最も上のもっと上

雛田

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まだ夢の途中

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 机と向かい合い、やっと、詞を完成させることができた。仕事に向かい、昼休憩に、自治会長さんに、詞ができたことを報告する。
 今日の夕方に持ってきて欲しいとのことで、仕事が終わってから行くことを伝えた。それは、全然構わないよと言ってくれたので、そうする。
 昼休憩明けに、カウンターの椅子へ座り、本を片付けるように仕分けしていると、パソコンの前に座る姫野さんに声をかけられる。
「榎並くん、今日、早くあがんないの?」
「何でっすか?」
「自治会長さんのとこ行くんでしょ?」
相変わらず、情報が早いな。
「仕事も大事なので」
「ふーん。何で、自治会長さんのとこに行くの?悪いことした?」
多分、きっと、姫野さんなりに心配してくれているのだろう。
「大丈夫ですよ。怒られるわけではないので」
「そっか。それなら良いけど」
 お互い、仕事に戻る。俺、でも、この仕事も好きだなあ。と、強く思っていた。ここに来て、沢山のことを、知って、変わって、今がある。
 逃げて良かったと思う。転がり込んできたのが、この島で良かったと本気で思う。だから、この島の役に立ちたい。
 仕事終わり、すぐに、自治会長さんの元へ向かう。緊張してきた。扉をノックして返事を受けて中に入る。
「よく来たね。来てくれてありがとう」
「こちらこそ、このような機会を頂きありがとうございます」
挨拶もそこそこに、本題に入る。鞄から詞を取り出して渡した。
 すぐに読み始める自治会長さん。目が動いて、その度に、心臓が速く動いて、緊張していることを思い知らされる。
「うん。良いね。曲をつけるのが楽しみだ」
「ありがとうございます」
 そして、曲がつくまでの間、図書室の業務を今まで通り行った。彩さんに会いに行ったり、いろはくんに会いに行ったりも、時々しながら、完成を待っていた。

 曲が出来たという連絡を受けて、その日の仕事終わり、また、自治会長さんのところへ向かう。
 曲は素晴らしくて、感動してしまった。
「作曲家が、えらく君の詞を気に入ってね。喜んでいたよ」
「これ以上ない、お言葉をありがとうございます」
「出来たら、また、君と曲を作りたいんだそうだ」
「本当ですか?」
少しずつ、動いていくのを感じた。
 それは、二度とないチャンス。でも、それを取ると、好きなものを捨てないといけなくなる。どこかで妥協しなければならない。俺は、どこに妥協点を定めるべきか考えあぐねている。

 テーマソング披露会が行われる運びとなった。日々のアナウンスにより、当日の会場は沢山の人が来ていた。歌手は、自治会長さんの伝手で、有名な女性歌手を起用することになった。
 俺は、まだ、自治会長さんの頼みで詞を書かせてもらっただけにすぎない。絶対、叶えたい夢がある。沢山の人の背中を押す為に。
 そして、テーマソング披露が始まった。会場の中に大きな拍手が響く。
「この歌はいいな」
「すごく感動した」
と、口を揃えて言っている、お爺さん、お婆さん。そう言ってもらえると書いて良かったと思う。それが、この曲とか、歌手に向けた言葉でも、自分が携わったものが褒められるのはやっぱり嬉しい。
 この言葉が、また聴きたかったのだ、俺は。でも、これに、もっと凄い化学反応を起こす方法を俺は知っている。そして、そのための道筋も見えている。
 だから、俺は、決意した。その決断には、当然、別れも伴う。この決断が絶対正しいとは限らない。それでも、夢を叶えるために。
「悲しいけど、仕方ないよ。だって、応援するって決めたもん」
 数々の言葉。流した涙。俺は、きっと忘れない。沢山の言葉に背中を押されて、俺は進むと決めた。後悔しないために。未練にしないために。 
 いつか叶う、その時まで、これはあの人たちには秘密にしよう。

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