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伊永の苦悩

救世主と最低さ

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 そして、今日の撮影は終了し、控室に戻ることに。途中で、声をかけられた。
「伊永くん、本当に心臓鳴ってたね」
と笑いかけられる。普通に見たら、多分、可愛いって言われる部類の表情。
「あ、緊張してて」
「ふふ、可愛いね、ああいうシーン初めて?」
「そっすね」
「えー、初めてが私?嬉しいな」
そうやって言うなら、笑うんやったら、俺は、先生がええなあ。
「じゃあ、戻るんで」
「ねえ、今日こそは、ご飯行こ?」
「えっと」
「付き合い悪いと仕事なくなるよ?」
何も良い言い訳が思いつかない。
 このまま、流されるんか?
「どうする?」
「あ、えっと」
瞬間、肩を組まれて、妙な安心感を覚えた。
「伊永、次の仕事詰まってて、悪いんだけど、今度にしてくれる?」
「わ!佐藤さんだあ、今度はぜひ佐藤さんも一緒に行きましょ?」
 さっきよりも、声が高くなる目の前の女の人。
「おー、今度ね、あやさん可愛いから嬉しい」
「もう、お上手なんだから」
「じゃあ、これで」
そう言って佐藤さんがひらひらと手を振りながら俺を連れて離れる。
「すんません」
「上手く適当に誤魔化せよな、お前も」
「上手くが難しくて」
「あ、今日、神崎付き合わせるから」
「え?」
 その言葉に俺はさっきのシーンを思い出してしまっていた。どうやら、俺は、最低みたいだ。

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