富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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《オペレーション・ゴルディアス》 XⅢ : 《位相反射》

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 ルイーサと「グレイプニル」、桜たちが俺たちの《ジャガーノート》に接近して来た。
 俺は先に飛んで、ルイーサの状態を見に行く。
 ルイーサは巨大なベッドに半身を起こして俺を迎えた。
 周囲にいた眷族の者たちがクッションを背に入れる。
 こんなことは初めてだ。
 自分を律し、厳しく佇まいを常に整えているルイーサが、一糸まとわぬ姿で伏している。
 身体が露わになっているが、ルイーサも眷族の者たちも一切気にしていない。
 真に高貴な者は、裸を見られることに恥の概念は無い。
 湯浴はもとより、常の世話を自然にやらせているのだ。
 俺も気にせずにルイーサの身体を観察したが、外傷は見えない。
 だが明らかに生気が衰えている。
 ルイーサの裸身は何度も見ているが、常に溢れる程の生気を纏っていた。
 見た目の美しさはそのままだが、肝心の内部から輝きを放つ何かが無い。
 ルイーサは明らかに弱っているのだ。
 何人かが周囲に立っており、俺に一礼して部屋を出た。

 「美獣、このような姿で済まぬ」

 最初にそう俺に言った。

 「構わない。お前は常にこの世で最高に美しい」

 ルイーサが微笑んだ。
 だが、明らかに翳りがある。
 相当に危険な状態だったことが分る。

 「具合はどうだ?」
 「ああ、見事にやられた。美獣に伝えなければならないことがある」
 「ああ、そのために来た」

 何か重要なことを俺に伝えるために来たことは分かっている。 
 ルイーサが俺を見詰めた。

 「「カルマ」は《位相反射(phase  reflection)》を使った」
 「なんだと!」
 「我の攻撃を位相転換して我に返して来た。あの技は不味いぞ」
 「それでお前をやったのか!」

 要するに、「業」は攻撃を相手に返すことが出来るということだ。
 ルイーサほどの威力の技、しかも「異界魔導」という常識外れの技ですら返されたのだ。

 「我の油断ぞ。だが、《位相反射》は危うい。咄嗟に気付いたから何とかなったが、それでもわらわの心臓が一瞬潰された」
 「お前ほどの者が……」

 心臓が潰されても再生するのはルイーサならではのことではあるが、本当に危うかったことが分った。
 ノスフェラトゥの心臓に関しては俺も疎いが、重要なものであることは分かる。
 だからこそルイーサは今も臥せっているのだ。
 そしてこの身体で俺に伝えに来てくれた。
 それは、自分の衰えた姿を見せる意味もあったに違いない。
 この世で最も気位の高いルイーサが、だ。

 「美獣、お前の攻撃も届かぬかもしれん」
 「何とかするぜ」
 「そうか。やはりお前は頼もしい」

 俺はルイーサを抱き締めてキスをし、ベッドに横たえた。

 「お前はしばらく休め」
 「あい分かった。済まぬ、後はお前に任せよう」
 「本当に助かったぜ。お前のお陰で重要なことを知った。あとは俺に任せろ」
 「ふふふ」

 ルイーサは微笑んで、俺にどうするのかとは聞かなかった。
 そんなことは決まっている。
 どうやれば良いのかは分からないが、「業」を殺すことは決まっているのだ。
 俺に迷いも躊躇も無い。
 俺はルイーサの部屋を出て、俺たちの艦に戻った。




 「トラ、女王はどうだった?」

 聖が心配そうに聞いて来た。
 こいつは「レジーナ様」と呼ぶのを恥ずかしがり、特別に「女王」と呼ぶことを許してもらっている。
 聖なりにルイーサの尊厳を敬っており、名前で呼ぶことを嫌がったのだ。

 「何とか生きているよ。だが、相当やられたようだ」
 「そうか。まあ、生きてて良かったな」
 「心臓を潰されたようだがな」
 「あの「女王」がかよ!」

 聖も驚いていた。
 聖もルイーサの強さは知っている。
 この世に、あれほど強大な者はそうはいない。
 本当の意味で人間を超越しているのだ。

 「ルイーサは《位相反射》だと言っていた」
 「?」

 もちろん聖には分からないので、俺が説明した。

 「要はこちらの攻撃を返す技だ。しかもそのままのものではなく、ある程度変化させてのことだがな」
 「どういうことだ? 俺が撃ったら跳ね返して来るってか?」
 「まあ、そんなようなものだ。お前の銃弾は別な何かになっているだろうけどな。でも威力はそのままでお前を撃つ」
 「おい、トラ。どうすりゃいんんだ?」
 「……」

 俺もしばらく考えていた。
 「業」の《位相反射》は、「業」の持っていた能力と関連しているのだろう。
 あいつは異次元と繋がり、そこに膨大な数の妖魔を内包していた。
 そこから妖魔の様々な特徴を把握し、それを複製出来ることまで進化して行った。
 「ゲート」の能力は次元に通路を開通する、つまり次元同士を接合する力だ。
 双子が解析したが、それは量子力学的な投影で成り立っていることが分かった。
 恐らく《位相反射》も、そのような能力なのだろう。
 量子が離れた位置で同じ動きをする「量子もつれ」という現象が分かって来た。
 つまり、俺たちの攻撃に伴う量子の動きを操り、位相をずらして返して来るのだろう。
 道理は分かっても、解決法は分からない。
 相手の攻撃を何らかの方法で変換して相手に撃ち返す事実を理解しているだけだ。
 《青い剣士》の「界離」と通じるような気がするが、異次元に逃げるのではなく、異次元を通して攻撃を反射して来るのだ。
 ルイーサが間一髪で躱すことが出来たのは、ルイーサも似たような能力があるからだ。
 眷族に対して空間の干渉を無視して影響を与えることが出来るし、眷属の状態も相互的に把握している。
 だからこそ「業」の能力を《位相反射》と即座に理解した。
 ルイーサは現代の量子力学の知識を凌駕する知性で、特殊な能力を持ち得ているのだ。
 「異界魔導」にしてからが、何らかのエネルギーのようなものの増幅と位相変換だ。
 それは俺の想像では、存在の成り立ちの量子に干渉して消滅あるいは対消滅させている。
 それが更に次元にも及び、存在自体を無くすのだ。
 多分、どのような存在に対しても有効な技だろう。
 「業」の《位相反射》は、客体に対する干渉だ。
 自分へ向かう攻撃の成り立ちの量子に干渉して、位相を変換させながら相手に影響を及ぼさせる。
 ルイーサの「異界魔導」に対抗する術が無いのと同様に、《位相反射》もどうすればよいのか分からない。




 聖が俺を見ていた。

 「トラ、負けねぇよな?」
 「もちろんだ」
 「おう!」

 聖が嬉しそうに笑った。
 聖は俺と共にいれば、それで全てが良い人間だ。
 俺も同じだ。
 聖と戦場に立てば、それが最高だ。
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