檻から抜け出せない

かえねこ

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後日談2 勘違い女の嫉妬・序

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「この、泥棒猫っ!」
 マンションを出た途端、女が正輝に駆け寄ってきた。
 正輝に辿り着く前に護衛の組員に阻まれる。 

「なんで、あんただけっ!」
 組員が女をその場から離そうとするが、女も執念深く正輝を睨みつけている。

「なあ、あれ女に見えるけど、海棠のオンナか?」
 正輝の前に出て女の動きを警戒する組員に訊ねる。
 正輝の台詞はおかしいように見えておかしくはない。海棠は女より男のほうが好きだからだ。

「いえ、会長は一度だけ接待で抱いたらしいですが、女のほうが一方的に入れあげてまして・・・。
 会長は愛人とも思ってません。なのに、会長が新しい愛人を作る度にこうやって出てくるんです」
 さも迷惑そうに護衛の組員代表、瀬川が説明する。

「新しい愛人・・・」
 そっか、そうなるのか。そういや、あいつも言ってたっけ。愛人になれって・・・。
 なんて、遠い目をして正輝はつかの間黄昏たそがれる。

「あいつらに任せて、さっさと離れましょう」
 瀬川は正輝を連れて女から遠ざけた。


 それから何度かその女がマンションの周りに彷徨うろついていたが、全て組員が排除していたために正輝の目にも耳にも入っていない。
 だから、正輝は女のことなどすっかり忘れている。

「今回はやけにしつこいな」
 その報告を聞いて海棠が訝しげに呟く。
「ええ。もしかしたら会長が愛人を一人に絞ったことが気に入らないんじゃないですか?
 一人に本気になったら自分の入る余地がなくなりますから」
「そもそも商売女が客と一度寝たぐらいで愛人気取りなのがおかしい」
 海棠にしてみれば義理で仕方なく抱いただけで、その女に一片ひとかけらの愛着も持っていない。
 その場で何らかの約束をしたわけでもないし、マンションを買い与えてもいない。一体どんな思考回路をしているのか。

「とにかく、正輝には近づけるな」
「はい」


 ーーーーー


 その日は妙にすっきりと目が覚めた。
 何時もなら目が開いても直ぐにウトウトと眠ってしまうことが多い。
 だが男の顔が至近距離にあって、思わず正輝はギョッとして押しのけようとした。しかし男にすっぽりと抱き込まれている状態では身動き取れない。

 暫くもぞもぞしていたが、男の腕が緩まないことに諦めて目を閉じた。
 視界に入るから居心地が悪いのだと視界を遮断したのだ。

 するとふふっと頭上で微かに笑い声が聞こえた。

「起きてるなら、腕どけろ。重い」
 憮然としたまま正輝は男に文句をつけた。

 寝起きにしてはしっかりとした声が出たことに驚く。
 ここ最近は掠れた声しか出てなかった。

 そういや、昨日はセックスしたっけ?
 と考えていると、チュッとこめかみにキスを落とされた。

「今日は朝食を食べれるだろう。何がいい?」

 考えてみれば、このマンションに住むようになってからまともに朝食を食べたことがなかった。
 何時も抱き潰されて朝は起きれないことが多いのだ。
 そのことを思えば、今日は珍しく躰の怠さがない。

「んー、トーストに軽く卵とかベーコン付きで」
 朝はごはんよりトースト派の正輝だった。

 海棠がベッドサイドテーブルの上の受話器を取り、二人分の朝食を頼んだ。



「お前、それ全部食えんの?」

 食卓に所狭しと並べられた食事を見て、正輝は唖然としてしまった。
 海棠が電話で指示していた時は「いつもの」だけだったので判らなかったが、ディナーの間違いではないのかと言いたくなる量が並んでいる。
 しかもメインディッシュは分厚いステーキだ。

 正輝の分はリクエスト通り喫茶店のモーニングのようなメニューだと思っていたら、軽く予想は外れていた。
 トーストにスクランブルエッグ、ベーコン、コーンスープ、サラダまではよい。そこにハンバーグと鶏の唐揚げまで並んでいる。
 トーストが二枚もあるが、ハンバーグや鶏の唐揚げはごはんと一緒に食べたいし、そもそも朝から食べる気になれない。

「なあ・・・この量、組員も一緒に食べるのか?」
 そう訊いてみたものの、ナイフやスプーン等の食器が二人分しかないし、料理の量は常時いる組員達の人数からすれば少ないと言える。

 食卓に着いたのは海棠と正輝だけで、給仕担当の組員が一人離れたところに控えている。
 ということは、海棠と正輝の二人分だということだ。

「組員たちはまた別の部屋でとる。これは私とお前の分だ」
「・・・多くね?」
「私はこれぐらいが普通だ。お前が少なすぎるんだ」
「いやいや、あんたが多すぎるんだって。俺なんかトーストとコーヒーで済ませてたぜ」
「それは偏りすぎだ」
「それは解ってっけど、刑事の安月給で一人暮らしなんざそんなもんだ」

「・・・今まではともかく、これからはせめて栄養付けろ」
 呆れたように溜息吐きながら、海棠はそう締めくくった。


「げふっ」
 ゲップを吐き出しながら正輝は食べ過ぎたお腹をさすった。

 ハンバーグと鶏の唐揚げは、朝から食べられないからと固辞して下げて貰った。
 組員たちで食べてくれるそうだ。
 他は頑張って何とか平らげたが、普段食べない量だっただけに、お腹が重たい。

「流石に食べ過ぎた・・・」
「折角トレーニングルームを用意したんだ。腹ごなしに身体を鍛えればいい。しっかり食べて運動すれば体重も筋力も戻る」
「まあ、そうなんだけどさ」


 トレーニングルームで腹ごなしの運動を熟し、シャワーを浴びたのが昼前。
 午後からは久しぶりに相川の親っさんに会って仕入れた情報ネタを渡したい。

 取りあえず目立つ場所にキスマークがないかをまず確認して、念のため洗面台の鏡で後ろも確認しておく。

 うん、今日は大丈夫そうだ。ギリギリ見えない。

 と、正輝は思っているが、実のところ首の真後ろにキスマークがちゃっかりついている。
 合わせ鏡でもしない限り見えない位置につけられたそれキスマークは、海棠による虫よけの心算つもりだろうか。


 正輝は相川に連絡を取ると、午後にあう約束を取り付けた。



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