君の虹色チョコレート

真朝一

文字の大きさ
4 / 12

第4話 コーヒー牛乳

しおりを挟む
 その日以来、私たちは急速に仲良くなった。

 時間差で美術準備室に入り、絵の具の匂いに囲まれて一緒に昼食をとる。最初は、いつもひとりでお弁当を食べていた私への同情かと思ったが、聡が毎日何かしら話題を持ってきて、私に意見を求め、楽しげに笑うところを見ると、そんな疑問を投げたくなる気持ちは自然となくなった。

「いつも一緒にいる友達はいいの」と訊くと、「誰かのひとり行動を気にするようなやつらじゃない」とかえってきた。

 数日後にはいつの間にか、一緒に下校するようになってしまった。駅前のショッピングビルに寄り道し、おいしいものを食べたり、ゲーセンに行ったりする。佳山さんたちのことを気にしてか、聡は教室ではあまり絡んでこない。私も、予防線として自分からは聡に話しかけない。しかし夜にはLINEも、電話もする。まだ、休日に会うことはなかったけど。

 人の食べたいものが分かるという聡の超能力の信憑性は、そんな交友関係の中で徐々に厚みが加わった。

 何度か「今焼き肉食べたいって思ったでしょ」などと言われ、さすがに信じざるを得なくなった。私が頭の中でハンバーグのことを考えながら「当ててみて」と胸を張ると、「あえて考えていることは分からない」と言われた。無意識が食欲としてハンバーグを求めているなら読めるが、心が読めるわけではないと。意識が自覚しているか否かは関係ないので、例え具体的なメニューが頭に浮かんでいなかったとしても無意識が求めている食べものが分かるらしい。

「なんか……言い方悪いけど、で? っていう感じだね……」

 言い方悪いけど、をつければいいってもんじゃない。

 美術室でお弁当を食べた後、そう話すと聡はうんざりしたような顔で「なんも反論できない」と答えた。

「同じ実用性のなさで言っても、スプーン曲げたり未来予知したりするほうが、超能力者としてもインパクトあるよ……」
「俺もそう思う。服もブラも透けて見える超能力だったらどんなによかったか……」
「おい貴様」
「冗談だよ。でも、前も言ったけど、相手が食べたいものが分かると、それを一緒に食べに行こうって言うだけで楽しくなるから」

 でもさ、と私は眉をひそめて言った。

「人の笑顔見てると嬉しいって言ってるけどさ、本質的にはそれ見てる聡くんがいい気分になるからやってるんじゃないの」

 言い終わって、あ、と思った。また言いすぎた。こうなってまで毒舌振るうか、私。
 謝ろうと思ったが、聡がきょとんとして言った。

「それはそうだけど」

 え、と絶句した私。椅子の上で尻がずずず、とすべる。

「認めやがった」
「認めるよ。だって実際そうでしょ。むしろ誰かを喜ばせて自分は無感動って人、あんまりいなくない? まあ、から揚げ弁当の件は、おなかすかせてる四季さんを見てて自分がしんどいからああしたんだけど、基本的に『おいしい、嬉しい』って気持ちをひろげたいだけ」
「微妙に分かるような分からんような……」

「よく言うよね、親切にするのは結局自分が感謝されたいだけの自己満足だって。でもそれって違うよ。誰かに親切にされたから自分も親切にしてあげたい、のラリーがぐるぐる続くんだよ。その一部分の往復だけ切り取って『この優しさは一方的で偽善だ』ってのは違うと思う。誰かに優しくされて嬉しかったからその人は同じことをして、そしてその人に優しくされた人も同じようにする。これが延々と続く。だから俺は友達にごはんをおごったりしてあげたい。相手がそのお礼にって購買のパンをおごってくれたら嬉しいから、ありがとうって言ってまたごはんをおごる。だいたい、大事な人との関係ってこれの繰りかえしじゃない? 俺の場合、この超能力がそれをやりやすくしてるだけの話だよ」

 そういう意味では、普通の人間とは少し違うものや人の見方ができるのかも知れない。見かけが同じだとしても。

 いつのまにか「さん」「くん」も取れて、名前で呼びあう友達になった。

 友達と言うより……親友と言う方が分かりやすいかも知れない。


   * * *


 日常では。──そう、あくまで日々のささやかなできごととして。

 六時間目の最中、お弁当を消化しきって「なんか甘いもの食べたいなあ」と無意識に考えているところに飛んでくる聡からの「放課後にクレープを食べに行こう」というメールが、ひとつのきっかけだった。そのときに感じる自分の頬の熱もそうだった。

 まともに友達と言える友達が聡ぐらいしかいなかった。小学校でもいじめられ、中学では心機一転友達百人作るぞと意気込んだが、元々の口が悪い性格は変わらず、結果は同じだった。クラウチング・スタートの瞬間にいきなり靴紐を踏んで転んだような気分は拭えない。

 だから、入学して半年、聡がこの葬式会場のような学校で私に友達として接してくれているのが、むずがゆくもあり、新鮮であり、同時に申しわけなかった。

 それに、私がつい正論をぶつけたり、言葉が汚くなってしまうのを、聡はあまり気にしていなかったのも新鮮だった。慌てる私の前で聡はぼんやりした目のまま、私の言葉を受け流す。気にしているふうでもない。私の口の悪さのせいで場の空気を何度も凍らせてきたから、不思議な感覚だったし、居心地がよかった。

 だからあるとき、お昼ごはんを一緒に食べながら、「私は聡の友達?」とたずねた。

 聡は購買の大きな焼きそばパンをもさもさ食べて、不満そうに言う。

「知人?」
「それは変だ」

 私は笑った。聡は「じゃあ友達だ」と言って、同じように笑った。

 今のうちは、それが何もかもの全てだった。余計な言葉であれこれと飾って青春っぽくすることはいくらでもできたが、それどころじゃないし、今は必要なかった。

 学校で、誰も来ない美術準備室で、友達と食べるお弁当。それは料亭で出るものに負けないほどおいしかった。聡は「いっこちょーだい」と言うが早いか私のお弁当からウィンナーをかっぱらって口に入れる。私は「じゃあそのコーヒー牛乳ひとくちちょーだい」と言って彼のパックからふたくちぶん飲む。

 聡と一緒にいる時の私は、普通の女子中学生でいられた。怒らない、嘆かない、ただ笑っているだけの中学生に。


   * * *


「まあ、だいたいの基本的な料理なら作れないことはない。作るのは好きだし」

 うすらぼけーっとした回答がかえってきた。

 聡の得意料理は、ケチャップや醤油や酢やすりおろしたタマネギなどで作ったソースと、片栗粉をなじませてぶつ切りにした鶏モモ肉をからめて焼く、彼いわく「鶏のケチャップソース焼き」らしい。
 いやいやいやいやなんだそれ! 聞いているだけで口に唾があふれてくるんだけど!?

 学校帰りのファミレスで、私と聡はドリンクバーの飲み物を挟んで、このときはじめて料理談義をしていた。気がつけば九月も下旬に差しかかり、陽が沈むのが早くなっている。門限の五時まで一緒に粘るつもりだった。

 人の食べたいものが分かるからって料理ができるとは限らない。そんな私の思惑はものの二秒ほどで打ち破られた。料理男子、という言葉が頭に浮かぶ。

「うち、親が夜勤で不在がちだから俺が料理すること多いよ。鶏モモなんて安いときはガツンと安いし、買い溜めすれば何にでも使える」
「私、さっきのケチャップソースと焼くやつ、すっごく食べたい」
「うん、分かる」

 そう言って聡は微笑んだ。それは同意するという意味ではなく、彼の場合、私が今それを食べたがっていることが分かるのだ。なんだか恥ずかしい超能力だな、とは思う。

「あと、定番だけどだし汁で野菜と煮込んで、卵でとじてごはんにかければ親子丼だし、コンソメとごはんと一緒に炊飯器で炊けばシンガポール・チキンライスになる」
「シンガポール? 炊飯器に入れるの?」
「ガチ美味いよ、中華風のタレをかけて食べるんだ。この時期、甘辛しょっぱい系の料理って骨身に沁みるよね」
「分かる分かる。シンプルにポン酢だけかけた生野菜とかでも、シャキシャキしてておいしい。これが冬になると、がっつり豚骨系とかのスープであったまりたいんだけど」
「まだ暑いから煮物でも汗かくし、冷うどんや焼きそばで一食すませちまうんだけどな」
「でも、たまにホクホクのカレーとかお好み焼きが食べたくなるんだよね、夏って。もうすぐ涼しくなるから、冷たい系料理もギリギリかなー」

 ひとりでぼやいていると、聡が目だけで私を見た。
 そして「じゃあ」と言った。

「ごはん、作ろうよ」
「え、いきなりどうしたの」
「四季、料理あんまりしないって前言ってたじゃん」

 確かにそうだ。うちは母子家庭で、夕方六時半ごろに仕事から帰ってくる母がそれからすぐ台所に入って料理をしているが、親不孝ながら一度も手伝ったことがない。

 中学生になったら、母の帰宅前に仕込みぐらいはできるようになりたいと思っていたが、その決意は半年経った今も決意のままだ。器具や食材がずらりと並んでいる台所が要塞か何かに見える。味噌汁の作りかたすら、正直細かいところがよく分かっていない。

「でも、私、ごはんしか炊けない」

 そう言うと聡が笑った。恥ずかしい。

「なんか簡単なもの考えとくから」
「でも、でも、どこで作るの?」

 そこまで言うとさすがに沈黙した。ひとり暮らしならまだしも、お互いにまだ中学生だ。俺の家に、と聡が言ったがさすがに抵抗があった。彼の親が不在がちならなおさらだ。

 だけど、料理はしたい。聡の作る料理を見たいし、食べたい。そう思っているとそれすら超能力の前には筒抜けだったのか、聡がくくっとおかしそうに笑う。

「もしよかったら」

 私は思いきって言った。「お母さんに話してみる」

 どうせ母子家庭だ。それに、料理のうまい友達が料理を作ってくれる、などと言えば大助かりだと喜ぶかも知れない。

 それを提案すると聡が「四季のお母さんが納得すれば」と言った。できるかも知れない。実現するかも知れない。そう考えると一気に気分が高まった。

 うっわー、何作ってもらおう。やっぱりハンバーグ? でもカレーもいいな。ナポリタンも食べたい。いや、さっきのケチャップソースの鶏肉のやつもおいしそう。麻婆豆腐とかの中華料理は作れるかな。小鉢がいっぱいあるようなあっさり和風はどうだろう。

 あれこれ考えていると、聡が耐えきれなかったように吹きだした。

「なんで笑うかな君ぃー」
「いや、だって、考えすぎ」
「わ、もしかしてぜんぶ見えてた?」
「すごいよ、パラパラ漫画みたいにぐるんぐるん色んな料理が出てきてたし。ハンバーグでしょ、カレーに、ナポリタンに……」
「うわやめてー! 私そんな大食いキャラじゃない!」

 ジタバタと悶絶すると、聡が珍しく目尻に涙を溜めるほど笑っていた。無口に見えて、楽しいことがあると素直に笑う人なんだなと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十六日間の忘れ物

香澄 翔
ライト文芸
三月六日。その日、僕は事故にあった――らしい。 そして三十六日間の記憶をなくしてしまった。 なくしてしまった記憶に、でも日常の記憶なんて少しくらい失っても何もないと思っていた。 記憶を失ったまま幼なじみの美優に告白され、僕は彼女に「はい」と答えた。 楽しい恋人関係が始まったそのとき。 僕は失った記憶の中で出会った少女のことを思いだす―― そして僕はその子に恋をしていたと…… 友希が出会った少女は今どこにいるのか。どうして友希は事故にあったのか。そもそも起きた事故とは何だったのか。 この作品は少しだけ不思議な一人の少年の切ない恋の物語です。 イラストはいもねこ様よりいただきました。ありがとうございます! 第5回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。 応援してくださった皆様、そして選考してくださった編集部の方々、本当にありがとうございました。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

下っ端宮女のひたむき後宮恋譚 ~前世の夢を追いかけていたらいつのまにか寵愛されていました~

紀本明
キャラ文芸
妃嬪から嫌がらせを受けつつも耐え忍んでいた下っ端宮女の鈴風(りんふぁ)はある日突然前世の記憶を取り戻す。料理人になるのが夢だった彼女は、今世でもその夢を叶えようと決意した矢先、ぼさぼさ頭の宦官・雲嵐(うんらん)と出会い、毎晩夕飯をつくることになる。料理人になるべく奮闘するも、妃嬪からの嫌がらせはひどくなる一方だった。そんなある日、事件が起こり、鈴風は窮地に立たされるが……――?

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

『後宮薬師は名を持たない』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

処理中です...