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ササメ 14
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●その、二日前
璃石。
そう呼びかけても、璃石は目を覚まさなかった。
目は開いているのに、その瞳は空虚で何も映していなかった。ただ、きれいな瞳だった。
透き通るような瑠璃色は、光から闇へと続く湖の底のようだと思った。影へ引かれたとき、癒簾はその色を見た。
影の中はただ暗いだけでなく、天上に光が見えて、瑠璃が夜に染まったような色をしていたのだ。
誰かがいればそこは心の安らぐ場所で、だが独りきりだときっと簡単に闇に落ちたくなる。
璃石はそういう場所にずっといた。
璃石はそこで、いつも何を想っていたのだろうか。
ずっと側にいたいと思った。
白い夜具に身を包んだ璃石は、癒簾の知っているかげとはまるで違うひとのように見えて、だけど癒簾はやっとかげに会えたのだと思った。
「璃石は、ここにはいないんだ」
獻瑪がそう言った。
呼びかけても反応はない。
璃石は、ここにはいない。そのいなくなった璃石が、かげだった。
かげは、どこに行ってしまったのだろう。
寝台の側に、癒簾と獻瑪は言葉なく座っていた。
獻瑪は寝台によりかかり、癒簾は、璃石の寝姿に見とれていた。
瞬きすらしない。だが、死んではいないのだ。
時折、光や音に反応することもあるのだと、璃石と獻瑪の母が教えてくれた。目を閉じて、眠ることもあると。
璃石は、生きているのだ。
ただ、ここに自分が生きていることを忘れてしまっているのかもしれない。
どうしたら、それを思い出してくれるのだろう。
かげの顔を初めて見たとき、その造形の美しさに見惚れた。だが、それだけじゃない。やっと、かげという人間を見ることができたような気がしたのだ。
かげを、璃石を助けたい。
側で、ずっと自分を支えてきてくれた。それは、璃石のなかでは偽りであったのかもしれない。でも、それでも癒簾が璃石を嫌いになれることなどこれまでもこれからも絶対にないのだと思う。
「もう出よう。親父が舟を貸してくれるって言ったけど、それでも一日はかかる。急がないと、間に合わない」
獻瑪が言った。
獻瑪も、できることならいつまでもここにいたいのだろう。
「お願い。朝まで待って」
王の命が危ないことは癒簾もわかっている。だが同時に、大熄俎のときまでは安全なのだ。
誰も、癒簾に継承が渡ったことをしらない。鳴子が王だと思っているうちは、守護に阻まれるのを恐れ誰も鳴子を殺そうとはしないだろう。
「天狗の術に風に乗るものがある。それを使えば、必ず大熄俎までには間に合うから」
「術を施す時間もいるんだよ。できるの?」
癒簾は力強く肯いた。
獻瑪は、しばらく癒簾の顔を見つめ返していたが、やがて「わかった」と息を吐いて立ち上がった。
「なら、おれは眠るよ。癒簾も少し休んだほうがいいぞ」
「うん。ありがとう」
獻瑪は「おやすみ」と残して部屋を出ていった。
獻瑪の父も母ももうとっくに寝室に入っている。癒簾と獻瑪にそれぞれ部屋があてがわれていたが、癒簾はそこへ戻る気にはなれなかった。
できるだけ、側にいたい。
璃石に、あなたはここにいるんだよ。と、教えてあげたい。
どうしたらいいのだろう。
璃石の目は開いていた。その瞳に吸い込まれるようにして癒簾は璃石に近寄り、その手を握った。
「璃石」
冷たい、手だった。
「璃石」呼ぶと、わずかにまつげがピクリと動いた気がした。
「璃石、戻ってきて」
癒簾は、璃石の頬に手を当て、唇を重ねた。あのとき、最期に重ねた唇の感触が、癒簾はずっと忘れられなかった。もっと、近づいていたい。もっとずっと、璃石の側にいたいと思ったのだ。
重ねてみれば、やはり、冷たい。だが、柔らかかった。
「璃石」癒簾は璃石の名を呼び続けた。唇も、何度も重ねた。
ふと、璃石の瞳に癒簾の姿が映っているのが見えた。璃石が、癒簾を見ていた。
「璃石」
唇を寄せると、わずかに引き寄せられて璃石の唇が答える。舌が滑り込んできた。癒簾はおどろきながらも、同じように舌を返していた。二つの舌が絡まりあっていく。唾液が溢れて、癒簾はそれを飲みこんだ。璃石が、癒簾を見ていた。言葉はない。
璃石は、すがるような表情をしていた。
「かげ」癒簾は呼んでみた。璃石は顔を歪める。
「かげ、あなたは璃石なの。ここにいるの。あなたはここに――」
璃石の唇が動いた。何かを、伝えようとしている。
喉を震わすことを、思い出そうと、璃石は必死で唇を動かす。
「助けて――」擦れた声で、璃石はそう言った。
癒簾は胸を突かれたような衝撃を受けた。
「助けて。ここから、出してくれ」
静かな涙が一筋、璃石の頬を伝っていた。
「だいじょうぶだよ」
癒簾は微笑んで、璃石の涙を指でぬぐった。
愛おしい。
どうしようもなく、璃石が愛おしかった。
何をすればいいのかもう、癒簾はわかっていた。
癒簾は着物を脱ぎ捨てた。寒さは感じなかった。寝台の上へあがり、璃石の上に跨った。
璃石の手をとり、自らの胸へあてた。
身を許せば、それは契りとなる――。
契りの上で、癒簾が許せば璃石は……。
身体は火照って汗ばむほどなのに、吐く息だけは白かった。寝台の軋む音が、深い夜の闇の中で響いている。
癒簾が動けば、璃石は答えた。
璃石、璃石――と、その間もずっと璃石の名を呼び続けた。
璃石は死んでなどいない。ここにいる。
璃石の身体は温かかった。そこにずっといたいと思えるような、たとえるもののない、よい香りがした。
癒簾が息を切らして、璃石の胸へ体をもたせかけると、その肩を璃石が抱いた。
「璃石?」
顔を上げた。その唇を吸われた。そのままどこをどうされたものか、仰向けに転がされていた。唇を上から塞がれる。舌が絡まってきた。
癒簾は小さく声をあげた。璃石の手が、口が、身体が、癒簾を愛撫していた。
荒い息に、声が混じるのをとめられなくなった。
だがふと璃石は愛撫をやめて、癒簾の顔をまっすぐに見つめた。
「俺は――生きているのか」
夢でも見ているつもりだったのだろうか。
癒簾はここここと笑って答えた。
「璃石は、ここに生きている」
「癒簾――ひめ」
璃石ははっとして身を離そうとした。癒簾はそれを抱きとめた。
「姫じゃない。ここにいるのは、癒簾と璃石だよ」
「俺は……」璃石は不安そうな表情をした。だから、癒簾は璃石を優しく抱きしめて言った。
「大丈夫。今度は、私があなたを助けるから。この身体で思い出して。わたしの光を、あなたにあげる」
「癒簾」
癒簾の口は璃石に塞がれていた。
璃石を受け入れるのに、何のためらいもなかった。璃石の身体は温かく、力強い鼓動の音がすぐ側で聞こえていた。
癒簾がこらえきれぬ声をもらし始めたころ、ひどい唄が外から聞こえてきた。
獻瑪だ。
一瞬止まって、璃石も苦笑する。
「音痴だな。相変わらず」
笑う癒簾の声はそのまま啼き声に変わる。白い息は、今二つ。二つが一つになってここにある。
やがて果てると、璃石は目を閉じて眠り始めた。
不安に駆られて肌に触れると、身体はまた冷たくなっていく。
癒簾は身を起こして、璃石に夜具をかけ、自分も衣服を羽織った。
たやすくはいかない。
璃石はまたかげに戻ってしまった。
でも、昨日確かに璃石はここにいた。
癒簾は寝台から降り、静かに眠っている璃石の手を握り寝顔を見つめた。
口を寄せた。
それはもう、癒簾の知っている璃石だった。
獻瑪のどへたくそな唄はずっと続いていた。
獻瑪なりに考えた、璃石を戻す方法なのかもしれないが、近所迷惑だと思った。
居間へゆくと、お茶が淹れてあった。
まだ日の出前の早い時間だ。
いつ淹れたお茶なのか、だが口をつけるとそれはまだ熱かった。 昨日と今日では、大きく変わってしまっていた。
この身体は知らずにいたものを覚え、癒簾の受け入れた身体の方には新たに得たものがある。
癒簾が、与えたのだ。それを。
お茶を飲んだためなのか、身体の芯が、熱かった。
唄が止んだ。
そろそろ行かなければ。
どうなるのかはわからない。だが、このまま見て見ぬふりなどできるはずもない。
天狗の姫として歩ませてもらった道。その先に続く道があるのかどうかもわからない。けれど、これまで歩んできた道のりには責任がある。
少なくとも癒簾はそう思っていた。
だから、行かなければならない。自分だけ、逃げているわけにはいかない――。
外へ出ると、白い雪の上に獻瑪が一人ポツンと立って空を見上げていた。
雪は、止んでいた。
けれど、それも束の間のことなのだろう。空は、曇天のような鈍色が続いている。
「行こう、獻瑪」
癒簾は笑んで言った。
「ああ」
獻瑪も笑って答えた。
笑っていれば、光をふりまける。それだけは、鬼にはできない。
この世を、闇に落とすようなことにはしない。絶対に。
癒簾は、風を呼んだ。
持てる限りの力を注いで、大きく長い、風を起こした。
●その、二日前
ひどい唄だった。
苦笑が浮かぶ。
空はひどく曇っていた。
いや、空を覆うのは雲ではない。
邪気だ。
使鬼が、空を飛び交っている。
空まで飛べるようになったか。
俺が、世界をこんな風にした。
暗く、濁って光を見失う世界。
だから、
俺はまだこのまま死ぬわけにはいかない。
璃石は、身を起こした。立ち上がる。
眩暈がした。よろけたが、何とか立つことができた。
俺はまだここにいる。いや、俺がここにいることを選んだのだ。
俺にはまだ、なすべきことがあるから。
過ちを、取り戻さねばならない。
璃石は、立ち上がった足の裏に確かに踏みしめているものがあるのを感じていた。
璃石。
そう呼びかけても、璃石は目を覚まさなかった。
目は開いているのに、その瞳は空虚で何も映していなかった。ただ、きれいな瞳だった。
透き通るような瑠璃色は、光から闇へと続く湖の底のようだと思った。影へ引かれたとき、癒簾はその色を見た。
影の中はただ暗いだけでなく、天上に光が見えて、瑠璃が夜に染まったような色をしていたのだ。
誰かがいればそこは心の安らぐ場所で、だが独りきりだときっと簡単に闇に落ちたくなる。
璃石はそういう場所にずっといた。
璃石はそこで、いつも何を想っていたのだろうか。
ずっと側にいたいと思った。
白い夜具に身を包んだ璃石は、癒簾の知っているかげとはまるで違うひとのように見えて、だけど癒簾はやっとかげに会えたのだと思った。
「璃石は、ここにはいないんだ」
獻瑪がそう言った。
呼びかけても反応はない。
璃石は、ここにはいない。そのいなくなった璃石が、かげだった。
かげは、どこに行ってしまったのだろう。
寝台の側に、癒簾と獻瑪は言葉なく座っていた。
獻瑪は寝台によりかかり、癒簾は、璃石の寝姿に見とれていた。
瞬きすらしない。だが、死んではいないのだ。
時折、光や音に反応することもあるのだと、璃石と獻瑪の母が教えてくれた。目を閉じて、眠ることもあると。
璃石は、生きているのだ。
ただ、ここに自分が生きていることを忘れてしまっているのかもしれない。
どうしたら、それを思い出してくれるのだろう。
かげの顔を初めて見たとき、その造形の美しさに見惚れた。だが、それだけじゃない。やっと、かげという人間を見ることができたような気がしたのだ。
かげを、璃石を助けたい。
側で、ずっと自分を支えてきてくれた。それは、璃石のなかでは偽りであったのかもしれない。でも、それでも癒簾が璃石を嫌いになれることなどこれまでもこれからも絶対にないのだと思う。
「もう出よう。親父が舟を貸してくれるって言ったけど、それでも一日はかかる。急がないと、間に合わない」
獻瑪が言った。
獻瑪も、できることならいつまでもここにいたいのだろう。
「お願い。朝まで待って」
王の命が危ないことは癒簾もわかっている。だが同時に、大熄俎のときまでは安全なのだ。
誰も、癒簾に継承が渡ったことをしらない。鳴子が王だと思っているうちは、守護に阻まれるのを恐れ誰も鳴子を殺そうとはしないだろう。
「天狗の術に風に乗るものがある。それを使えば、必ず大熄俎までには間に合うから」
「術を施す時間もいるんだよ。できるの?」
癒簾は力強く肯いた。
獻瑪は、しばらく癒簾の顔を見つめ返していたが、やがて「わかった」と息を吐いて立ち上がった。
「なら、おれは眠るよ。癒簾も少し休んだほうがいいぞ」
「うん。ありがとう」
獻瑪は「おやすみ」と残して部屋を出ていった。
獻瑪の父も母ももうとっくに寝室に入っている。癒簾と獻瑪にそれぞれ部屋があてがわれていたが、癒簾はそこへ戻る気にはなれなかった。
できるだけ、側にいたい。
璃石に、あなたはここにいるんだよ。と、教えてあげたい。
どうしたらいいのだろう。
璃石の目は開いていた。その瞳に吸い込まれるようにして癒簾は璃石に近寄り、その手を握った。
「璃石」
冷たい、手だった。
「璃石」呼ぶと、わずかにまつげがピクリと動いた気がした。
「璃石、戻ってきて」
癒簾は、璃石の頬に手を当て、唇を重ねた。あのとき、最期に重ねた唇の感触が、癒簾はずっと忘れられなかった。もっと、近づいていたい。もっとずっと、璃石の側にいたいと思ったのだ。
重ねてみれば、やはり、冷たい。だが、柔らかかった。
「璃石」癒簾は璃石の名を呼び続けた。唇も、何度も重ねた。
ふと、璃石の瞳に癒簾の姿が映っているのが見えた。璃石が、癒簾を見ていた。
「璃石」
唇を寄せると、わずかに引き寄せられて璃石の唇が答える。舌が滑り込んできた。癒簾はおどろきながらも、同じように舌を返していた。二つの舌が絡まりあっていく。唾液が溢れて、癒簾はそれを飲みこんだ。璃石が、癒簾を見ていた。言葉はない。
璃石は、すがるような表情をしていた。
「かげ」癒簾は呼んでみた。璃石は顔を歪める。
「かげ、あなたは璃石なの。ここにいるの。あなたはここに――」
璃石の唇が動いた。何かを、伝えようとしている。
喉を震わすことを、思い出そうと、璃石は必死で唇を動かす。
「助けて――」擦れた声で、璃石はそう言った。
癒簾は胸を突かれたような衝撃を受けた。
「助けて。ここから、出してくれ」
静かな涙が一筋、璃石の頬を伝っていた。
「だいじょうぶだよ」
癒簾は微笑んで、璃石の涙を指でぬぐった。
愛おしい。
どうしようもなく、璃石が愛おしかった。
何をすればいいのかもう、癒簾はわかっていた。
癒簾は着物を脱ぎ捨てた。寒さは感じなかった。寝台の上へあがり、璃石の上に跨った。
璃石の手をとり、自らの胸へあてた。
身を許せば、それは契りとなる――。
契りの上で、癒簾が許せば璃石は……。
身体は火照って汗ばむほどなのに、吐く息だけは白かった。寝台の軋む音が、深い夜の闇の中で響いている。
癒簾が動けば、璃石は答えた。
璃石、璃石――と、その間もずっと璃石の名を呼び続けた。
璃石は死んでなどいない。ここにいる。
璃石の身体は温かかった。そこにずっといたいと思えるような、たとえるもののない、よい香りがした。
癒簾が息を切らして、璃石の胸へ体をもたせかけると、その肩を璃石が抱いた。
「璃石?」
顔を上げた。その唇を吸われた。そのままどこをどうされたものか、仰向けに転がされていた。唇を上から塞がれる。舌が絡まってきた。
癒簾は小さく声をあげた。璃石の手が、口が、身体が、癒簾を愛撫していた。
荒い息に、声が混じるのをとめられなくなった。
だがふと璃石は愛撫をやめて、癒簾の顔をまっすぐに見つめた。
「俺は――生きているのか」
夢でも見ているつもりだったのだろうか。
癒簾はここここと笑って答えた。
「璃石は、ここに生きている」
「癒簾――ひめ」
璃石ははっとして身を離そうとした。癒簾はそれを抱きとめた。
「姫じゃない。ここにいるのは、癒簾と璃石だよ」
「俺は……」璃石は不安そうな表情をした。だから、癒簾は璃石を優しく抱きしめて言った。
「大丈夫。今度は、私があなたを助けるから。この身体で思い出して。わたしの光を、あなたにあげる」
「癒簾」
癒簾の口は璃石に塞がれていた。
璃石を受け入れるのに、何のためらいもなかった。璃石の身体は温かく、力強い鼓動の音がすぐ側で聞こえていた。
癒簾がこらえきれぬ声をもらし始めたころ、ひどい唄が外から聞こえてきた。
獻瑪だ。
一瞬止まって、璃石も苦笑する。
「音痴だな。相変わらず」
笑う癒簾の声はそのまま啼き声に変わる。白い息は、今二つ。二つが一つになってここにある。
やがて果てると、璃石は目を閉じて眠り始めた。
不安に駆られて肌に触れると、身体はまた冷たくなっていく。
癒簾は身を起こして、璃石に夜具をかけ、自分も衣服を羽織った。
たやすくはいかない。
璃石はまたかげに戻ってしまった。
でも、昨日確かに璃石はここにいた。
癒簾は寝台から降り、静かに眠っている璃石の手を握り寝顔を見つめた。
口を寄せた。
それはもう、癒簾の知っている璃石だった。
獻瑪のどへたくそな唄はずっと続いていた。
獻瑪なりに考えた、璃石を戻す方法なのかもしれないが、近所迷惑だと思った。
居間へゆくと、お茶が淹れてあった。
まだ日の出前の早い時間だ。
いつ淹れたお茶なのか、だが口をつけるとそれはまだ熱かった。 昨日と今日では、大きく変わってしまっていた。
この身体は知らずにいたものを覚え、癒簾の受け入れた身体の方には新たに得たものがある。
癒簾が、与えたのだ。それを。
お茶を飲んだためなのか、身体の芯が、熱かった。
唄が止んだ。
そろそろ行かなければ。
どうなるのかはわからない。だが、このまま見て見ぬふりなどできるはずもない。
天狗の姫として歩ませてもらった道。その先に続く道があるのかどうかもわからない。けれど、これまで歩んできた道のりには責任がある。
少なくとも癒簾はそう思っていた。
だから、行かなければならない。自分だけ、逃げているわけにはいかない――。
外へ出ると、白い雪の上に獻瑪が一人ポツンと立って空を見上げていた。
雪は、止んでいた。
けれど、それも束の間のことなのだろう。空は、曇天のような鈍色が続いている。
「行こう、獻瑪」
癒簾は笑んで言った。
「ああ」
獻瑪も笑って答えた。
笑っていれば、光をふりまける。それだけは、鬼にはできない。
この世を、闇に落とすようなことにはしない。絶対に。
癒簾は、風を呼んだ。
持てる限りの力を注いで、大きく長い、風を起こした。
●その、二日前
ひどい唄だった。
苦笑が浮かぶ。
空はひどく曇っていた。
いや、空を覆うのは雲ではない。
邪気だ。
使鬼が、空を飛び交っている。
空まで飛べるようになったか。
俺が、世界をこんな風にした。
暗く、濁って光を見失う世界。
だから、
俺はまだこのまま死ぬわけにはいかない。
璃石は、身を起こした。立ち上がる。
眩暈がした。よろけたが、何とか立つことができた。
俺はまだここにいる。いや、俺がここにいることを選んだのだ。
俺にはまだ、なすべきことがあるから。
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