富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
3,144 / 3,202

あの日あの時 : 道間家崩壊 Ⅳ

しおりを挟む
 吉原龍子は霊能の巨大さだけではなく、人間としても他に知らぬほどに大きな方だった。
 目の前に座った彼女を見ていると、黙っていても威圧される。
 わたくしを脅そうなどとは微塵も考えていないのは分かるが、自然に人間の厚みと深さがわたくしにそう感じさせるのだ。
 その吉原龍子はわたくしを見て嘆息して言った。
 これほどのお方が、そのような表情で語るのが信じられなかった。

 「宇羅がついにね」
 
 吉原龍子は辛そうな顔でそう呟いたのだ。
 これほどの方が何かを後悔しているかのようで驚いた。
 そして何か事情を全て知っているかのように感じた。
 
 「すまないね。あいつがやられていたのはあたしも知っていたのさ。でも、どうにも手が出せなかった」
 「「業」のことですね」
 「そうさね。宇羅は「業」に魅入られちまった。地獄よりも酷い場所に行くのが分かっているのにねぇ」
 「「業」とは何者なのですか?」
 「この世の終わりさ。古代から、これまで何度かあいつのために世界が終わりかけた。でもその度に猛々しい者があいつを斃して来たのさね」
 「猛々しい者?」
 「やっぱり今生でも生まれたよ。あまりにも大きな運命で、何度も死に掛けたけどねぇ。宇羅も前にその子に関わって手助けをしてくれたってぇのに。あいつは両方の運命に関わった。ならばこっちに来れば良かったってのに、あっちを選んじまった。何ともねぇ」

 わたくしにも覚えがあった。
 前に宇羅が話していたことがあったのを思い出したのだ。
 確か横浜であり、以前に途轍も無い運命の子がいたのだと。
 この世の救済に関わる子なので、何とか助けたかったと話していた。
 きっとその子のことだろう。
 あの時宇羅は、それは嬉しそうにわたくしに語っていたというのに。
 冗談交じりに、わたくしとその子を結び付けたいとまで言っていた。
 その時、幼かったわたくしも是非そうなるといいと夢見てしまったものだ。
 だが、今の状況ではそれは夢でさえもなり得ないと感じていた。

 「道間の家は、もうあんたしか残っていない」
 「はい」
 「どうするね? あんたはこのまま逃げられる。あたしが護ってやるよ」
 「はい……」
 「ほう、迷っておるのかい?」
 「道間家は滅んではいけない家ですので」
 「そうかい。でもあんた、死ぬかもしれんよ?」
 「それでもです。兄上様たちもきっと最後まで抗って死にました。わたくしも同じ思いです」
 「死んでもいいのかい?」
 「構いません」

 吉原龍子がわたくしを睨んでいたが、不意に顔を綻ばせた。

 「良かった。あんたには強い護りがいるよ」
 「道間の守護獣でしょうか?」
 「アハハハハハ! そんなカワイイもんじゃないよ。この世で最強の存在の一つだ」

 わたくしには、その存在が以前に現われたあの者なのだと分かった。 
 わたくしは一つどうしても聞きたいことがあった。
 きっと吉原龍子が言っているのが、あの日見た不思議な存在であり、その者が最強なのであれば。

 「その者は、どうして兄上様たちを御救い下さらなかったのですか! どうして「業」を滅してくれなかったのですか! この世で最強であるならば、何故!」

 自然に言葉が激しくなった。
 吉原龍子に問い質すべき事柄では無かったのだが。

 「あたしにも分からないよ。存在の次元が違い過ぎる。ああいう者の考えは人間には理解出来ないんだ。でも、絶対に道間家を護る存在ってことは間違いない。それだけは確かさね」
 「だったら! どうして! だったら!」
 
 感情を乱して荒れるわたくしを咎めはせずに、吉原龍子は微笑んだままだった。

 「あんたが生きていることが奇跡だよ。あの「業」が道間家の一切を逃さないつもりだったんだからね。あいつの恐ろしさは身に染みて分かってる。あんたは助かるはずがなかったんだよ」
 「道間家をどうして……」
 「いずれ道間家が悲願を達成する。だからだろうよ。そのことは「業」に大きな影響を及ぼすだろうからね。あんたがその道筋なのだよ」
 「わたくしが一体何を?」
 「今は分からない。それにそのことはあんたが今考えるべきことじゃない。でも道間の血筋が途絶え、あんただけになることが、その道筋に乗ることだったんだろう。あまりにも悲しいけどね。人間の愛も何も、道筋にゃ関係無い。いや、関係するからこその悲しみなんだろうさね。あたしも幾つもそういうことは見て来た。運命の子もそうだ。あの子も悲し過ぎるよ」
 「運命の子……」
 「あの子も最愛の存在を喪った。まるで裏切られたようにね。でもそうじゃないんだが、そのことも今は教えてやれない。まったくもって、どうしようもない悲しみさね」
 「……」

 吉原龍子はその後も何度もわたくしを訪ねて来られた。
 そして何日か一緒に過ごし、わたくしに幾つかの「術」を教えてくれるようになった。
 道間家の秘儀もあったのだが、吉原龍子は不思議とそれに通じていた。
 本当によく分からない方だった。
 道間の才能の無いわたくしが、何とか幾らかの「術」を使えるようになったのは、全て吉原龍子のお陰だ。




 セツは月に何度か来てくれた。
 わたくしが危険だからもう来ないで欲しいと言っても、笑って断られた。

 「私がお嬢様を放っておくはずはないでしょう」
 「でも、瑞樹がずっと傍にいてくれますし」
 「お嬢様は私が御嫌いですか?」
 「そんなこと、あるはずがございません!」
 「オホホホホ、そうでしたら構いませんよね?」
 「……」

 正直言って、常に部屋に閉じこもるのは実は辛かった。
 瑞樹が話し相手になってはくれても、不意に自分の運命を嘆くことは日常になっていたのだ。
 何度か諦めていっそ命を絶つことも考えなかったわけではない。
 セツは本当に辛くなった時にこそ現われてくれた。
 今思えば、聡明な瑞樹がわたくしの様子を見て、セツに知らせてくれていたのかもしれない。
 ああ、わたくしは本当にセツと瑞樹に感謝を忘れたことは無い。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

処理中です...