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あの日あの時 : 道間家崩壊 Ⅳ
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吉原龍子は霊能の巨大さだけではなく、人間としても他に知らぬほどに大きな方だった。
目の前に座った彼女を見ていると、黙っていても威圧される。
わたくしを脅そうなどとは微塵も考えていないのは分かるが、自然に人間の厚みと深さがわたくしにそう感じさせるのだ。
その吉原龍子はわたくしを見て嘆息して言った。
これほどのお方が、そのような表情で語るのが信じられなかった。
「宇羅がついにね」
吉原龍子は辛そうな顔でそう呟いたのだ。
これほどの方が何かを後悔しているかのようで驚いた。
そして何か事情を全て知っているかのように感じた。
「すまないね。あいつがやられていたのはあたしも知っていたのさ。でも、どうにも手が出せなかった」
「「業」のことですね」
「そうさね。宇羅は「業」に魅入られちまった。地獄よりも酷い場所に行くのが分かっているのにねぇ」
「「業」とは何者なのですか?」
「この世の終わりさ。古代から、これまで何度かあいつのために世界が終わりかけた。でもその度に猛々しい者があいつを斃して来たのさね」
「猛々しい者?」
「やっぱり今生でも生まれたよ。あまりにも大きな運命で、何度も死に掛けたけどねぇ。宇羅も前にその子に関わって手助けをしてくれたってぇのに。あいつは両方の運命に関わった。ならばこっちに来れば良かったってのに、あっちを選んじまった。何ともねぇ」
わたくしにも覚えがあった。
前に宇羅が話していたことがあったのを思い出したのだ。
確か横浜であり、以前に途轍も無い運命の子がいたのだと。
この世の救済に関わる子なので、何とか助けたかったと話していた。
きっとその子のことだろう。
あの時宇羅は、それは嬉しそうにわたくしに語っていたというのに。
冗談交じりに、わたくしとその子を結び付けたいとまで言っていた。
その時、幼かったわたくしも是非そうなるといいと夢見てしまったものだ。
だが、今の状況ではそれは夢でさえもなり得ないと感じていた。
「道間の家は、もうあんたしか残っていない」
「はい」
「どうするね? あんたはこのまま逃げられる。あたしが護ってやるよ」
「はい……」
「ほう、迷っておるのかい?」
「道間家は滅んではいけない家ですので」
「そうかい。でもあんた、死ぬかもしれんよ?」
「それでもです。兄上様たちもきっと最後まで抗って死にました。わたくしも同じ思いです」
「死んでもいいのかい?」
「構いません」
吉原龍子がわたくしを睨んでいたが、不意に顔を綻ばせた。
「良かった。あんたには強い護りがいるよ」
「道間の守護獣でしょうか?」
「アハハハハハ! そんなカワイイもんじゃないよ。この世で最強の存在の一つだ」
わたくしには、その存在が以前に現われたあの者なのだと分かった。
わたくしは一つどうしても聞きたいことがあった。
きっと吉原龍子が言っているのが、あの日見た不思議な存在であり、その者が最強なのであれば。
「その者は、どうして兄上様たちを御救い下さらなかったのですか! どうして「業」を滅してくれなかったのですか! この世で最強であるならば、何故!」
自然に言葉が激しくなった。
吉原龍子に問い質すべき事柄では無かったのだが。
「あたしにも分からないよ。存在の次元が違い過ぎる。ああいう者の考えは人間には理解出来ないんだ。でも、絶対に道間家を護る存在ってことは間違いない。それだけは確かさね」
「だったら! どうして! だったら!」
感情を乱して荒れるわたくしを咎めはせずに、吉原龍子は微笑んだままだった。
「あんたが生きていることが奇跡だよ。あの「業」が道間家の一切を逃さないつもりだったんだからね。あいつの恐ろしさは身に染みて分かってる。あんたは助かるはずがなかったんだよ」
「道間家をどうして……」
「いずれ道間家が悲願を達成する。だからだろうよ。そのことは「業」に大きな影響を及ぼすだろうからね。あんたがその道筋なのだよ」
「わたくしが一体何を?」
「今は分からない。それにそのことはあんたが今考えるべきことじゃない。でも道間の血筋が途絶え、あんただけになることが、その道筋に乗ることだったんだろう。あまりにも悲しいけどね。人間の愛も何も、道筋にゃ関係無い。いや、関係するからこその悲しみなんだろうさね。あたしも幾つもそういうことは見て来た。運命の子もそうだ。あの子も悲し過ぎるよ」
「運命の子……」
「あの子も最愛の存在を喪った。まるで裏切られたようにね。でもそうじゃないんだが、そのことも今は教えてやれない。まったくもって、どうしようもない悲しみさね」
「……」
吉原龍子はその後も何度もわたくしを訪ねて来られた。
そして何日か一緒に過ごし、わたくしに幾つかの「術」を教えてくれるようになった。
道間家の秘儀もあったのだが、吉原龍子は不思議とそれに通じていた。
本当によく分からない方だった。
道間の才能の無いわたくしが、何とか幾らかの「術」を使えるようになったのは、全て吉原龍子のお陰だ。
セツは月に何度か来てくれた。
わたくしが危険だからもう来ないで欲しいと言っても、笑って断られた。
「私がお嬢様を放っておくはずはないでしょう」
「でも、瑞樹がずっと傍にいてくれますし」
「お嬢様は私が御嫌いですか?」
「そんなこと、あるはずがございません!」
「オホホホホ、そうでしたら構いませんよね?」
「……」
正直言って、常に部屋に閉じこもるのは実は辛かった。
瑞樹が話し相手になってはくれても、不意に自分の運命を嘆くことは日常になっていたのだ。
何度か諦めていっそ命を絶つことも考えなかったわけではない。
セツは本当に辛くなった時にこそ現われてくれた。
今思えば、聡明な瑞樹がわたくしの様子を見て、セツに知らせてくれていたのかもしれない。
ああ、わたくしは本当にセツと瑞樹に感謝を忘れたことは無い。
目の前に座った彼女を見ていると、黙っていても威圧される。
わたくしを脅そうなどとは微塵も考えていないのは分かるが、自然に人間の厚みと深さがわたくしにそう感じさせるのだ。
その吉原龍子はわたくしを見て嘆息して言った。
これほどのお方が、そのような表情で語るのが信じられなかった。
「宇羅がついにね」
吉原龍子は辛そうな顔でそう呟いたのだ。
これほどの方が何かを後悔しているかのようで驚いた。
そして何か事情を全て知っているかのように感じた。
「すまないね。あいつがやられていたのはあたしも知っていたのさ。でも、どうにも手が出せなかった」
「「業」のことですね」
「そうさね。宇羅は「業」に魅入られちまった。地獄よりも酷い場所に行くのが分かっているのにねぇ」
「「業」とは何者なのですか?」
「この世の終わりさ。古代から、これまで何度かあいつのために世界が終わりかけた。でもその度に猛々しい者があいつを斃して来たのさね」
「猛々しい者?」
「やっぱり今生でも生まれたよ。あまりにも大きな運命で、何度も死に掛けたけどねぇ。宇羅も前にその子に関わって手助けをしてくれたってぇのに。あいつは両方の運命に関わった。ならばこっちに来れば良かったってのに、あっちを選んじまった。何ともねぇ」
わたくしにも覚えがあった。
前に宇羅が話していたことがあったのを思い出したのだ。
確か横浜であり、以前に途轍も無い運命の子がいたのだと。
この世の救済に関わる子なので、何とか助けたかったと話していた。
きっとその子のことだろう。
あの時宇羅は、それは嬉しそうにわたくしに語っていたというのに。
冗談交じりに、わたくしとその子を結び付けたいとまで言っていた。
その時、幼かったわたくしも是非そうなるといいと夢見てしまったものだ。
だが、今の状況ではそれは夢でさえもなり得ないと感じていた。
「道間の家は、もうあんたしか残っていない」
「はい」
「どうするね? あんたはこのまま逃げられる。あたしが護ってやるよ」
「はい……」
「ほう、迷っておるのかい?」
「道間家は滅んではいけない家ですので」
「そうかい。でもあんた、死ぬかもしれんよ?」
「それでもです。兄上様たちもきっと最後まで抗って死にました。わたくしも同じ思いです」
「死んでもいいのかい?」
「構いません」
吉原龍子がわたくしを睨んでいたが、不意に顔を綻ばせた。
「良かった。あんたには強い護りがいるよ」
「道間の守護獣でしょうか?」
「アハハハハハ! そんなカワイイもんじゃないよ。この世で最強の存在の一つだ」
わたくしには、その存在が以前に現われたあの者なのだと分かった。
わたくしは一つどうしても聞きたいことがあった。
きっと吉原龍子が言っているのが、あの日見た不思議な存在であり、その者が最強なのであれば。
「その者は、どうして兄上様たちを御救い下さらなかったのですか! どうして「業」を滅してくれなかったのですか! この世で最強であるならば、何故!」
自然に言葉が激しくなった。
吉原龍子に問い質すべき事柄では無かったのだが。
「あたしにも分からないよ。存在の次元が違い過ぎる。ああいう者の考えは人間には理解出来ないんだ。でも、絶対に道間家を護る存在ってことは間違いない。それだけは確かさね」
「だったら! どうして! だったら!」
感情を乱して荒れるわたくしを咎めはせずに、吉原龍子は微笑んだままだった。
「あんたが生きていることが奇跡だよ。あの「業」が道間家の一切を逃さないつもりだったんだからね。あいつの恐ろしさは身に染みて分かってる。あんたは助かるはずがなかったんだよ」
「道間家をどうして……」
「いずれ道間家が悲願を達成する。だからだろうよ。そのことは「業」に大きな影響を及ぼすだろうからね。あんたがその道筋なのだよ」
「わたくしが一体何を?」
「今は分からない。それにそのことはあんたが今考えるべきことじゃない。でも道間の血筋が途絶え、あんただけになることが、その道筋に乗ることだったんだろう。あまりにも悲しいけどね。人間の愛も何も、道筋にゃ関係無い。いや、関係するからこその悲しみなんだろうさね。あたしも幾つもそういうことは見て来た。運命の子もそうだ。あの子も悲し過ぎるよ」
「運命の子……」
「あの子も最愛の存在を喪った。まるで裏切られたようにね。でもそうじゃないんだが、そのことも今は教えてやれない。まったくもって、どうしようもない悲しみさね」
「……」
吉原龍子はその後も何度もわたくしを訪ねて来られた。
そして何日か一緒に過ごし、わたくしに幾つかの「術」を教えてくれるようになった。
道間家の秘儀もあったのだが、吉原龍子は不思議とそれに通じていた。
本当によく分からない方だった。
道間の才能の無いわたくしが、何とか幾らかの「術」を使えるようになったのは、全て吉原龍子のお陰だ。
セツは月に何度か来てくれた。
わたくしが危険だからもう来ないで欲しいと言っても、笑って断られた。
「私がお嬢様を放っておくはずはないでしょう」
「でも、瑞樹がずっと傍にいてくれますし」
「お嬢様は私が御嫌いですか?」
「そんなこと、あるはずがございません!」
「オホホホホ、そうでしたら構いませんよね?」
「……」
正直言って、常に部屋に閉じこもるのは実は辛かった。
瑞樹が話し相手になってはくれても、不意に自分の運命を嘆くことは日常になっていたのだ。
何度か諦めていっそ命を絶つことも考えなかったわけではない。
セツは本当に辛くなった時にこそ現われてくれた。
今思えば、聡明な瑞樹がわたくしの様子を見て、セツに知らせてくれていたのかもしれない。
ああ、わたくしは本当にセツと瑞樹に感謝を忘れたことは無い。
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