Stray tune ー 真夜中サビねこ放送局 ー

ねじまきねずみ

文字の大きさ
1 / 1

迷子の電波

しおりを挟む
アルバイトを終えて大学の最寄駅から電車に飛び乗ったら、不自然にふくらんだ上着の左ポケットから有線のイヤホンを取り出して耳に差し込む。

カチリ、とはっきりとした音を鳴らしてスイッチをオン。

『――ガガッ……、ラジオネームひよこライスさんのリクエスト『The Hellcat Spangled Shalalala』、お聴きください』

決して質がいいとは言えないラジオのガサガサとした音が耳の奥まで満ちていく。
クリアじゃないこの音がかえって温かみがあって、私は好きだったりする。

十月の金曜二十三時。
根岸津奈子ねぎしつなこ、大学三年のありふれた日常。

ドアのそばに立って流れていく夜の景色をながめる。
高架になったこの路線は、商業ビルの向こうの商店街から住宅街、さらに向こうのビル群のシルエットまで、光の粒をまとった夜景を見渡すことができる。
この景色を見ながらラジオを聴いていると、都会にいるんだって実感する。なぜだかわからないけれど、聴いていない時よりもはっきりと感じる。
『この後は交通情報。僕とはまた後ほど。Stayステイ tuneチューン
私がとくに好きなのはこの時間に毎日放送されている『スターダスト・ティータイム』。DJのコハクさんの声は落ち着いていて優しいし、選曲がおしゃれで私好みだから。
「やっぱりいいなぁ、ラジオ」
ポツリとつぶやいてため息をこぼし、流れるようにスマホに視線を落とす。
そこに映し出されたのはため息の原因。
【スターダスト・ティータイム、アシスタントスタッフ募集】のお知らせ……と【募集は締め切りました】の赤い文字。
先週末で募集が締め切られたラジオ局のアルバイト。応募しようか迷って、今やってるバイトもあるし、と結局応募ボタンを押す勇気が出せなかった。
だけどやっぱりラジオが好きで、こんなに素敵な番組に関われるのならダメ元で応募すればよかったとここ数日後悔しっぱなしだ。
『ガガ……』
走っている電車では電波が拾いにくくて音が悪い。
『……ィトねこねこレディオ~今夜のゲストは――』
「あ、また」
私のラジオは、こうして時々他の番組の電波やタクシーの無線なんかを拾ってしまう。どうやら混信こんしんという現象らしい。
『DJザラメのお悩み相談コーナーにゃ』
ここのところ、電車が自宅の最寄駅に近づくとよくこの『ミッドナイトねこねこレディオ』とかいう番組の電波を受信してしまう。それも決まって悩み相談らしきコーナー。
〝らしき〟なのは、混信なだけあって断片的にしか音が聴こえず軽いストレスを抱えているから。チャンネルを変えたくてチューニングを合わせようとしても、どういうわけかずっと『ねこねこレディオ』のままだ。
『ふむふむ。それでどうしたのかニャ』
このDJザラメとかいう人物はどうやらちょっとおかしな人らしく、語尾が「ニャ」とか「ニャン」とか猫になりきっているようだ。
バイト帰りはコハクさんの優しい声に癒されたいというのに、こんなおかしなラジオを聴かなければいけないなんて。
そうこうしているうちに、電車は駅に到着。
改札を抜けても耳の中にはまだ『ねこねこレディオ』。混信ってなんて厄介なんだろう。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

処理中です...