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神さまのお願い

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「今日は放課後生徒会の仕事があるから。それを終わらせてからで、お願いできるかしら」

 先輩からは事前にそう言われていたのもあって、僕は図書室にいる。
 今日の図書委員の当番だった隣のクラスの奴に体よく押しつけられたのだ。
 しかも、もう一人の担当もすっぽかしたようで、僕一人だけだ。

 安城院先輩目当ての利用者がいるわけでもなく、大して忙しいわけでもなかった。
 仕事を一通り片付けると、閉館時間の一〇分前で、わずかにいたもう利用者も皆帰っていった。
 先輩にこちらの状況を知らせるLINKを送ると、

「こっちも終わったから、迎えに行くわ」と返事が来た。

 僕は最後の見回りを終えて先輩を待つ。
 気もそぞろに扉の方を見ていた。
 その扉は開かれた。
 けれどそこに先輩は立っていなかった。

 正確に言えば、先輩そっくりの『彼女』が立っていた。
 先輩でない、彼女。
 銀髪の神さま。
 そう、エロ神さまだ。

「あなたがどうして?」
 僕は思わず大きな声を上げてしまうが、彼女はそれに応じることもなく、ずかずかとこちらに歩いてくる。
 そして、カウンターに座る僕の膝と膝の間に腰掛ける。

 自然と座る彼女を後ろから抱きしめる姿になる。
 自然と顔と顔が近くなり、僕は思わず顔を背ける。
 エロ神さまはシャツの第一ボタンを外して、暑いとでもいうように胸を仰いだ。その振る舞いは明らかにわざとだ。

 先輩はそういう人からの見られ方に対して無自覚だが、彼女はそれに自覚的で武器として使いこなしていた。
 先輩が浮かべないような欲っぽい笑顔を浮かべながら、彼女は気にした僕の指輪にその手を触れる。

「二日で五一か。やりまくりじゃのう。これでは今回も失敗かのう」

 さして感情がこもらない声だ。
 本来はこんな条件を出さなくても体を乗っ取れる以上、このひとにとっては遊びには過ぎないようにも思う。
 けれど、彼女にとってそれはきっと楽しい遊びなのだ。

「それで何か用なんですか?」
「若さとは急くことか。そう焦るでない、少年」

 彼女は右手の人差し指で僕の唇に触れる。
 その口調は今までにこの人から聞いたことのない程、知性と冷静さを感じさせた。
 場の雰囲気に緊張が増す。

 僕は気圧されそうになる。
 次に導かれる言葉を待つしかない、そんな空気だ。
 どちらにせよこのひとの一存で僕と先輩の関係は決まるのだ。
 僕は彼女に話を促すように頷いた。

「ひとつ要望を出しに来ただけじゃ。あるいは監督からの演技指導といってもいい」
 それは一気に戯けた口調でふざけたようですらある。
「……なんですか?」
「いいかい。お前さん」

 僕は頷いて、先輩の姿をした神さまを祈るように見る。

「わしはもっと屈辱にまみれた雫が見たいっ!!」
 図書室中に響きわたる声で、彼女はそう言った。
「はっ!?」と僕は思わず声を上げてしまう。

「だから、わしはもっと屈辱にまみれた雫が見たいんじゃっ!!」
 しかも二回言った。
 まったくこの人は神妙に何を言うのかと思ったら

「たって見たいんだもんっ。いつもの雫からは考えられないような行動を無理やり取らされて、それに屈服して感じちゃう、雫が見たいんだもん!」

 今度は幼児退行かよっ。
 まったくどんな神さまなんだ。
 僕は呆れたように手を振る。
 彼女は立ち上がると座る僕の顔の前に人差し指を立てる。

「だいたい、お前さんの責めは恥辱に偏っておる」
「そんなの。与えられた条件でやってるんだから、別にいいじゃないですか」
「出たっ、そういう契約上問題ないんだからいいじゃん的なやつ」

「でも、本当のことでしょう」
「そういうものではないぞ、少年。人は正しければいいわけじゃない」
「あなたそもそも人じゃないでしょう」と神さまにツッコミを入れてしまう。

 僕の言い分に言い返すことができないのか、彼女は先輩なら絶対にしない、ぐぬぬ、という表情になる。
 この人のこういう軽さを僕は嫌いじゃない。
 だからこそついツッコんでしまうんだけど。
 あちらを向いたりこちらを向いたり、彼女はくるくると視線をめまぐるしく変えながらあれこれ考える。 
 そして、ついには、

「せっかく与えたんじゃから、屈辱の方も使って下さい! お願いしますっ!」

 そう言って頭を下げた。
 僕は溜息をつくしかなかった。

 やれやれだ。
 だけれど、僕は彼女には感謝をしていた。
 この人がいなければ、僕は先輩との関係を進めることはできなかった。

 だからその恩返しのために、ちょっとぐらいだったらと思って尋ねることにする。
 決して彼女の話に興味があるからではない。
 決してだ。

「たとえばどんなことをお望みなんですか、エロ神さまは?」
「そうだの。たとえば」

 エロ神さまは僕の耳元をほとんど食むように近づける。
 息がかかり、それだけで僕の欲望は刺激される。
 ほんとこの人のこういう行動はずるすぎる。

 彼女はそのままで、彼女が望むプレイを羅列する。
 さすがエロ神さま、というだけはあってそれは聞く分にはあまりに素晴らしかったが

「そんなこと先輩にできません!」と僕は一蹴する。
「いいじゃないか。雫も案外楽しんでやると思うぞ」

「……そんなこと……ありえません!」
「いま一瞬、ありうるかもって考えたじゃろ?」
「……」
「まあ。お前さんの気持ちもわかる。あんまりやり過ぎて雫に嫌われたくないんじゃろ?」

「別に、そういうつもりじゃ……」
「いいや。そうじゃ。たとえば今朝のキスもそうじゃ。お前さんはこれまでそれを求めなかった。あるいはそうじゃの。ここっ」

 エロ神さまは先輩の秘所を指差す。

「ここもプレイ中に使うことを避けているじゃろ。それはお前さんが雫のことでセーブしている証拠じゃ」
「それは、そうかもしれませんけど……」

 やり過ぎて先輩に嫌われるのは怖い。
 そんなのは当たり前のことで。
 それはエロ神さまの言うとおりだ。

 僕は先輩のことが好きで、それ故に今の関係は複雑だった。
 先輩との行為の喜びと同時に、それ自体が、先輩との関係を壊すとも思っていた。
 そんな僕の心の内を読んだかのように、彼女は蠱惑的な笑みを浮かべて、

「まあ、安心せい。どうせこの試練を乗り越えれば、この一週間の記憶はお互いなくなるんじゃから」
 破壊的な言葉を口にする。

「えっ!?」
「なんじゃ。言わなかったかの」

 そう言って彼女は涼しい顔をして、口笛を吹く。
 その顔はしてやったりという顔で。

「それ……わざと伝えませんでしたね」
「そう思うかな、少年。まあ、それも条件次第じゃがの。そんな難しい条件でもない。お前らさんらなら……まあ、それはいいか」

「よくありません! それについてもう少し」
「そろそろ、時間じゃな」
「わしからはアドバイスじゃ。記憶のことはおいてといても、エロいことはお互いのやりたいことを思う存分に一生懸命やることじゃ。それが一番気持ちいいからのう。決して遠慮をしたりするでない。まあ、お前さんの思いやりも嫌いじゃないけどな」

 そうしてもう一度、彼女は指を立てる。

「そして、もう一つ。これを使って屈辱にまみれて感じてる雫たん、プリーズ!」 
 そんな言葉をとともに、エロ神さまは首輪のようなものを渡してきて、
「使い方は触れればわかる。頼むぞ、少年」

 それを託して去っていった。
 僕は、まったく、もう、と呟いて。
 本当にどうしようもない神さまに巻き込まれたもんだと思った。
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