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暮色に染められて、化粧酔い
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「だから、もう、許してあげてほしいの」
左隣に座ったあなたの、厚ぼったくて艶やかな唇から、囁かれるように発せられた言葉。
僕が両手で包み込んでいるホットコーヒーの温もりほども、あなたの言葉は沁みてこない。腰かけている木製ベンチの冷たさの方が沁みるくらいだ。
河口から吹き上げてくる冷たく乾いた風と、それにのった潮の匂いが、僕の沈黙を後押しする。
彼女の言葉をあなたは丁寧に化粧をして、さらにそれを優しく語る。まるで自分の言葉のようだ。
僕に渡されたその言葉は、彼女自身ではとうていできないくらいに上手く塗られ、そしてグラデーションも完璧だった。でも、素っぴんの言葉を知っている僕にとっては無意味なことで。いくらあなたが綺麗に化粧をしてあげたつもりでも、僕にはそれが綺麗にはみえなくて。なんなら彼女の吐いた素っぴんの言葉の方が、咄嗟にさらけ出した都合のいい自己防衛的で緊急故の滑稽さを伴った人間臭さを垣間見れて、可笑しくもあり嬉しくもあり。
あなたの言葉の化粧は、僕にとってはひどく都合を合わせたいびつなものにしか感じられなくて。
まだ終わりそうにない、あなたの唇の動きにも退屈してきたので、僕は視線を外した。
土手下を流れる穏やかな川面は、夕日のオレンジを粉々にちりばめたように色付いている。なんて単純で綺麗だなんて思ってしまう。
「もう、わかったから」
さえぎって、ついでのようにあなたを見やると、大きな瞳が潤んでいた。乾いた風に負けないように、いや、自分が施した綺麗だと思っている化粧に酔っているのか。残念ながら、そんな風に思えてしまう。
「許すもなにもないから。もう、終わったことだからね」
続けた僕の言葉に、少し安堵したような吐息をもらして、あなたは一言呟いた。
「ごめんね……」
返す言葉もありはしない。だだ、それに彼女の言葉が頭の中で重なる。ごめんね……。トーンまで同じに響いてきやがる。
僕は顔を右に向けて、すぐそこにある橋に目をやる。この街で一番大きな橋は、無機質な灰色の橋脚を、夕日と川面からの反射、そんな色違いのオレンジで染めていた。
二ヶ月前のあの時、橋の真ん中で暮色に染められながら抱いた彼女の背中。まだ残暑が残るせいか、ワンピース越しにも少し湿っていた。
彼女は必死に僕の右耳に言葉を放り込んできた。それにつられるように、僕は益々強く抱きしめた。彼女の言っていることが理解できずにいた。することができなかった。
「ごめんね……。やっぱりダメだった……」
だけれど最後に出たその言葉に、僕は力をゆるめるしかなかった。
遠ざかる髪の匂い。できた隙間をぬるくて生臭い川っ風が通りすぎていった。
左隣に座ったあなたの、厚ぼったくて艶やかな唇から、囁かれるように発せられた言葉。
僕が両手で包み込んでいるホットコーヒーの温もりほども、あなたの言葉は沁みてこない。腰かけている木製ベンチの冷たさの方が沁みるくらいだ。
河口から吹き上げてくる冷たく乾いた風と、それにのった潮の匂いが、僕の沈黙を後押しする。
彼女の言葉をあなたは丁寧に化粧をして、さらにそれを優しく語る。まるで自分の言葉のようだ。
僕に渡されたその言葉は、彼女自身ではとうていできないくらいに上手く塗られ、そしてグラデーションも完璧だった。でも、素っぴんの言葉を知っている僕にとっては無意味なことで。いくらあなたが綺麗に化粧をしてあげたつもりでも、僕にはそれが綺麗にはみえなくて。なんなら彼女の吐いた素っぴんの言葉の方が、咄嗟にさらけ出した都合のいい自己防衛的で緊急故の滑稽さを伴った人間臭さを垣間見れて、可笑しくもあり嬉しくもあり。
あなたの言葉の化粧は、僕にとってはひどく都合を合わせたいびつなものにしか感じられなくて。
まだ終わりそうにない、あなたの唇の動きにも退屈してきたので、僕は視線を外した。
土手下を流れる穏やかな川面は、夕日のオレンジを粉々にちりばめたように色付いている。なんて単純で綺麗だなんて思ってしまう。
「もう、わかったから」
さえぎって、ついでのようにあなたを見やると、大きな瞳が潤んでいた。乾いた風に負けないように、いや、自分が施した綺麗だと思っている化粧に酔っているのか。残念ながら、そんな風に思えてしまう。
「許すもなにもないから。もう、終わったことだからね」
続けた僕の言葉に、少し安堵したような吐息をもらして、あなたは一言呟いた。
「ごめんね……」
返す言葉もありはしない。だだ、それに彼女の言葉が頭の中で重なる。ごめんね……。トーンまで同じに響いてきやがる。
僕は顔を右に向けて、すぐそこにある橋に目をやる。この街で一番大きな橋は、無機質な灰色の橋脚を、夕日と川面からの反射、そんな色違いのオレンジで染めていた。
二ヶ月前のあの時、橋の真ん中で暮色に染められながら抱いた彼女の背中。まだ残暑が残るせいか、ワンピース越しにも少し湿っていた。
彼女は必死に僕の右耳に言葉を放り込んできた。それにつられるように、僕は益々強く抱きしめた。彼女の言っていることが理解できずにいた。することができなかった。
「ごめんね……。やっぱりダメだった……」
だけれど最後に出たその言葉に、僕は力をゆるめるしかなかった。
遠ざかる髪の匂い。できた隙間をぬるくて生臭い川っ風が通りすぎていった。
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