恋を知らない麗人は

かえねこ

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7.召致

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 魔獣の氾濫後、避難していた村人たちも戻り、滞在していた貴族の私兵や冒険者たちも減っていった。

 それでも暫くはあまり関わりたくない連中がいることに変わりはない。
 俺はその間、山に身を潜めていた。
 食料は魔獣の氾濫のおかげで獲物が取れない。
 夜中にこっそり村へ戻って家から備蓄していた乾燥肉を持ち出し、山菜と茸それに木ノ実で空腹をしのぐ。

 村が落ち着いてくると、村長の息子が時折山の入口まできて野菜や肉を持ってきてくれた。
 その時に村の様子も話してくれる。

 やはり銀髪の俺の詮索をするものがいるようだ。
 特に冒険者が居座る村ではない。氾濫が終われば報酬を受け取って村を出るのが普通だ。
 なのに一月近く経ってもまだ居座っている者がいるらしい。
 魔物であれば狩ろうという腹積もりだろう。

 偶にこの山に入ってくるものがいるが、そんな時は少し山の中腹の洞窟に身を潜めることにしている。
 獲物がいない今、この山に入っても冒険者にとって旨味はない。
 何も見つけることが出来ずに彼らは村へと戻っていく。


 村から兵士や冒険者が立ち去るまで三か月ほど要した。

 この辺りは冬になると雪深い。本格的な冬に入る前に村に居座っていた兵士や冒険者は立ち去って行った。
 こんな何もない小さな村で冬を過ごすには不自由すぎる。

 暫くは行商人すら来ない閉鎖された村となるが、村の人たちには慣れたもので、苦にはならない。
 特に今年は魔獣の氾濫によって国から領主を介して支援金を支給されたので、そのお金で冬支度をしっかりと整えることが出来た。
 獲物が少なくなっている状況を見てたっぷりと肉を買い、備蓄している。
 兵たちが長逗留していたこともあって、物資が途切れず充分に生活用品も備蓄できたのだ。

「去年と今年の冬は楽でよいのう」

 そう村の年寄りたちはほくほく顔だ。
 あまり冒険者もこない小さな村の為、冬支度のための肉を手に入れるのは難しい。
 村の若手の男たちにとっても大きな獲物を取るのは困難で、毎年この時期に獲れるのは一頭か二頭。
 せいぜい小さな獲物を何日もかけて狩り、それを冬に備えるのが普通だった。

 昨年は俺がいた為、冬場でも獲物を狩ることが出来た。
 今年は狩る獲物がなく、どうなることかと心配していたのだが、俺が山に籠っている間にも村人たちは逞しく冬支度に備えていたようだ。



 そして長い冬が終わり、春の兆しが見え始めたころ、王都からの使者が訪れた。

「ルクレオン様、お久しぶりです」

 使者として現れたのは元部下で、今では王立騎士団の副団長となっているメルウィンだった。

「久しぶりだな、メルウィン。今はお前が副団長なのか」

 握手をしながら挨拶を交わす。

「俺は単なる代理です。みんな、ルクレオン様が副団長に返り咲いてくれるのを待ってるんですよ」
「何言ってる。今更だろう?」
「みんな、コーデリア様の魔の手から逃れる為の一時的なもんだと思ってるんで、いつになったら副団長が戻ってくるのかと団長にせっついてるんですよ」

 嘘でもそう言ってくれるのは嬉しい。

「それにしても、お前が来るとはな」

 エルリック様が姿変えの魔法具を持ってきてくれるとは言っていたが、まさか本人が来るとは思っていない。
 だが、私事で王立騎士団の副団長を寄こすとも思わなかった。

「団長は自分で行くって言い張ってたんですけどね。流石に王子様自らこんなところまで来させるわけに行かなくって……。
 代わりに俺が来ることで納得してもらいました」

 それはそうだろう。騎士団の仕事でもないのにこんな辺境まで来させるわけがない。
 もしエルリック様自らが動けば、随員がものすごいことになる。
 団長に護衛など必要はないが、王子ともなれば移動に人が随行しないわけにいかないのだ。

「こちらが魔法具です。なんでもお母様の形見とか」
 メルウィンは鞄から取り出した箱を俺に渡してきた。

「ああ、すまないな。確かに、母の形見だ」
 受け取って箱を開けてみると、そこには寸分違わず母の形見の腕輪があった。

「それから、貴方を一緒に連れ帰るように言われてます」

「エルリック様にも言ったが、俺は帰る気はないぞ」
 今更騎士団に戻る気もないし、この腕輪さえあればどこへでも行ける。冒険者でもしていた方が気が楽だ。

「団長からは必ず連れ帰れと言われています。それに…陛下の勅命でもあります。ルクレオン様を連れ帰らないと、俺がお咎めを受けます。
 お願いですから、一緒に来てください~」
 メルウィンは縋るような目で言い募る。

「……前も思ったが、なんで陛下まで?」
「それは俺も知りません。団長に聞いて下さい。出来るだけ早く連れ帰れって言われてるんです~」
 憐れそうな声をだして俺の腕を掴んでくる。
 大柄な男がする仕草ではない。…ちょっと気持ち悪い。

「とにかく、一緒に来てください。でないとエルリック様が痺れを切らして来ちゃいますよ」

「なあ、エルリック様の告白って本気じゃないよな? あれから半年も経つんだから他のご令嬢と婚約してるよな」
 一縷の望みを託して問うてみる。

「ルクレオン様がそう思いたいのは解るんですけどね。あの人、本気ですよ。貴方を騎士団から泣く泣く追い出したあと、誰とも付き合ってませんし」
 メルウィンは同情の色を目に浮かべながら断言する。

 ますます王都へ行きたくない。
 そんなの、妙齢のご令嬢方の羨望と嫉妬の嵐に会うに決まってるじゃないか。
 コーデリア様との婚約解消で夢を持った乙女は多い筈だ。
 王位継承権第三位の王子様で、王立騎士団の団長を務めるほどの腕前。そして金髪碧眼の美丈夫ときては憧れない女性の方が少ないだろう。

 そんな彼が男の俺を選ぶなんてありえない……。

「とにかく、ルクレオン様。準備してくださいね。貴方が一緒じゃないと俺も帰れないんで」

 追い打ちをかけるようにメルウィンが急ぐように促してきた。
 陛下の勅命なら、お待たせするわけにもいかない。
 しぶしぶ、俺は準備に取り掛かった。

 今回はメルウィンが馬車で迎えに来ている為、俺の持ち物は僅かで済む。
 小一時間も経たずに準備を済ませると、俺は世話になった村長をはじめ村の人たちに挨拶をした。

「賢者殿。またいつでもお越しください」
「精霊様、道中お気をつけて」
「女神さまー。行っちゃ、やだー」

 大人たちは元々余所者だった俺がこの村を出ていくことに、残念がりはしたが仕方のないことと送り出してくれた。
 だが、子供たちは納得出来ないのか、泣きながら縋りついてきた。

「また来るから、それまでいい子にしてるんだよ」
「うう~。女神さま~」
「ぜったい、また来てね!」

 子供たちは泣く泣く大人たちに引き離されて、俺に手を振った。
 彼らが離れたすきに、俺はメルウィンと共に馬車に乗る。

「随分と懐かれてますね」
「ああ、こんな俺をみんな怖れもせずに受け入れてくれた。いい人たちばかりだ」

 動き出した馬車の中でメルウィンが声をかけてくるのに、有難いことだと返す。
 この村の人々だけが俺の素の姿を恐れず受け入れてくれたのだ。

「子供たちはルクレオン様を女性だと思ってるんですか?」
 子供たちの女神呼びにメルウィンが訊いてくる。

「いや、男だとは何度も説明したんだが……あの呼び方が定着してしまってな」
 そういえば、この村の人たちは一度も俺の名(仮の名ですら)を呼ぶことはなかったな。

「ルクレオン様の本当の姿って確かに神々しいですよね。なんか、もう人外っていうか…」
「それは魔物のように禍々しいと言うんじゃないのか?」

 この村に落ち着くまでは、俺の姿を見た者はみな魔物扱いして逃げ出した。
 腕に覚えのある者には襲われたこともある。

「確かに銀色の魔物の多くは災厄級に強いですからね。でも貴方の場合、禍々しいというより清々しい感じです。
 あ、そうそう。腕輪だけでなく、この外套も着ておいてください」

 メルウィンは不意にごそごそと馬車の中の荷物を漁りだし、取り出したものを俺に渡してきた。

「外套なら着ているが……」
「こっちの外套は認識阻害の魔法が付与されてるんです。腕輪だけだと銀髪と金眼が隠れるだけで、ルクレオン様の美貌まで隠せません。
 団長のお達しで、絶対誰にも見せるなと……」

「王都で散々見せていたと思うが」
「ルクレオン様、自覚が無いんですね。王都でもかなり人を誑し込んでたのに」
「俺は誑した覚えなどないぞ」
「ええ、そうでしょうとも。貴方にそのつもりはなくても、笑顔を見せただけでコロッと落ちた女性を何度も見ましたよ」

 そうだったか?
 年配の人には良く声を掛けられていたが、若い子はあまり近づいてこなかった気がする。



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 年頃の女性は気後れして近づけず、遠くから眺めて頬を染め、笑顔を見ては卒倒。というパターン。
 本人は一切気付いてません。
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