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令は、幼い頃から父に、父が死んでからは真名の父親に、宝探流杖術を習っていた。
しかし、それを覚えたところで、潜らないのであれば使い道がない。無駄だ。
令は、儺楼湖での人足たちのありさまを目の当たりにして、大事な務には絶対に行かせたくないと思った。
「わかったよ。でも、少しだけだからな」
杖術は教える気はなかった。
「やったあ。じゃあ、食べるよ」
務は喜んで、布団から出てきた。
その笑顔を見て、令は心が痛んだ。
嘘は嫌いだ。けど、いつのまにか自分は嘘つきになっている。
自分はこの先どうなってしまうんだろうか。
何か仕事を見つけなければ。
務を養っていくには、働かないといけない。
自分にできることが、あるだろうか。
なんでもいい。
できることなら、何でもしなくちゃ。
「ねえ、お兄ちゃん」
気づくと、務は蓮根のきんぴらの入った鉢を持ったまま、泣きそうな顔になっている。
「どうした、務。おまえの大好きな――」
「大好きじゃないよ! こんなの、蓮根のきんぴらじゃない! 全然お母さんのと違う!」
務は、鉢を地面に投げ出し、泣きながら怒り始めた。
令は、また怒鳴りたいのをこらえて、無理やり笑顔を作った。
「あ~あ~、食べ物を粗末にしたらだめだろ。母さんに怒られるぞ」
「もうお母さんなんていないじゃないか! なんで、なんでお兄ちゃんは笑ってるの? お母さんが死んで、お兄ちゃんは悲しくないの!?」
令は、黙って床に落ちた蓮根のきんぴらを拾って集めた。
「ねえ、何か言ってよ!」
何も、言えない。口を開けば、泣いてしまいそうだったから。
「お兄ちゃんのバカ!」
務はそう言って、玄関の戸を開けて、飛び出して行ってしまった。
「こら、務! どこに行く!」
もう夜遅い。こんな時間にまだ八歳の子が出歩いたら危ない。
令が慌てて家を飛び出すと、
「ぶっ」
何かに思いきり鼻をぶつけた。
「す、すいません。慌ててたもので」
「呑気者の令が慌てるとは珍しいな」
その声に驚いて顔をあげると、そこには今誰よりも会いたかった半井の顔があった。
「な、なからいせんせ――」
最後まで言うまでに、令は堰を切ったように、泣き出してしまった。
半井の手が、令の頭を撫でたからだ。
その手は、魔法の手だ。
なぜか、半井に触れられると、令は安心してしまう。
お母さんが死んで、寂しくないわけがない。
悲しくないわけがない。
ぼくだって、怒りたかった。
でも、ぼくがお母さんやお父さんの代わりをしなくちゃいけないんだと思ってたから。
泣いちゃいけないんだと思っていた。
そういう思いが、一気にあふれ出して、令は、しばらく半井の腕の中で思いきり泣いた。
「とりあえず、中に入れてくれるか」
令が少し落ち着いてくると、半井がそう言った。
「でっ、でもっ。おとうとが」
令がしゃくりあげながら言うと、
「弟とは、この子のことか?」
半井の背からおずおずと務が顔をのぞかせた。
令は、急いで務を抱きしめた。
「ばか! おまえまでいなくなるなよ。これ以上、家族がいなくなったら、お兄ちゃん、どうしたらいいんだよ」
「ごめん――」
と、務は小さな声で答えた。
務の前で泣くのは、初めてだった。
ちゃんとしなくちゃいけないと思ってた。
でも、まだそこまで大人にならなくてもよかったのかもしれない。
「いい匂いだな。邪魔するぞ」
半井は勝手に家に上がり、令と務も戻って戸をしめた。
「おお、きんぴらか。それならいいものがあるぞ」
半井は、言うなり腰ぎんちゃくから小さな袋を取り出した。
「ゴマだ。これをかけると香ばしくなっておいしいんだぞ」
半井は、残っていたきんぴらにゴマをかけて、白米に乗せて食べ始めた。
「うん。うまい。ほら、おまえたちもこっちに来て食べろ」
令と務は顔を見合わせ、食卓に戻る。
半井は、務を自分の膝に乗せた。
務は、もうそんなことされる年じゃないのだが、なんだかうれしそうだった。
ゴマのかかった、きんぴらを食べてみて、務は目を丸くした。
「おいしい。お兄ちゃん、これお母さんのきんぴらだよ! 食べてみてよ」
令は、そんなゴマ一つで変わるものかと半信半疑だったが、食べてみて、驚いた。
本当に、お母さんがいつも作ってくれていたきんぴらと同じ味だったのだ。
「どうだ。ゴマはすごいだろう」
半井はにやっと笑って言う。
なんだかその顔は、本当に寺子屋で見ていた半井そのものの顔だった。
変わってしまったのだろうかと思ったり、本当の半井がわからないと思ったりしたが、やっぱり、半井先生は半井先生だ。
務は、安心したのか、食べたらすぐに眠ってしまった。
半井は務に布団をかけてやりながら、自分は壁にもたれかかった。
随分、疲れているように見える。
あの後、どうしたのだろうか。
令が食事の片づけを終わって戻ると、令が尋ねる前に半井が言った。
「すまなかったな。おまえのお母さんを助けてやれなかった」
その言葉を聞いた瞬間、令がいっぱい後悔したこと。
いっぱい悔しかったこと、同じことを半井も感じてくれてるのだとわかった。
「どうして先生が誤るんですか。謝らなきゃいけないのは、ぼくのほうです。先生にはお役目があったのに、たくさん邪魔をして、迷惑をかけて……」
「迷惑なんかじゃない。おまえにまた会えて良かった。もう、俺の教え子で生き残っているのは、おまえと真名だけだな」
「え、それじゃあ、寺に残った子たちは」
「みんな、焼け死んだ」
半井は、唇を噛んで言った。
「俺がいれば、もしかしたら助けられたかもしれないのに。どうして俺は、里を出てしまったんだろう」
先生も、いろんな悔しい思いを抱えているのだ。
「先生は先に里を出たのかもしれないけど、どのみち、病にかかってない者は里を追い出されました。火事はそのあとです。山火事なら、どうしようもありません」
半井は、優しく微笑んだ。
「ありがとう。おまえは、優しいな。でも、私が悪いんだよ」
「優しくなんて――」
本当に優しいのは、自分のくせに。
「先生も、自分のできることをしなきゃと思ったんですよね」
「なに?」
「ぼくも、務を養っていかなきゃと思って、何か仕事をしなきゃいけないと思って、そのためなら何でもしなくちゃって思って。先生も、寺に残った家も家族もない子たちのために、きっと自分にできる仕事をしなきゃいけないと思ったんでしょう? それで里を出たのなら、仕方がないことです。先生は、何も悪くない」
「おまえは、すごいな」
半井はまた笑って、令の頭を撫でた。
「もう心配するな。私がついている」
その言葉が、どれほど心強かったか。
その日、令は久しぶりにゆっくりと眠ったのだった。
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令は、儺楼湖での人足たちのありさまを目の当たりにして、大事な務には絶対に行かせたくないと思った。
「わかったよ。でも、少しだけだからな」
杖術は教える気はなかった。
「やったあ。じゃあ、食べるよ」
務は喜んで、布団から出てきた。
その笑顔を見て、令は心が痛んだ。
嘘は嫌いだ。けど、いつのまにか自分は嘘つきになっている。
自分はこの先どうなってしまうんだろうか。
何か仕事を見つけなければ。
務を養っていくには、働かないといけない。
自分にできることが、あるだろうか。
なんでもいい。
できることなら、何でもしなくちゃ。
「ねえ、お兄ちゃん」
気づくと、務は蓮根のきんぴらの入った鉢を持ったまま、泣きそうな顔になっている。
「どうした、務。おまえの大好きな――」
「大好きじゃないよ! こんなの、蓮根のきんぴらじゃない! 全然お母さんのと違う!」
務は、鉢を地面に投げ出し、泣きながら怒り始めた。
令は、また怒鳴りたいのをこらえて、無理やり笑顔を作った。
「あ~あ~、食べ物を粗末にしたらだめだろ。母さんに怒られるぞ」
「もうお母さんなんていないじゃないか! なんで、なんでお兄ちゃんは笑ってるの? お母さんが死んで、お兄ちゃんは悲しくないの!?」
令は、黙って床に落ちた蓮根のきんぴらを拾って集めた。
「ねえ、何か言ってよ!」
何も、言えない。口を開けば、泣いてしまいそうだったから。
「お兄ちゃんのバカ!」
務はそう言って、玄関の戸を開けて、飛び出して行ってしまった。
「こら、務! どこに行く!」
もう夜遅い。こんな時間にまだ八歳の子が出歩いたら危ない。
令が慌てて家を飛び出すと、
「ぶっ」
何かに思いきり鼻をぶつけた。
「す、すいません。慌ててたもので」
「呑気者の令が慌てるとは珍しいな」
その声に驚いて顔をあげると、そこには今誰よりも会いたかった半井の顔があった。
「な、なからいせんせ――」
最後まで言うまでに、令は堰を切ったように、泣き出してしまった。
半井の手が、令の頭を撫でたからだ。
その手は、魔法の手だ。
なぜか、半井に触れられると、令は安心してしまう。
お母さんが死んで、寂しくないわけがない。
悲しくないわけがない。
ぼくだって、怒りたかった。
でも、ぼくがお母さんやお父さんの代わりをしなくちゃいけないんだと思ってたから。
泣いちゃいけないんだと思っていた。
そういう思いが、一気にあふれ出して、令は、しばらく半井の腕の中で思いきり泣いた。
「とりあえず、中に入れてくれるか」
令が少し落ち着いてくると、半井がそう言った。
「でっ、でもっ。おとうとが」
令がしゃくりあげながら言うと、
「弟とは、この子のことか?」
半井の背からおずおずと務が顔をのぞかせた。
令は、急いで務を抱きしめた。
「ばか! おまえまでいなくなるなよ。これ以上、家族がいなくなったら、お兄ちゃん、どうしたらいいんだよ」
「ごめん――」
と、務は小さな声で答えた。
務の前で泣くのは、初めてだった。
ちゃんとしなくちゃいけないと思ってた。
でも、まだそこまで大人にならなくてもよかったのかもしれない。
「いい匂いだな。邪魔するぞ」
半井は勝手に家に上がり、令と務も戻って戸をしめた。
「おお、きんぴらか。それならいいものがあるぞ」
半井は、言うなり腰ぎんちゃくから小さな袋を取り出した。
「ゴマだ。これをかけると香ばしくなっておいしいんだぞ」
半井は、残っていたきんぴらにゴマをかけて、白米に乗せて食べ始めた。
「うん。うまい。ほら、おまえたちもこっちに来て食べろ」
令と務は顔を見合わせ、食卓に戻る。
半井は、務を自分の膝に乗せた。
務は、もうそんなことされる年じゃないのだが、なんだかうれしそうだった。
ゴマのかかった、きんぴらを食べてみて、務は目を丸くした。
「おいしい。お兄ちゃん、これお母さんのきんぴらだよ! 食べてみてよ」
令は、そんなゴマ一つで変わるものかと半信半疑だったが、食べてみて、驚いた。
本当に、お母さんがいつも作ってくれていたきんぴらと同じ味だったのだ。
「どうだ。ゴマはすごいだろう」
半井はにやっと笑って言う。
なんだかその顔は、本当に寺子屋で見ていた半井そのものの顔だった。
変わってしまったのだろうかと思ったり、本当の半井がわからないと思ったりしたが、やっぱり、半井先生は半井先生だ。
務は、安心したのか、食べたらすぐに眠ってしまった。
半井は務に布団をかけてやりながら、自分は壁にもたれかかった。
随分、疲れているように見える。
あの後、どうしたのだろうか。
令が食事の片づけを終わって戻ると、令が尋ねる前に半井が言った。
「すまなかったな。おまえのお母さんを助けてやれなかった」
その言葉を聞いた瞬間、令がいっぱい後悔したこと。
いっぱい悔しかったこと、同じことを半井も感じてくれてるのだとわかった。
「どうして先生が誤るんですか。謝らなきゃいけないのは、ぼくのほうです。先生にはお役目があったのに、たくさん邪魔をして、迷惑をかけて……」
「迷惑なんかじゃない。おまえにまた会えて良かった。もう、俺の教え子で生き残っているのは、おまえと真名だけだな」
「え、それじゃあ、寺に残った子たちは」
「みんな、焼け死んだ」
半井は、唇を噛んで言った。
「俺がいれば、もしかしたら助けられたかもしれないのに。どうして俺は、里を出てしまったんだろう」
先生も、いろんな悔しい思いを抱えているのだ。
「先生は先に里を出たのかもしれないけど、どのみち、病にかかってない者は里を追い出されました。火事はそのあとです。山火事なら、どうしようもありません」
半井は、優しく微笑んだ。
「ありがとう。おまえは、優しいな。でも、私が悪いんだよ」
「優しくなんて――」
本当に優しいのは、自分のくせに。
「先生も、自分のできることをしなきゃと思ったんですよね」
「なに?」
「ぼくも、務を養っていかなきゃと思って、何か仕事をしなきゃいけないと思って、そのためなら何でもしなくちゃって思って。先生も、寺に残った家も家族もない子たちのために、きっと自分にできる仕事をしなきゃいけないと思ったんでしょう? それで里を出たのなら、仕方がないことです。先生は、何も悪くない」
「おまえは、すごいな」
半井はまた笑って、令の頭を撫でた。
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