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笑ってはいけない
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(え、ここはどこ……)
気が付くと、私はどこかの場所に立っていた。
いつ来たのかも、ここがどこなのかも分からない。
でもそのことを自分では不思議にも、不安にも感じていなかった。
広い敷地だ。
随分と遠くに高い外壁が続いているのが見える。
それを見ながら何故か知っている景色の気がするが、頭がぼんやりしている。
しばらく眺めていると、遠くの空が光った。
異常な状況なのだが、頭がぼんやりしているせいか、恐怖は無い。
むしろ、嬉しい感情が芽生えて来る。
なんだか嬉しい感じ。
空が光って辺りが鮮明になって来た気がした。
それを見てやっとここが見覚えがあることに気付いた。
「あ、元の蓮花研究所だぁ!」
そうだ、あの懐かしい場所だった。
タカさんや亜紀ちゃんたちと何度も来た。
日本で最も重要な研究施設だった。
蓮花さんが所長として毎日熱心に研究をし、他の研究員の方々もみんな一生懸命にやっていた。
そして何よりもブランの皆さんが必死にここを護っていた。
私たちはブランのみなさんと戦闘訓練をよくしていたものだ。
何度か一緒にここで戦ったこともある。
膨大な妖魔やジェヴォーダン、バイオノイドやライカンスロープたちと戦った。
最重要施設であったことから、何度も襲われたのだ。
そして戦闘以外では、みんなと仲良く過ごした。
一緒に食事を作って食べ、宴会もやった。
ああ、なんて懐かしいのだろう。
蓮花研究所は今はアラスカに移り、先日はここでブランのみなさんが雄々しく戦って散って行った。
でも今私が立っているのは、以前のままの蓮花研究所だった。
今はブランのみなさんの墓標となっているはずだ。
葬儀には私も来ているので、状態は分かっている。
でもここは、明らかに以前の蓮花研究所なのだ。
わけは分からなかったが、私は懐かしさで胸が一杯になっていた。
でもどうして私はここにいるのだろう?
すると遠くの空から光が近づいて来た。
段々と大きくなり、やがてそれが《ハスハ》だと気づいた。
大きな光の中心に、白い衣装の荘厳で美しい《ハスハ》がいた。
巨大な眩い光の中にいながら、《ハスハ》の存在は美しく浮き出ていた。
物理現象ではないのだ。
存在の重さがそう見せているのだと私には分かっていた。
やがて《ハスハ》が私の目の前に降りて、光は消えて行った。
感動から大きな声で叫んでしまった。
「《ハスハ》!」
「大きな声を出すな」
《ハスハ》が厳かな声で言った。
《ハスハ》はいつも所作には厳しい。
常に静かで厳かな雰囲気を好み、下品なことや下らないことを嫌う。
だから《ハスハ》の前では大きな声で笑ってもいけない。
《ハスハ》も静かな「微笑み」が最高のもので、声を出して笑ったことはない。
それをいつも私にも求めている。
「はい、すみません!」
《ハスハ》は少女の姿だが、威厳がある。
フリルのたくさん付いた、白の綺麗なワンピースのような衣装だ。
腰の後ろで結ばれた大きなリボンが可愛らしい。
《ハスハ》が静かに言った。
囁くような声なのだが、心地よく響き渡るのだ。
「お前はよくやっている」
「は、はい!」
「本当によくやっている。だからお前にこれから有用になる技を授けようと思う」
「え、本当ですか!」
《ハスハ》が微笑んでいたので嬉しかった。
《ハスハ》は最初は話し掛けても答えてくれず、姿も見せてくれなかった。
だけど、本当に少しずつだが私に存在を感じさせてくれ、以前は「オロチ・ブレイカー」の発現を手伝ってくれた。
ああ、そうか、あの時はこの元蓮花研究所だったんだ。
だから同じ場所で新技を教えてくれるということか。
「その通りだ。ここはお前の努力を認めた場所である」
「はい!」
《ハスハ》は私の心を読んでいるようだった。
嫌な感じは微塵もない。
むしろ《ハスハ》に言葉に出来ない感謝の気持ちを精一杯に伝えた。
「それに先日、お前の大切な仲間たちが勇敢に、そして清らかにここで戦い、見事に散って行った。彼らの美しい魂がここに埋もれている。お前に新しい技を授けるに相応しい場所だ」
「そうですか! ブランの方々ですね!」
そうなのか。
ミユキさんたちの戦いは、《ハスハ》にも何事かを感じさせていたのか。
私は感動で涙が出て来た。
《ハスハ》が私の目の前に来た。
「右手の人差し指を伸ばせ。それを頭に乗せるのだ」
「はい!」
「最初は右足で。三歩で左足に切り替える」
「はい!」
実際に《ハスハ》がやって見せてくれ、私がなぞると私の体勢を微調整してくれた。
そして《ハスハ》が気の流れを私の体内で生じさせてくれ、私はすぐに技を体得した。
「最後に身体を前傾させ、両手を水平に開け」
「はい!」
最初から通してやった。
すると水平に広げた私の前に、巨大なエネルギーが拡がって行った。
私にはすぐに分かった。
これは「オロチ・ブレイカー」の広域タイプなんだ!
「《ハスハ》! 凄い技です!」
「そうであろう」
「ありがとうございます!」
「良い。しばらく繰り返して身体に馴染ませろ」
「はい! あの、この技に名前を付けてもいいですか?」
「好きにしろ」
「はい、では《オロチ・ストーム》というのはどうでしょうか!」
「良い。それではこの技は《オロチ・ストーム》としよう」
「はい! ありがとうございます!」
私は何度も練習し、完璧に覚えることが出来た。
《ハスハ》ずっと傍で見ていてくれた。
私が最後に「オロチ・ストーム」と叫ぶと、ちょっとびっくりしていたが、すぐに微笑んでくれた。
やったぁ!
「では存分に使え」
「ありがとうございました!」
《ハスハ》が微笑みながらまた飛んで行った。
私は深々と頭を下げて見送った。
気が付くと、私はどこかの場所に立っていた。
いつ来たのかも、ここがどこなのかも分からない。
でもそのことを自分では不思議にも、不安にも感じていなかった。
広い敷地だ。
随分と遠くに高い外壁が続いているのが見える。
それを見ながら何故か知っている景色の気がするが、頭がぼんやりしている。
しばらく眺めていると、遠くの空が光った。
異常な状況なのだが、頭がぼんやりしているせいか、恐怖は無い。
むしろ、嬉しい感情が芽生えて来る。
なんだか嬉しい感じ。
空が光って辺りが鮮明になって来た気がした。
それを見てやっとここが見覚えがあることに気付いた。
「あ、元の蓮花研究所だぁ!」
そうだ、あの懐かしい場所だった。
タカさんや亜紀ちゃんたちと何度も来た。
日本で最も重要な研究施設だった。
蓮花さんが所長として毎日熱心に研究をし、他の研究員の方々もみんな一生懸命にやっていた。
そして何よりもブランの皆さんが必死にここを護っていた。
私たちはブランのみなさんと戦闘訓練をよくしていたものだ。
何度か一緒にここで戦ったこともある。
膨大な妖魔やジェヴォーダン、バイオノイドやライカンスロープたちと戦った。
最重要施設であったことから、何度も襲われたのだ。
そして戦闘以外では、みんなと仲良く過ごした。
一緒に食事を作って食べ、宴会もやった。
ああ、なんて懐かしいのだろう。
蓮花研究所は今はアラスカに移り、先日はここでブランのみなさんが雄々しく戦って散って行った。
でも今私が立っているのは、以前のままの蓮花研究所だった。
今はブランのみなさんの墓標となっているはずだ。
葬儀には私も来ているので、状態は分かっている。
でもここは、明らかに以前の蓮花研究所なのだ。
わけは分からなかったが、私は懐かしさで胸が一杯になっていた。
でもどうして私はここにいるのだろう?
すると遠くの空から光が近づいて来た。
段々と大きくなり、やがてそれが《ハスハ》だと気づいた。
大きな光の中心に、白い衣装の荘厳で美しい《ハスハ》がいた。
巨大な眩い光の中にいながら、《ハスハ》の存在は美しく浮き出ていた。
物理現象ではないのだ。
存在の重さがそう見せているのだと私には分かっていた。
やがて《ハスハ》が私の目の前に降りて、光は消えて行った。
感動から大きな声で叫んでしまった。
「《ハスハ》!」
「大きな声を出すな」
《ハスハ》が厳かな声で言った。
《ハスハ》はいつも所作には厳しい。
常に静かで厳かな雰囲気を好み、下品なことや下らないことを嫌う。
だから《ハスハ》の前では大きな声で笑ってもいけない。
《ハスハ》も静かな「微笑み」が最高のもので、声を出して笑ったことはない。
それをいつも私にも求めている。
「はい、すみません!」
《ハスハ》は少女の姿だが、威厳がある。
フリルのたくさん付いた、白の綺麗なワンピースのような衣装だ。
腰の後ろで結ばれた大きなリボンが可愛らしい。
《ハスハ》が静かに言った。
囁くような声なのだが、心地よく響き渡るのだ。
「お前はよくやっている」
「は、はい!」
「本当によくやっている。だからお前にこれから有用になる技を授けようと思う」
「え、本当ですか!」
《ハスハ》が微笑んでいたので嬉しかった。
《ハスハ》は最初は話し掛けても答えてくれず、姿も見せてくれなかった。
だけど、本当に少しずつだが私に存在を感じさせてくれ、以前は「オロチ・ブレイカー」の発現を手伝ってくれた。
ああ、そうか、あの時はこの元蓮花研究所だったんだ。
だから同じ場所で新技を教えてくれるということか。
「その通りだ。ここはお前の努力を認めた場所である」
「はい!」
《ハスハ》は私の心を読んでいるようだった。
嫌な感じは微塵もない。
むしろ《ハスハ》に言葉に出来ない感謝の気持ちを精一杯に伝えた。
「それに先日、お前の大切な仲間たちが勇敢に、そして清らかにここで戦い、見事に散って行った。彼らの美しい魂がここに埋もれている。お前に新しい技を授けるに相応しい場所だ」
「そうですか! ブランの方々ですね!」
そうなのか。
ミユキさんたちの戦いは、《ハスハ》にも何事かを感じさせていたのか。
私は感動で涙が出て来た。
《ハスハ》が私の目の前に来た。
「右手の人差し指を伸ばせ。それを頭に乗せるのだ」
「はい!」
「最初は右足で。三歩で左足に切り替える」
「はい!」
実際に《ハスハ》がやって見せてくれ、私がなぞると私の体勢を微調整してくれた。
そして《ハスハ》が気の流れを私の体内で生じさせてくれ、私はすぐに技を体得した。
「最後に身体を前傾させ、両手を水平に開け」
「はい!」
最初から通してやった。
すると水平に広げた私の前に、巨大なエネルギーが拡がって行った。
私にはすぐに分かった。
これは「オロチ・ブレイカー」の広域タイプなんだ!
「《ハスハ》! 凄い技です!」
「そうであろう」
「ありがとうございます!」
「良い。しばらく繰り返して身体に馴染ませろ」
「はい! あの、この技に名前を付けてもいいですか?」
「好きにしろ」
「はい、では《オロチ・ストーム》というのはどうでしょうか!」
「良い。それではこの技は《オロチ・ストーム》としよう」
「はい! ありがとうございます!」
私は何度も練習し、完璧に覚えることが出来た。
《ハスハ》ずっと傍で見ていてくれた。
私が最後に「オロチ・ストーム」と叫ぶと、ちょっとびっくりしていたが、すぐに微笑んでくれた。
やったぁ!
「では存分に使え」
「ありがとうございました!」
《ハスハ》が微笑みながらまた飛んで行った。
私は深々と頭を下げて見送った。
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