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あの日あの時 : 道間家崩壊 Ⅴ
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セツに匿われて一年が過ぎた。
五平所も元気になって、道間家の再興に奔走してくれるようになった。
わたくしはセツと吉原龍子の念入りな確認で、道間家に戻ることになった。
もう「業」は日本を出て、宇羅も共に行ったようだ。
その前に各地で武術に優れた家系を襲い、技を奪った上で潰して回っていたことを後に聞いた。
「セツ、瑞樹、お世話になりました。この御恩は一生忘れませんし、これから報いさせていただく所存です」
「お嬢様、何を仰いますか。私共は好きにやらせてもらっただけでございます。この日本に道間家を残すことが出来ますことは、何よりもの報いです。大したお手伝いも出来ませんでしたが」
「そうですよ、麗星様。私も道間家のために尽くせたことは誇りであり、私の命に意味があったと感じることが出来ました。ありがとうございます」
「とんでもない! わたくしがこうして生きておりますのは全てセツと瑞樹のお陰ではないですか! でも、本当に申し訳ありませんが、今のわたくしには何も残っておりませんの。道間の屋敷を売れば良いのですが、あそこはどうしても……」
セツが立ち上がってわたくしの肩を掴んだ。
「お嬢様、お聞きなさい! 私たちは何かを頂くためにこれまで尽くして来たのではございません! 私たちの希望がお嬢様でございます! そのことはお忘れ無きよう! 一切の報酬は受け取りませんからね!」
「セツ……それではわたくしの気持ちが……」
セツがわたくしの肩を放した。
そして膝を付き合わせるように座った。
「お嬢様、どうか道間家を御再興下さいませ。それだけが私たちの望みです」
「そうですよ、麗星様。御一緒に暮らしたこの一年、本当に楽しゅうございました! 私の生涯は意味があったと思えたのですよ」
「セツ、瑞樹……」
わたくしは声を挙げて泣いた。
あまりにも優しさの深さに、溺れそうになった。
「今、五平所さんが、あちこちを走り回ってますよ。使用人の方々の多くは助かったとのこと。お血筋も何人かは残っておられるようで」
「全部セツや吉原龍子様が探してくれたのでしょう。あんなことのあった道間家に再び帰ることも手配してくれていたと五平所に聞きました」
「私などは大したことは。でも申し上げたでしょう。道間家を残すことが私たちの希望なのだと」
「セツ、本当にありがとうございます」
わたくしが頭を下げると、目の前のセツが顔を支えた。
「もうやめて下さいませよ。お嬢様はお小さい頃から可愛らしくって仕方のない方でした。お嬢様とお知り合いになれたことが、私の人生の最大の幸せでございます」
「セツ!」
「私もですよ? 麗星様はこんな家の私と小さい頃からよく親しく遊んで下さいました。忘れたことはありません」
「瑞樹!」
二人が両側からわたくしを抱き締めてくれた。
私はただ、感謝の涙を滴らせることしか出来なかった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
わたくしは道間の家に戻った。
惨劇の跡はすっかり綺麗にされていた。
セツの手配だ。
久し振りに屋敷に戻った時、五平所が多くの使用人と共に出迎えてくれた。
『お帰りなさいませ、お屋形様!』
そう頭を下げられ、涙を堪えきれなかった。
五平所が優しくわたくしの頭を撫でてくれた。
「麗星様が泣かれるのを見るのは久し振りでございます」
「五平所……」
「お小さい頃にはすっかり泣かない方になられましたものね。その後は何度か私を殺し掛けましたし」
「五平所!」
「アハハハハハハ! もうお屋形様を泣かせる者はおりません。お叱りになられる方も……」
そう言った五平所は背中を向けていた。
肩が小さく震えていた。
「そうですね。もうわたくしは自分で考えなければなりませんね」
「私どもも精一杯にお手伝いいたします。道間家はこれからでございます」
「はい、どうぞ宜しくお願いします」
『はい!』
その夜、わたくしに用意された寝所で休んでいると、不意に気配を感じた。
誰かが廊下を進み、わたくしの部屋の前に来た。
襖が開き、何者かが部屋へ入って来た。
今のこの家に不埒なことを考える者はいない。
わたくしは寝具に上に座り、その者を迎えた。
わたくしの予想通りだった。
「お前は以前に現われた者ですね」
「はい、《ハイファ》と申します」
今度は直接口で応えた。
「《ハイファ》、あなたは何者なのですか?」
「道間家を護る者。幾久しく見守って参りました」
不思議と《ハイファ》の言葉がわたくしの頭の中で響き渡って行った。
言葉には出来ないが、《ハイファ》がどのような存在なのかを理解して行った。
《ハイファ》がそのようにわたくしに伝えてくれたのだ。
そしてそれは、あまりにも遠大で深遠なものだった。
恐らくは道間家の当主にだけ伝えられるものだ。
また、当主によって、その内容の範囲は違う。
そういうことも分かった。
わたくしは、これまでの当主よりも大きな配分をもらったようだ。
「そうなのですね。よく分かりました」
《ハイファ》が嬉しそうに微笑んだ。
「ついにこの時が来ました」
「どういうことですか?」
「麗しの星、「スピカ」の時代が巡りました。私がどれほどこの日を待ち焦がれたことか。本当に漸く訪れた。私が望んだ未来が」
《ハイファ》の言うことはよく分からなかったが、《ハイファ》がどれほど待ち望んで来たのかは何となく感じることが出来た。
しかし、一つだけ《ハイファ》に問い質さねばならないことがあった。
兄上たちの死だ。
「一つだけ答えなさい。道間家は亡びかけました。道間家を守護すると言うあなたは、どうして助けなかったのですか?」
「お答え出来ません。未来は一つでは無いとだけ、今は御理解下さい」
「分かりました」
何も分からなかったが、《ハイファ》ほどの存在が困難に感ずることを引き寄せたことは分かった。
そしてこの者は人間ではない。
それに、兄上たちを殺したのは「業」なのだ。
《ハイファ》と咎めるのは違う。
「わたくしは今後、道間家を復興しなければなりません。手伝ってくれますか?」
「もちろんでございます! そのために私は気の遠くなる年月をこの家のために過ごして来たのですから! ああ、何と言う奇跡か! 輝く未来はすぐそこまで……」
《ハイファ》は恍惚とした表情で叫んだ。
「私が妖魔の護衛獣を呼び寄せましょう。地下には幾つかまだ眠っておりますから、その者たちは早急に」
「地下?」
「御案内いたします。麗星様は御存知ないことが幾つもございます」
「そうですか、宜しくお願いします」
「道間の技も私がお教えいたします」
「お前が?」
「全ての技は私が知っておりますので。幾らか年月は掛かりますが」
「でもわたくしには道間の才はございませんの」
「存じておりますよ。でもそれは仮初のものです」
「え?」
「麗星様が今日を迎えるにあたり、必要なことでございました。あなた様は決して無能ではありません。道間の当主に相応しいお力を秘めておられますゆえ」
「なんですと!」
《ハイファ》がまた嬉しそうに笑った。
「そしてこの先、あのお方と巡り合う。ああ、その日こそが待ち遠しい!」
「「あのお方」とは?」
「今は申し上げられません。でも素晴らしいことです! この世の幸いです! ああ、なんという!」
また《ハイファ》が恍惚としていた。
五平所も元気になって、道間家の再興に奔走してくれるようになった。
わたくしはセツと吉原龍子の念入りな確認で、道間家に戻ることになった。
もう「業」は日本を出て、宇羅も共に行ったようだ。
その前に各地で武術に優れた家系を襲い、技を奪った上で潰して回っていたことを後に聞いた。
「セツ、瑞樹、お世話になりました。この御恩は一生忘れませんし、これから報いさせていただく所存です」
「お嬢様、何を仰いますか。私共は好きにやらせてもらっただけでございます。この日本に道間家を残すことが出来ますことは、何よりもの報いです。大したお手伝いも出来ませんでしたが」
「そうですよ、麗星様。私も道間家のために尽くせたことは誇りであり、私の命に意味があったと感じることが出来ました。ありがとうございます」
「とんでもない! わたくしがこうして生きておりますのは全てセツと瑞樹のお陰ではないですか! でも、本当に申し訳ありませんが、今のわたくしには何も残っておりませんの。道間の屋敷を売れば良いのですが、あそこはどうしても……」
セツが立ち上がってわたくしの肩を掴んだ。
「お嬢様、お聞きなさい! 私たちは何かを頂くためにこれまで尽くして来たのではございません! 私たちの希望がお嬢様でございます! そのことはお忘れ無きよう! 一切の報酬は受け取りませんからね!」
「セツ……それではわたくしの気持ちが……」
セツがわたくしの肩を放した。
そして膝を付き合わせるように座った。
「お嬢様、どうか道間家を御再興下さいませ。それだけが私たちの望みです」
「そうですよ、麗星様。御一緒に暮らしたこの一年、本当に楽しゅうございました! 私の生涯は意味があったと思えたのですよ」
「セツ、瑞樹……」
わたくしは声を挙げて泣いた。
あまりにも優しさの深さに、溺れそうになった。
「今、五平所さんが、あちこちを走り回ってますよ。使用人の方々の多くは助かったとのこと。お血筋も何人かは残っておられるようで」
「全部セツや吉原龍子様が探してくれたのでしょう。あんなことのあった道間家に再び帰ることも手配してくれていたと五平所に聞きました」
「私などは大したことは。でも申し上げたでしょう。道間家を残すことが私たちの希望なのだと」
「セツ、本当にありがとうございます」
わたくしが頭を下げると、目の前のセツが顔を支えた。
「もうやめて下さいませよ。お嬢様はお小さい頃から可愛らしくって仕方のない方でした。お嬢様とお知り合いになれたことが、私の人生の最大の幸せでございます」
「セツ!」
「私もですよ? 麗星様はこんな家の私と小さい頃からよく親しく遊んで下さいました。忘れたことはありません」
「瑞樹!」
二人が両側からわたくしを抱き締めてくれた。
私はただ、感謝の涙を滴らせることしか出来なかった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
わたくしは道間の家に戻った。
惨劇の跡はすっかり綺麗にされていた。
セツの手配だ。
久し振りに屋敷に戻った時、五平所が多くの使用人と共に出迎えてくれた。
『お帰りなさいませ、お屋形様!』
そう頭を下げられ、涙を堪えきれなかった。
五平所が優しくわたくしの頭を撫でてくれた。
「麗星様が泣かれるのを見るのは久し振りでございます」
「五平所……」
「お小さい頃にはすっかり泣かない方になられましたものね。その後は何度か私を殺し掛けましたし」
「五平所!」
「アハハハハハハ! もうお屋形様を泣かせる者はおりません。お叱りになられる方も……」
そう言った五平所は背中を向けていた。
肩が小さく震えていた。
「そうですね。もうわたくしは自分で考えなければなりませんね」
「私どもも精一杯にお手伝いいたします。道間家はこれからでございます」
「はい、どうぞ宜しくお願いします」
『はい!』
その夜、わたくしに用意された寝所で休んでいると、不意に気配を感じた。
誰かが廊下を進み、わたくしの部屋の前に来た。
襖が開き、何者かが部屋へ入って来た。
今のこの家に不埒なことを考える者はいない。
わたくしは寝具に上に座り、その者を迎えた。
わたくしの予想通りだった。
「お前は以前に現われた者ですね」
「はい、《ハイファ》と申します」
今度は直接口で応えた。
「《ハイファ》、あなたは何者なのですか?」
「道間家を護る者。幾久しく見守って参りました」
不思議と《ハイファ》の言葉がわたくしの頭の中で響き渡って行った。
言葉には出来ないが、《ハイファ》がどのような存在なのかを理解して行った。
《ハイファ》がそのようにわたくしに伝えてくれたのだ。
そしてそれは、あまりにも遠大で深遠なものだった。
恐らくは道間家の当主にだけ伝えられるものだ。
また、当主によって、その内容の範囲は違う。
そういうことも分かった。
わたくしは、これまでの当主よりも大きな配分をもらったようだ。
「そうなのですね。よく分かりました」
《ハイファ》が嬉しそうに微笑んだ。
「ついにこの時が来ました」
「どういうことですか?」
「麗しの星、「スピカ」の時代が巡りました。私がどれほどこの日を待ち焦がれたことか。本当に漸く訪れた。私が望んだ未来が」
《ハイファ》の言うことはよく分からなかったが、《ハイファ》がどれほど待ち望んで来たのかは何となく感じることが出来た。
しかし、一つだけ《ハイファ》に問い質さねばならないことがあった。
兄上たちの死だ。
「一つだけ答えなさい。道間家は亡びかけました。道間家を守護すると言うあなたは、どうして助けなかったのですか?」
「お答え出来ません。未来は一つでは無いとだけ、今は御理解下さい」
「分かりました」
何も分からなかったが、《ハイファ》ほどの存在が困難に感ずることを引き寄せたことは分かった。
そしてこの者は人間ではない。
それに、兄上たちを殺したのは「業」なのだ。
《ハイファ》と咎めるのは違う。
「わたくしは今後、道間家を復興しなければなりません。手伝ってくれますか?」
「もちろんでございます! そのために私は気の遠くなる年月をこの家のために過ごして来たのですから! ああ、何と言う奇跡か! 輝く未来はすぐそこまで……」
《ハイファ》は恍惚とした表情で叫んだ。
「私が妖魔の護衛獣を呼び寄せましょう。地下には幾つかまだ眠っておりますから、その者たちは早急に」
「地下?」
「御案内いたします。麗星様は御存知ないことが幾つもございます」
「そうですか、宜しくお願いします」
「道間の技も私がお教えいたします」
「お前が?」
「全ての技は私が知っておりますので。幾らか年月は掛かりますが」
「でもわたくしには道間の才はございませんの」
「存じておりますよ。でもそれは仮初のものです」
「え?」
「麗星様が今日を迎えるにあたり、必要なことでございました。あなた様は決して無能ではありません。道間の当主に相応しいお力を秘めておられますゆえ」
「なんですと!」
《ハイファ》がまた嬉しそうに笑った。
「そしてこの先、あのお方と巡り合う。ああ、その日こそが待ち遠しい!」
「「あのお方」とは?」
「今は申し上げられません。でも素晴らしいことです! この世の幸いです! ああ、なんという!」
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