白樫学園記

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1■学園生活スタート☆ぼくたち山田兄弟 SIDE:希(了)

5.珠希先輩

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 5.珠希先輩

「じゃあ、そのかっこいい弟くんを一緒に探しに行こうか、のんちゃん」
「え、いいんですか?」
「いいよ。理事長室まで案内するよ」
「はい、ありがとうございますっ、久慈先輩」
「タマキ」
「え?」
「タマキって呼んで。それに、さっきまでみたいに普通に話していいよ」
 え、でも……さっきは、先輩だって思ってなかったし。薔薇園の人なのかなーってしか思ってなかったし。でも、先輩だし、寮長だし、これからお世話になるし……。
「のんちゃん?」
「あ、はい。珠希先輩」
「タマキ。言ってみて?」
 先輩は面白がるように僕をのぞき込む。
「た、まき……先輩」
「ぷ。ははっ、しょうがないや、かわいいから許したげる」
 珠希先輩はそう言って笑ったけど。かわいい、って。
 なんだかな。
 僕、普通の男子高生だし。かわいいとか、なんか違うと思うんだけどな。
「さ、行くよ」
「あ、はい」
 先輩の声に慌てて振り向くと、どうしてか左足のつま先に右足のつま先が引っ掛かって、僕は転びそうになった。
「おっと、危ない」
 その僕を、珠希先輩はがっちりと支えてくれた。
「あ、すみません、ありがとうございます」
「うん。気をつけて」
 そう言って笑う……なんか、僕、この人の笑顔好きだな。
 なんか癒される。
「さ、行こう」
 先輩はどうしてか僕の右手を握ったまま、歩き出した。
 また僕がコケちゃいけないと思ってるのかな。もう、大丈夫だと思うんだけどな……。
 なんだか恥ずかしくて、離してくださいって言いたいのに、どうしてか僕はそう口に出して言えなかった。
 テラスハウスの奥に小道があって、そこを行くと急に開けた場所に出た。
 少し離れた所に噴水が見える。
 その奥から、全速力でこっちに向かって走ってくるアユが見えた。
「あ、アユー!」
 僕はアユに向かって左手をぶんぶんと振った。
「あれが、歩くん?」
「そうです、きっと珠希、先輩もさっき僕が言ったこと、分かりますよ」
「そう?」
「ノンッ! よかった、すぐ見つかって。ここ危ないから、早く理事長室行こう」
 アユははぁはぁと息も整わないうちからまくしたてる。
「え? 危ないってなに?」
「へ、変態、変態がうろついてる……ってか、寝てた」
 僕はアユがなんのことを言ってるのかさっぱりで、首を傾げた。
「変態か……」
 その時、僕の隣で珠希先輩がぼそっと呟いた。


「あんた誰!?」
 いきなりアユが珠希先輩を睨むから、僕はどうしていいのかわからなくってどぎまぎした。
「あ、ごめんごめん。寮長の久慈珠希です。よろしく、歩くん」
「あのね、アユ、珠希先輩は迷子になってた僕を助けてくれたんだよ。それから僕らを理事長室に案内してくれるって」
「あ、まじで? ごめんなさい。さっき酷い目にあっちゃったからさー、ここって危ない奴ばっかかと思ったんだ」
「あ、アユ、先輩だから…敬語…」
「いいよ、そのままで。のんちゃんもね。珠希で」
 先輩はまたあの笑顔で言ってくれるけど、やっぱり呼び捨てなんて、なかなかできないよ。
「オレ、ノンの弟で歩。よろしく、珠希」
 僕がそう思っている横で、アユは早速珠希先輩を簡単に呼び捨てにした。
 ほんとは僕だって、そう呼びたいんだけどな。
「ノンちゃんの言う通り、元気だね。ようこそ、白樫学園へ」
 珠希先輩はそう言って僕をちらっと見た。
 僕とアユは一卵生双生児だから、似ているけど、似ていない。友だちだって近所の人だって、みんな僕らをすぐに見分けることが出来たし、僕らは顔の中身のパーツと体型以外は、全部正反対だ。
 どうしてか色素がぜんぶアユに行ってしまったみたいで、僕は生まれつき髪の毛の色が淡いのに、アユは真っ黒。
 元気でお洒落なのがアユで、引っ込み思案で冴えないのが僕。友だちにいっつも囲まれているのがアユで、教室の隅でひとり読書しているのが僕。
 というふうに。
 アユは、僕の自慢の弟だ。



 そんなことをぼーっと考えながら、アユに手を引かれて歩いていると、いつのまにか巨大な扉の前に来ていた。
 不思議に思って見上げると、珠希先輩が僕らを見下ろして微笑んだ。


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