富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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街の灯 Ⅲ

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 私たちは街を出て、東の山へ向かった。
 お父さんが荷台のある大きなトラックを運転した。
 出来るだけ人を乗せたが、全員で11人だけだった。
 何千人もいた街で、たったこれだけ。
 多くの人が怪物になり、生きていた人もいたが助けられなかった。
 逃げる途中で、幾つか他の街を通った。
 どこも同じだった。
 街の中で怪物が暴れ回っていて、お父さんたちが近付く怪物を銃で殺して行った。
 その時、走る中で怪物に囲まれ、家の中に閉じこもっている人が見えた。
 でも、どうすることも出来なかった。
 怪物の数は多く、近づくことも出来ない。
 みんな窓から、悲しそうな顔でトラックの私たちを見ていた。
 辛かった。
 それからみんな荷台の床だけを見るようになった。

 街を離れ、しばらく山道を走り、奥深くまで来るとお父さんがトラックを捨てると言った。
 随分と長く走ったので、私はそこがどこなのか全然分からなかった。
 お父さんがみんなを荷台から降ろし、荷物を持たせた。

 「追手が来るから、トラックはここまでだ。ここからは歩いて行くぞ」

 みんなが従ったが、文句を言いたそうな人がいた。
 ウラノフと名乗った50代の太った男性だ。
 私たちの街ではない、最後に通った街で一人だけ助けた人だ。
 丁度道路に走って来て、お父さんがスピードを緩めると荷台に飛び上がって来た。
 私たちは誰もその人を知らなかったが、ウラノフさんは警察官だったと言っていた。
 ウラノフさんがお父さんに聞いた。
 
 「トラックはどうするんだ?」
 「そこの先の崖から落とす」
 「おいおい、それなら俺に譲ってくれよ」
 「ダメだ。あんたが敵に捕まれば俺たちの情報が割れる。大人しく従ってくれ」

 ウラノフさんは自分のカバンから銃を出した。
 私たちに銃口を向ける。
 どうしてこの人は銃なんか持っているのだろう!
 みんなが驚いて下がる。

 「言うことを聞くのはお前らの方だ! 全員荷物をトラックに戻せ! 急げ!」

 みんなしぶしぶ荷物をトラックに戻した。
 お父さんが戻すフリをして、荷物から銃を抜いた。
 間髪入れずにウラノフさんの頭を吹っ飛ばした。
 乾いた銃声が響いた。
 その一発でウラノフさんは動かなくなった。
 みんな驚いていたが、お父さんが銃を仕舞うとホッとしたようだった。
 でも何人か、まだショックを隠せないでいた。

 「みんな急いでこの場を離れろ。ここから登ると3時間後に広場に出る。そこで合流だ! バルロフ、頼むぞ」
 「はい!」

 バルロフさんは時々うちにも来ていて顔を知っている。

 「お父さんは!」
 「トラックとこいつを始末してくる。レーナ、必ず追いつく」
 「でも!」
 「大丈夫だ、俺はこの山に慣れている。準備をしてきたんだ」
 「!」

 そうだったのか。
 お父さんは時々出掛けて、数週間も家に戻らないこともあった。
 ここに逃げる準備をして来たのだ。
 お母さんは知っていたのだろうか。
 私たちはバルロフさんについてお父さんの示した方向に進んだ。
 道は険しく、途中で細い下草を踏んで道ではない場所も歩いた。
 バルロフさんがみんなが迷わないように気を付けながら進んでくれた。
 それでもきつかったが、無事に広場を見つけた。
 そこでみんなで休んでいると、夕方前にお父さんが登って来た。
 大きなポリタンクを背負っていた。

 「全員いるな。今日はここで休もう。もう少し先に場所を準備している」

 お父さんが担いで来たポリタンクを見て誰かが言った。

 「あの、喉が渇いたんですが」
 「ああ、これを飲んでくれ。この先もあるから、今は一人3杯までにして欲しい。それ以上は俺に申し出てくれ」
 「ありがとう」

 ポリタンクは相当重かっただろう。
 でもお父さんはみんなに優しく声を掛けて、その水を飲ませた。
 お父さんがコップに水を注いで、全員で順番に飲んだ。
 その後でみんなの食料を集めて公平に分配した。
 準備をしていた私たちが一番多く持って来ていたが、全員で分けた。
 突然のことでみんなが憔悴していたが、食事を少し口に入れると気持ちが落ち着いて来たようだった。
 全員、お父さんが準備をしてくれていたことを知って安心していた。
 私もお父さんに協力して頑張って行かなければと思った。

 「レーナ、これからはみんなで協力して生き延びなければならない」
 「うん、そうだね、お父さん!」
 「いつまで続くのかは分からん。でも最後まで諦めるな」
 「はい!」

 私が元気よく答えると、お父さんが優しく頭を撫でてくれた。
 今いるのは一番年上が62歳のファンドーリンおばさん。
 ご近所の花屋の人で顔見知りだった。
 お母さんと仲良しだった。
 そして雑貨屋のフョードルさんが52歳。
 次にお父さんが45歳。
 フロムシンさんという若いご夫婦と、バルロフさん兄弟が30代。
 兄のバルロフさんの奥さんと4歳のお子さん。
 そして私が10歳だ。

 バルロフさん兄弟はお父さんと親しい人だったので、私もよく知っている。
 今教えてもらったが、以前からお父さんと一緒に逃げる話をしていたそうだ。
 どこから情報が洩れるかもしれないので、私は聞かされていなかった。
 バルロフさんたちはお父さんと同じ陸軍の兵士だった。
 お父さんは特殊部隊なので所属は違ったが、昔からの知り合いだった。
 お父さんに言われて、逸早く軍を抜けて来たので助かったのだと、後で聞いた。

 まだ夏場だったが、山の中は夜になると冷えて来た。

 「ショーリンさん、火を焚いてはどうかな。結構寒くなって来た」

 バルロフさんのお兄さんがお父さんに提案した。

 「ダメだ。誰かに見られるかもしれない。今日は我慢してくれ」
 「でも、幼い子どももいる。この寒さは耐えられないぞ」
 「分かった」

 お父さんはみんなを集めて、固まって眠るように言った。
 バルロフさんの小さなお子さんと奥さんをその中心に寝かせた。
 そして一人で森に入って行き、何本かの枝を切って来た。
 葉が生い茂った枝で、それをバルロフさんの奥さんとお子さんに掛けてあげた。
 奥さんが礼を言っていた。

 「済まない、こんなことしかしてやれなくて」
 「いいえ、全然違います。助かりました」
 「数日歩けば、もっとましな場所に着く。今は厳しいだろうが我慢して欲しい」
 「分かりました。ショーリンさんのお陰で助かりました」

 お父さんは私の隣に横になり、私を抱き締めてくれた。

 「レーナ、寒いか?」
 「ううん、温かいよ、お父さん」
 「そうか。しばらくの我慢だ」
 「うん、大丈夫だよ」

 私はお父さんの温もりの中で眠った。
 寒かったけど、温かいものが流れて来た。
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