婚約者が義弟と不貞を働いていたので、俺も隣国の皇子と浮気します

栄円ろく

文字の大きさ
56 / 64

56

 「……本当に君って、どこまでも他責なんだね。反吐がでる」

 アデルも振り返り、ソフィーに罵倒を浴びせる。後ろの護衛二人がけしきばむ気配がした。

 「……アデル様、そんなことをおっしゃらないでください。私、わかっていますのよ。本当はセム様のこと、好きではないんでしょう?」

 「はぁ?」

 アデルが怒りを含んだ戸惑いを声に出す。

 「セム様の魔法薬草の知識が欲しいだけなんですよね? だから無能なセム様にも優しくして、国に連れて帰ろうとしているんですよね? だってそうじゃないと、私よりセム様を優先する説明がつきませんもの!」

 一瞬、ソフィーが殺されると思った。それほどまでに強い殺意を隣から感じて、けれどすぐに、収まった。

 俺はアデルの横顔を見つめる。そこには一切光の入っていない、黄濁の瞳がソフィーに向けられていた。

 「…………呆れた。もう、いいよ。君の頭脳に話を合わせる方が疲れる。で? こんな茶番をしてまで君は何をしたいの?」

 アデルが俺の手を握りしめる。まるで『ちゃんと好きだよ』と伝えるように。

 俺も、同じように握り返す。大丈夫。わかってるよアデル。ソフィーの言ったことが真実じゃないことぐらい、今までのアデルを見ていればわかる。

 「アデル様、茶番だなんて……でも、魔法薬草のノートはこちらにあります。ですから、セム様とではなく……私と婚約してください」

 瞬間、『痛いっ』と声が出そうになるほど手を強く握りしめられる。

 「どういうことかな?」

 頑張って怒りを抑えているのが伝わる。わずかに手も熱くなってきた。

 ——もしかしたら魔力過多症を発症しているかもしれない。

 以前、アデルは『突発的に魔力が増幅することがある』って言ってた。それがどんな要因で起こるか未知数だけれど、精神的な部分が大きいのは確実だ。

 俺は背中に冷や汗をかく。脳裏に焼けた森と赤く囲われた地図が浮かび上がった。

 「このあとのプロムで、セム様には私に婚約破棄を宣言してもらいます。そしたらそこで、アデル様は私を助けに来てください……だって、誰にも知られないところで婚約破棄をされても意味ないですし、婚約を申し込まれた事実をプロムにいる皆様に証言してもらいたいですから」

 「…………」

 アデルは了承の返事をしない。代わりにパチっと握った手の中で火花が弾けた。

 「……アデル、俺は大丈夫だから」

 「セム……」

 俺の声に、アデルの握力が少し弱まる。

 「アデルがソフィーに婚約を申し込んでも、アデルは俺を好きだって信じる。だから、今はソフィーの言う通りにしよう」

 「…………」

 本当は怖い。もしかしたらソフィーの言う通りで、アデルは俺の魔法薬草の知識が欲しいだけなのかもしれない。

 でも、俺はアデルを信じたい。好きだって言ってくれた言葉を、疑いたくない。

 「……わかった。セム、僕が隙を見て荷物を奪うから、それまでソフィーの茶番に耐えられる?」

 「うん。大丈夫。アデルも無理しないで」

 「ありがとう。絶対に、今日中にこの学園から出よう」

 ひそひそと話していると、ソフィーがこっちに近づいてくる。

 「私を抜いて話さないでくださる? さぁ、セム様。私と一緒にプロムへ行きましょう。私を捨てるというのなら手紙なんかではなく、公然で宣言してくださいまし」

 それが礼儀というものですよ、とソフィーが付け加える。

 「わかった……じゃあアデル、またあとで」

 「うん。セム、またあとで」

 手を離すのが名残惜しい。けれどソフィーが癇癪を起こしそうになったので、手を離した。

 巾着を持った護衛とソフィーと俺は、アデルともう一人の護衛を残して、教室の外に出た。

                                      
感想 62

あなたにおすすめの小説

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした

水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。 好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。 行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。 強面騎士×不憫美青年

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!