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初演
回想3
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付き合いは順調に進んだ。
お互い名前で『美廉』、『理久』と呼びあうようになり、一年目には同棲を始めた。
その時には俺もバイトから社員になり、多少だが、収入も増えていた。
戸越銀座に小さなアパートを借りての二人の生活は、慎ましくも充実したものだった。休日には自由ヶ丘のパブで昼からビールを飲み、渋谷まで出て映画を観る。半ば定番と化しているデートコースにも、美廉は不満も言わず、楽しそうについてきてくれていた。美廉は仕事柄全国に飛ぶので、中々休みは合わなかったが、そんなことは関係なかった。
ただ、同棲生活も二年、三年も経つと、たがも弛んでくる。まあ、弛んだのは俺の方だったが。
俺はその時、酒の勉強にのめり込んでいた。勉強するには飲みに行くのが手っ取り早い。ただ飲むだけではなく、技術も盗める。頻繁に通えば金が足りなくなるのも道理。段々家賃の折半も滞り、休日出かけても、金のない俺の代わりに美廉が払う始末だった。そのくせ、欲しいものは我慢出来ずに買ってしまう。ある時、渋谷のショップで999.9の黒渕のサングラスが気に入り、金も無いくせに四万円ちょっとのそれをカードを切って購入した時は、普段何も言わない美廉も、さすがに小言が口を突いて出た。そこで初めて喧嘩をした。そんな苦い思いでのサングラスも、今じゃ何処にいったかも分からないが。
まあ、その時の俺はまごうことなきクズだった。いっそ、小銭をせびって身の回りの世話を完璧にこなすヒモの方が、はるかにましだっただろう。俺は金もない、身の回りのことも何もできないクズでしかなかった。
そんな生活でも、美廉は俺を捨てずにいてくれて、同棲生活も七年目に入っていた。
そこまでいくと、さすがにクズな俺でも考え始める。そう。結婚の二文字を。
俺は美廉に内緒で、ステップアップのために職を探し始めた。三十一歳の俺に、今さらこの業界以外務まるとも思えず、かといって、せっかく勉強した酒の経験をいかそうにも、他の給料も現状と変わらない。今にして思えば、職に拘らなければ、いくらでも再出発ができたと思うが。その時の俺の頭の中には、残念ながら他業種の選択肢はなかった。
それでも、いろんな伝をたどっていくうちに、バイト時代にお世話になった先輩から声がかかった。その先輩は東京駅から直ぐの外資系ホテルに勤めていて、バーテンダーの空きがあるからどうかとの誘いだった。給料もかなり上がるし、またとないステップアップのチャンス。俺はもちろん飛びついた。
美廉にも話すと、喜んで応援してくれた。
履歴書、面接とも英語でとのことなので、俺は美廉の手を借りて面接に備えた。
クズで迷惑掛けっぱなしの俺を、これまで見捨てずにいてくれた美廉を少しでも幸せにしたかった。
ただ、世の中そんなに上手くはいかない。
面接を三日前に控えた、十一月二十二日。俺の携帯に一本の連絡が入った。父が死んだと母の涙声と共に。事故だった。
俺は面接をキャンセルして、実家に急ぎ駆けつけた。美廉はその時仕事で福岡に行っていたので、電話で連絡を入れた。心配そうな美廉の声が今でも思い出される。仕事先にも連絡を入れて、一週間の休みをもらった。
実家に帰り、父の亡骸を見ても、余りの急なことに、感情が追い付かず、最初悲しみすら覚えなかった。横で泣きじゃくる母の姿を呆然と眺めていただけだった。
父は会社でも慕われていたらしく、式は会社総出で手伝ってくれたこともあり、滞りなく終えることができた。ただ、相続等の事後処理が重なり、東京に戻ったのは二週間後になった。
お互い名前で『美廉』、『理久』と呼びあうようになり、一年目には同棲を始めた。
その時には俺もバイトから社員になり、多少だが、収入も増えていた。
戸越銀座に小さなアパートを借りての二人の生活は、慎ましくも充実したものだった。休日には自由ヶ丘のパブで昼からビールを飲み、渋谷まで出て映画を観る。半ば定番と化しているデートコースにも、美廉は不満も言わず、楽しそうについてきてくれていた。美廉は仕事柄全国に飛ぶので、中々休みは合わなかったが、そんなことは関係なかった。
ただ、同棲生活も二年、三年も経つと、たがも弛んでくる。まあ、弛んだのは俺の方だったが。
俺はその時、酒の勉強にのめり込んでいた。勉強するには飲みに行くのが手っ取り早い。ただ飲むだけではなく、技術も盗める。頻繁に通えば金が足りなくなるのも道理。段々家賃の折半も滞り、休日出かけても、金のない俺の代わりに美廉が払う始末だった。そのくせ、欲しいものは我慢出来ずに買ってしまう。ある時、渋谷のショップで999.9の黒渕のサングラスが気に入り、金も無いくせに四万円ちょっとのそれをカードを切って購入した時は、普段何も言わない美廉も、さすがに小言が口を突いて出た。そこで初めて喧嘩をした。そんな苦い思いでのサングラスも、今じゃ何処にいったかも分からないが。
まあ、その時の俺はまごうことなきクズだった。いっそ、小銭をせびって身の回りの世話を完璧にこなすヒモの方が、はるかにましだっただろう。俺は金もない、身の回りのことも何もできないクズでしかなかった。
そんな生活でも、美廉は俺を捨てずにいてくれて、同棲生活も七年目に入っていた。
そこまでいくと、さすがにクズな俺でも考え始める。そう。結婚の二文字を。
俺は美廉に内緒で、ステップアップのために職を探し始めた。三十一歳の俺に、今さらこの業界以外務まるとも思えず、かといって、せっかく勉強した酒の経験をいかそうにも、他の給料も現状と変わらない。今にして思えば、職に拘らなければ、いくらでも再出発ができたと思うが。その時の俺の頭の中には、残念ながら他業種の選択肢はなかった。
それでも、いろんな伝をたどっていくうちに、バイト時代にお世話になった先輩から声がかかった。その先輩は東京駅から直ぐの外資系ホテルに勤めていて、バーテンダーの空きがあるからどうかとの誘いだった。給料もかなり上がるし、またとないステップアップのチャンス。俺はもちろん飛びついた。
美廉にも話すと、喜んで応援してくれた。
履歴書、面接とも英語でとのことなので、俺は美廉の手を借りて面接に備えた。
クズで迷惑掛けっぱなしの俺を、これまで見捨てずにいてくれた美廉を少しでも幸せにしたかった。
ただ、世の中そんなに上手くはいかない。
面接を三日前に控えた、十一月二十二日。俺の携帯に一本の連絡が入った。父が死んだと母の涙声と共に。事故だった。
俺は面接をキャンセルして、実家に急ぎ駆けつけた。美廉はその時仕事で福岡に行っていたので、電話で連絡を入れた。心配そうな美廉の声が今でも思い出される。仕事先にも連絡を入れて、一週間の休みをもらった。
実家に帰り、父の亡骸を見ても、余りの急なことに、感情が追い付かず、最初悲しみすら覚えなかった。横で泣きじゃくる母の姿を呆然と眺めていただけだった。
父は会社でも慕われていたらしく、式は会社総出で手伝ってくれたこともあり、滞りなく終えることができた。ただ、相続等の事後処理が重なり、東京に戻ったのは二週間後になった。
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