上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第20話:撮影開始、距離ゼロセンチ

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午前10時。
都内スタジオ。
白い背景、ライト、マイク。
空気が少し張り詰めていた。

「じゃあ、“理想の上司×働く仲間”動画、撮影入ります!」

ディレクターの声が響く。
柊と真由、並んで立つ。
カメラが二人を見つめていた。

(……距離、近っ)
(この位置、ゼロセンチじゃん……!)

真由は心の中で悲鳴を上げていた。
隣の柊は平然とした顔。

「どうした、藤原」
「い、いえっ! なんでもないです!」
「顔、赤いぞ」
「照明のせいですっ!」

美咲「ふふっ、いいねぇ~、“初々しい空気”が出てる」
成田「カメラ回ってんのにリアル恋愛ドラマみたいになってる!」

(お願い、やめて……心臓もたない!)



撮影内容は、対話形式。
テーマは“人を動かす言葉”。

「柊さんにとって、“信頼”ってなんですか?」
スタッフが質問する。

「……難しい質問ですね」
彼は少し考えてから言った。

「“信頼”とは、沈黙が怖くない関係だと思います」

静かな声。
それを聞いて、真由の呼吸が止まった。

(……それ、私とのこと言ってる)

「沈黙の間も、相手を責めない。
 何も言わなくても、“大丈夫”だと思える関係。
 それが一番、強い信頼です」

スタジオが一瞬、静まり返る。
モニターの前でスタッフが小声で呟く。
「……名言出たな」

(ずるい。こんな言葉、また反則だよ)



次のシーン。
“日常のワンカット”を撮るため、
カメラは二人のオフィス風セットへ。

「では、真由さんが“お疲れさまです”って渡す感じで」
「はい!」

台本には、“書類を渡しながら微笑む”と書かれている。

「お疲れさまです、課――誠さん」
一瞬の言い間違い。
柊がくすっと笑う。

「どっちでもいい。君の“お疲れさま”は特別だから」
「……台本にないですよ、そのセリフ!」
「アドリブだ」
「やめてください、ナチュラルに照れるので!」

成田(小声)「うわ、ガチ照れだ……」
美咲「このカット、絶対使おう」

(もう……全国に放送されたらどうしよう……!)



昼休み。
スタジオのベンチ。
二人並んでコンビニサンドを食べる。

「……さっきの、マジでアドリブですか?」
「ああ」
「なんでそんなこと……」
「“お疲れさま”って言葉、君から聞くたびに嬉しくなるから」

「……」
「頑張った証みたいで、好きなんだ」

「……」
「黙るとき、わかりやすいな」
「い、今のは……“沈黙が怖くない関係”ってことで!」
「ふっ、便利な言葉だ」

二人の笑い声が、昼下がりのスタジオに溶けた。



午後。
最後の撮影カット。
“お互いに一言メッセージを送る”という設定。
カメラが回る。

「藤原さんへ――」
柊が静かに口を開く。

「君がいたから、“発信する言葉”を取り戻せた。
 これからも隣で、一緒に歩いてほしい」

(……それ、完全にプロポーズの言い方……!)

カメラマンが「はいカット!」と言った瞬間、
真由の顔が真っ赤になる。

「柊さん!? 今の……台本にないです!!」
「アドリブだ」
「また!?」
「もう恒例だろ?」
「恒例化しないでくださいっ!」

美咲(小声)「……あれ、リアル告白入ってたよね」
成田「完全に“距離ゼロセンチ”だわ」



夕方。
撮影終了。
スタッフが片付ける中、真由は壁際で息を整える。

(……ほんとに、ゼロセンチだった)
(もう、心臓に悪い……)

すると、柊がゆっくり近づいてきた。

「お疲れさま」
「……お疲れさまです」
「“本音”、少し言いすぎたかもな」
「すこし、どころじゃないです!」
「でも、後悔はしてない」

「……」
「君が隣にいる現実を、
 言葉で隠したくなかったから」

沈黙。
でも、怖くなかった。

「……誠さん」
「ん?」
「私も、“隣で働く未来”を信じてます」

彼の目が少しやわらかくなる。

「ありがとう」
「それ、反則です」
「また言われたな」



夜。
スマホの通知。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“距離ゼロ”は、恋の始まりじゃない。
 本音を言える場所のことだ。」

《@mayu_worklife》
「じゃあ、私はもうそこにいます。」

コメント欄に並ぶのは、
“距離ゼロが羨ましい”の文字。

(……距離ゼロ。
 でも、心はちゃんと並んでる)
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