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第十二章:学院への帰還、明かされる真実
しおりを挟む夜が明け、太陽が東の空を赤く染め始めた頃、アルガは旅の車を駆り、シュテルン魔法学院へと向かっていた。彼の心は重く、昨夜の出来事が脳裏から離れない。レイの狂気に満ちた姿、そして彼を連れ去った謎の人物。すべてが、彼が思っていたよりもはるかに深い闇に繋がっていることを示唆していた。
学院の門は、普段とは異なり、厳重に閉ざされ、魔力障壁が張られていた。警備の魔法使いたちは、通常よりもはるかに数が増え、皆が緊張した面持ちで周囲を警戒している。アルガは身分証を提示し、門を通過した。学院内部も、以前のような活気はなく、学生たちの姿はまばらで、廊下には不穏な空気が漂っていた。
理事長室へ向かう途中、すれ違う教師や学生たちは、アルガを見るなり驚いた表情を見せた。彼らがニュースで大脱獄を知り、アルガが関係していることを察しているのは明らかだった。彼らの視線は、期待と、そしてどこか不安を帯びていた。
理事長室の扉をノックすると、中から「入りなさい」という、理事長ロゼリア・ヴァインシュタインの厳かな声が聞こえた。扉を開けると、そこには優雅ながらも威厳に満ちた佇まいのロゼリアが、執務机に座っていた。その翡翠色の瞳は、アルガの瞳とよく似ていた。彼女は、アルガがシュテルン魔法学校に入学して間もない頃から、彼の才能を見抜き、密かに目をかけてくれていた人物だ。
「よく来てくれたわね、アルガ」
ロゼリアの声は、疲労を滲ませていたが、その眼差しは鋭く、全てを見透かすかのようだった。
「理事長。お呼びいただき、ありがとうございます。ですが、何があったのか、詳細をお聞かせいただきたい」
アルガは単刀直入に尋ねた。彼の頭の中には、疑問と焦燥が渦巻いている。
「分かっているわ。まずは座りなさい」
ロゼリアは、机の前の椅子を勧めた。アルガが椅子に座ると、ロゼリアは深々と息を吐いた。
ベルガール監獄大脱獄の全貌
「まず、ベルガール監獄からの大脱獄だけど、これは報道されている以上に深刻な事態よ」
ロゼリアの声が、普段よりも一段と重く響く。
「監獄は、複数の結界魔術と、魔力を遮断する対魔力障壁によって、脱獄は不可能だとされてきたわ。歴代の闇の魔術師たちを、何百年もの間、閉じ込めてきた。それが、昨晩、破られたの」
ロゼリアは、執務机の上に一枚の魔力映像を投影した。それは、ベルガール監獄の監視カメラが捉えた、鮮明な映像だった。
映像には、まず監獄の最深部に位置するレイ・ブラッドの独房が映し出されていた。彼の体には、幾重もの魔力抑制の鎖が巻き付いている。その鎖が、突如として黒い瘴気を放ちながら、粉々に砕け散った。
「これは……!」
アルガは息を呑んだ。鎖が内側から破壊されたのだ。
レイは、解放された体でゆっくりと立ち上がると、その瞳に狂気を宿し、歪んだ笑みを浮かべた。彼の左手には、彼が闇の遺物として扱っていた禍々しい紋様の革手袋が、まるで最初から装着されていたかのように現れた。
その直後、監獄の各所に設置された魔力封印が、連鎖するように破壊されていく。爆発音と共に、他の独房の扉が次々と吹き飛び、中から高位の闇の魔術師たちが姿を現した。
「脱獄したのは、レイ・ブラッドを含む計八名の高位の闇の魔術師たちよ。彼らは、それぞれ異なる系統の闇魔術の使い手で、かつて魔法界を震撼させた悪名高き者ばかり」
映像は、脱獄した魔術師たちの顔を順に映し出した。
黒い炎を操る『焦炎のベリアル』
精神を蝕む幻覚を得意とする『幻惑のサイモン』
死者の魂を操る『冥府のネクロマンサー・ザイン』
そして、彼らを率いるように、レイの傍らに立つ、見慣れない黒い外套の人物。昨夜、アルガと戦い、レイを連れ去った謎の人物だ。その人物は、フードで顔を隠し、表情は伺えないが、その全身から放たれる魔力は、脱獄した魔術師たちの中でも群を抜いていた。
「あの人物が……」
アルガは、その人物から感じた「純粋な破壊の力」を思い出した。
「そうよ。彼らが、監獄に施されていた厳重な魔力封印を、まるで内側から破壊するかのように破り、姿を消したの。そして、監獄の深部に封印されていた、別の闇の遺物をも奪っていったわ」
「別の闇の遺物……!?」
アルガは驚きに目を見開いた。レイが所持していた革手袋とは別の遺物だというのか。
「そうです。それは、『魂の器(たましいのうつわ)』と呼ばれる遺物。古の時代、死者の魂を呼び出し、その知識や魔力を利用するために使われたと伝わる、危険な遺物だわ」
ロゼリアの言葉に、アルガの脳裏に、レイが夢幻草の力を利用して失われた古代魔法の知識を取り戻そうとしていたことを思い出した。そして、闇の魔法使いが復活したというニュース。全ての点が線で繋がっていくような感覚に襲われる。
「レイの目的は……闇の魔法使いの復活、あるいは、失われた古代魔法の知識を取り戻すことだと?」
「その可能性が高いと見ているわ。そして、脱獄した闇の魔術師たちは、いずれもレイ・ブラッドを崇拝する者が多く、彼の思想に深く感化された者たちよ。彼らはレイを『世界の変革者』と呼び、狂信的なまでに付き従っているわ」
ロゼリアは、眉間に深い皺を刻んだ。
「彼らが『魂の器』を使って何を企んでいるのかは不明だけど、世界が大きな危機に瀕しているのは間違いありません。だからこそ、あなたの力が必要なのよ、アルガ。あなたの、レイ・ブラッドへの理解と、その類まれなる才能が、この世界を救う唯一の希望となるかもしれないわ」
アルガは、窓の外に広がるシュテルンの街を見つめた。かつては平和だったこの世界が、今、深い闇に覆われようとしている。そして、その中心には、かつての親友、レイの姿がある。
「私に、何ができるというのですか……」
アルガの声は、自問自答するように響いた。彼の心には、親友を救いたいという思いと、彼を止めるという使命感が激しく衝突している。
「あなたには、レイ・ブラッドを止める力がある。そして、彼を救う可能性も秘めていると、私は信じているわ。あなたが彼を捕らえられなくとも、その仲間を一人でも多く捕らえることができれば、必ず道は開かれるはずよ」
ロゼリアの言葉は、アルガの心に深く響いた。彼は深く息を吐き出し、決意を宿した瞳でロゼリアを見つめ返した。
「分かりました。俺にできることなら、何でも協力しましょう」
アルガの言葉に、ロゼリアは静かに頷いた。彼女の表情には、かすかな希望の色が浮かんでいた。
こうして、アルガの新たな戦いが始まった。それは、かつての親友との悲しい対峙であり、世界の命運をかけた、壮大な冒険の序章に過ぎなかった。
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