ、ここ俺の部屋なんだが?ノックくらいせんか!と思いながらムッスーと振り返る。
ジトッと視線を向けた先。ツンと顰め眉で仁王立ちするアンドレアが見えて威勢がぷしゅーっと消え失せた。アンドレアなら仕方ない。ノックしてくりぇと何度言っても一向にしてくれないアンドレアならね。仕方ないね。
「おにしゃまっ!あ、あそ、遊んでくれるのですかっ!」
「……当然だ。ルカが望むなら、鬼ごっこでもかくれんぼでもだるまさんが転んだでも何でもする」
あ……これもしかして、あれかな。
この前アンドレアの部屋に間違って入ってしまった時、本棚の奥に隠すように置かれていた書籍のタイトル。その名も『愛する弟大歓喜!こどもの遊戯をおぼえよう!』というやつ。
ちょっぴり読んでしまったけれど、確かあの本には子供が好む外遊びについても詳しく書かれていたはず。アンドレアがかくれんぼやらだるまさんが転んだやらを事前に知っているはずがないから……恐らくこれはあの本で学んだ知識だろう。
ちなみに例の本は、父の書斎で見つけた『愛する我が子大歓喜!パパの最高ムーヴ100選!』と著者が同じだ。親子揃って本の好みが似ているなんてすてきね。
「うぅん……たのしそうだけど、ぜんぶやめておきます。お兄さまがつよすぎて、どれもこれも勝負にならないから」
「なッ……!何故だ、俺はいかなる外遊びでもルール違反などしていないはずだが……」
アンドレアが俺の為にたくさん遊びを学んでくれているのは分かるけれど、正直言ってやる気は起きない。
なぜなら、今まで何度も遊んできた中で、きちんと真剣勝負ができたことが一度もないからだ。
アンドレアはとにかく強すぎる。
鬼ごっこでは鬼役になるとものの数秒で俺を捕まえてしまうし、逃げる役になっても俺がのろいせいで絶対に捕まらない。かくれんぼはどの役に回っても絶対勝つし、だるまさんが転んだなんてした時は勝敗なんて常に一秒で決まってしまう。
そう、俺が懸念しているのは圧倒的な実力差!
アンドレア相手では、のろのろドジな俺は永遠に真剣勝負ができないのである……!
「……そうか、悪い。ルカの身体能力の低さを忘れていた」
「むん、うむ……そーいうわけなので、お兄さまとの勝負はムリなのです……」
しょぼんと肩を落とすと、アンドレアは何やらうーむと逡巡し、それなら……と呟いた。
「出掛けるか?そろそろルカの上着を新調しようとしていたから丁度いい」
「むっ!おれのお洋服?」
「あぁ。もうすぐ冬だろう。最近は特に冷えてきたからな」
アンドレアの言葉を聞いて、反射的にそろりと窓の方を振り向いた。
確かに最近は花も萎んで寒がりさんになっていたし、風も冷たくなっていた。季節の変わり目特有の肌寒さにまだ慣れず、昨夜はガウやジャックと一緒に寝たりもした。
今年の防寒着はまだ新調していない。アンドレアの言う通り、お出かけは良い案かも。
「うむ、いきます!いきましょう、お兄さまっ!もふもふ、買いにいきましょっ!」
「……ん」
さっきまでの気怠い気分はどこへやら。
わくわくっと瞳を輝かせ「サメさんに上着きせてきますっ!」と言って駆け出すと、アンドレアは無表情をほんの僅かに緩めて微笑んだ。
***
外は案外涼しかったけれど、如何せん風の冷たさが尋常じゃなかった。
肌にピリピリと突き刺すみたいな風にぷるぷると震えながら、アンドレアと手を繋いで仕立屋へ。
中に入ると、穏やかな印象の男性が出迎えてくれた。
俺一人で出かけた時、考えなしに入った服飾店は大抵高圧的……というか、意識が高そうな店員が多いけれど、ここの店員さん達はみんな朗らかで優しそうだ。
アンドレアとも親しげに話しているし、もしかするとベルナルディが贔屓にしている店なのかもしれない。
「ルカ、おいで」
「んむっ……うむ!」
綺麗に並んだドレスやタキシードを見渡して瞳をキラキラ輝かせていると、ふいに話を終えたらしいアンドレアが俺を手招いた。
それを見て慌ててとたとた駆け出し、差し出された手にむぎゅっと抱き着く。人が多くてシャイボーイが発動しちゃいそうだぞ、そわそわ……。
「この子に似合う冬物の上着を」
恭しく頭を下げる店員さん達にあわあわと萎縮する。
サメさんを抱き締めてうにゅっと俯く俺を見下ろし、アンドレアがツンツンと俺の肩を突っついて小さく囁いた。
「ルカ。ルカも、欲しいものがあるんだろ」
かけられた言葉にピクッと肩を震わせる。そろーりと見上げると、優しく微笑む店員さんが見えてあわわっと頬を紅潮させた。
数秒もじもじと身体を揺らして、やがてふんすっ!と気合を入れて視線を上げる。
サメさんを掲げて、真っ赤な顔とふにゃふにゃ声でお願いした。
「しゃ、さめしゃんの、もこもこの、お洋服も……おねがいしましゅ」
きょとん、と首を傾げる店員さんたち。ぷるぷる震えて待つこと数秒……やがて店員さんたちがふにゃあっと蕩けるような笑顔を見せた。
ほわほわーっと花が舞っているような幻覚にぱちくり瞬く。な、なんだこの浮かれた空気は……。
「サメさまのお洋服ですね。かしこまりました。サイズを測りたいので、サメさまは一度お預かりしてもよろしいでしょうか?」
「む、は、はいっ」
スマートな空気が戻ったことにオドオドしつつ、店員さんのお願いに従ってどうぞとサメさんを差し出す。
連れていかれるサメさんを見て不安を滲ませながら、俺も店員さんに連れられて試着室へと向かった。
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