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大御所
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正月二日目。
俺は、子どもたちを連れて初詣に出掛ける。
響子と六花は、昨日のうちに病院へ送っている。
六花は休日のはずだが、恐らく響子の傍にいるだろう。
正月行事はほとんどしない俺だったが、初詣だけは出掛けていた。
いつも高尾山だ。
毎年、護摩の予約をしている。
ハマーで行き、高尾山駅付近の駐車場で降りる。
ケーブルカーでいつも昇っているが、子どもたちはリフトの方が楽しいだろう。
俺はルーと一緒に乗り、亜紀ちゃんはハー、皇紀は一人だ。
子どもたちは喜んで景色を見ていたが、途中に怖いほど高い場所もある。
降りるまで、大騒ぎで楽しんでくれた。
参道を進むと、途中に鳥居が見えてくる。
そこを潜ると神域に入るのだ。
「あれ、タカさん、何か空気が変わりましたよね?」
皇紀が俺に言った。
他の三人も何か感じたようで、俺を見る。
「ここから神様の領域だからな。分かったのなら、いい子でいた方がいいぞ」
子どもたちはちょっと脅えていた。
「神様というのは、嘘を言ったり、誤魔化したり、また遠慮というものもねぇ。だから神罰となれば、一切容赦なく下すからなぁ」
俺が脅すようなことを言うと、子どもたちは一層怖がった。
人の列が絶えない参道で、俺は子どもたちを脇に導いた。
「いいか、お参りというのは、何かお願いするものじゃないんだ」
みんな神妙な顔をしている。
「お参りでは、必ず感謝と寿ぎしかねぇ」
「ことほぎぃ?」
ルーが聞いてきた。
「要するに、自分たちを生かしてくれ、日々の食べ物や暮らしをさせてもらっていることへの感謝。そしてそうしたことをすべて賄ってくれる神様を褒め称える、というな」
ルーとハーにも理解できたようだ。
「それが宗教の根本だ」
「お前たちは人一倍喰うんだから、たくさん感謝しておけよな!」
子どもたちは笑った。
また参道を進むと、出店が見えてくる。
寒い中を歩いてきたので、俺は出店に入り、人数分の甘酒と田楽を一本ずつ頼む。
俺が言ったせいではないだろうが、子どもたちはゆっくりと味わっていた。
出店を出て階段を昇り、俺は子どもたちに参拝の手順を教え、また幾つもの建物や神仏の像の説明をしてやる。
丁度いい時間になり、俺たちは本堂に向かった。
本堂は元旦ということもあり、大勢の参拝客が詰め寄っている。
俺が入ると、それに気付いた僧の一人が近づいて来た。
「石神様、お待ちしておりました」
そう挨拶し、俺たちは大勢の人を掻き分けて、護摩壇のすぐ近くへ案内された。
「おや、石神先生!」
大きな声で俺を呼ぶのは、大御所歌手・北一郎氏だ。
北さんも、昔からの高尾山の特別賛助員で、俺は何度かここで会っている。
大金を寄付しているので、俺たちは特別扱いなのだ。
表の幾つかの場所で、俺たちの大きな名前がかかっている。
「さあ、こちらへどうぞ」
北さんは連れてきただろう弟子たちを動かし、自分の隣を空けてくれた。
俺はお弟子の方々に挨拶し、子どもたちを少し後ろに座らせる。
「あ! 紅白に出てた人!」
ルーが分かったらしい。
北さんは毎年紅白に出ている。
「ルー、有名な人だから、騒がないようにな」
「はーい」
「可愛らしい子どもたちですね。ご親戚ですか?」
北さんが子どもたちに手を振ってくださりながら、俺に尋ねた。
「ああ、夏に友人の子を引き取ったんですよ。両親とも事故で亡くなってしまって」
「それはそれは! 石神先生はやはり違いますなぁ」
北さんは短い説明で大体のことを察してくれたようだ。
お弟子さんの女性が、ルーとハーに話しかけてくれている。
「おや、始まりますね」
俺たちは前を向き、姿勢を正した。
以前、俺がここで護摩を待っていると、護摩の火炎の向こうに巨大な黒い人影が立っているのが見えた。
何かと目を凝らすと、不動明王の姿をしている。
不動明王は手を合わせている参拝客たちを見回し、満足そうな顔でうなずいていた。
ふと、俺に気付き、驚いた顔をする。
俺が頭を下げると、ますます驚き、両手を挙げ、何やら口を動かした。
しかし何を言っているのかわからない。声も届かない。
やがてにっこり微笑んで消えていった。
そういうこともあり、俺はずっと高尾山に通っている。
ここは本物だ。
子どもたちは最初は護摩の火炎と響き渡る読経に驚き、興味深々で眺めていたが、やがて飽きた。
その限界の前に護摩は終了し、俺たちは北さんたち一行と共に僧侶たちに迎えられて、直会に案内された。
直会とは、お供えした神饌などをみんなで食すことだ。
広い座敷に用意された膳の前に座り、食事を供された。
子どもたちは緊張して座っている。
しばらく歓談していると、北さんが俺に言う。
「石神先生、また歌ってくださいよ」
参った。
以前の直会で北さんたちとご一緒し、酒を飲んで調子に乗った俺は、みなさんの前で北さんの持ち歌の一つを歌ったのだ。
俺が歌うのが大好き、というのもあったのだが、あれはやりすぎだった。
しかし北さんは俺に気遣い、俺の歌が見事で、どことどこをよく聴いたか、とお弟子さんたちに話す。
「歌っていうのは、その人間そのものだ。人間を磨けば、こんな歌にまでなる。分かったか!」
お弟子さんたちは一斉に俺に頭を下げた。
「北さん、以前に勢いでやってしまいましたが、北さんを初めお弟子さんたちプロにお聞かせするようなものでは」
「いや、石神先生。先生の歌は弟子たちにとても勉強になります!」
「北さん、昨日の歌をうたってぇー」
ハーが爆弾を投げ込みやがった。
お弟子さんたちは、みんなギョッとした顔でこちらを見る。
俺はハーの後ろにいき、頭をはたいた。
「うん、そうだな。じゃあ、今日は俺が歌うかなぁ」
そう言って、北さんが見事なアカペラで歌ってくれた。
みんなうっとりと聴く。
北さんは、子どもたちにお年玉を下さった。
俺がしきりに遠慮したのだが、お弟子さんにお年玉袋を出させて、自ら入れてくれた。
俺は何もお返しできないので、何かあればみなさんでうちの病院へ来てください、とだけ告げた。
帰りの車の中で、亜紀ちゃんが言った。
「タカさん、10万円入ってるんですけど!」
他の子どもたちも、それぞれ10万円ずつ入っていた。
俺は、子どもたちを連れて初詣に出掛ける。
響子と六花は、昨日のうちに病院へ送っている。
六花は休日のはずだが、恐らく響子の傍にいるだろう。
正月行事はほとんどしない俺だったが、初詣だけは出掛けていた。
いつも高尾山だ。
毎年、護摩の予約をしている。
ハマーで行き、高尾山駅付近の駐車場で降りる。
ケーブルカーでいつも昇っているが、子どもたちはリフトの方が楽しいだろう。
俺はルーと一緒に乗り、亜紀ちゃんはハー、皇紀は一人だ。
子どもたちは喜んで景色を見ていたが、途中に怖いほど高い場所もある。
降りるまで、大騒ぎで楽しんでくれた。
参道を進むと、途中に鳥居が見えてくる。
そこを潜ると神域に入るのだ。
「あれ、タカさん、何か空気が変わりましたよね?」
皇紀が俺に言った。
他の三人も何か感じたようで、俺を見る。
「ここから神様の領域だからな。分かったのなら、いい子でいた方がいいぞ」
子どもたちはちょっと脅えていた。
「神様というのは、嘘を言ったり、誤魔化したり、また遠慮というものもねぇ。だから神罰となれば、一切容赦なく下すからなぁ」
俺が脅すようなことを言うと、子どもたちは一層怖がった。
人の列が絶えない参道で、俺は子どもたちを脇に導いた。
「いいか、お参りというのは、何かお願いするものじゃないんだ」
みんな神妙な顔をしている。
「お参りでは、必ず感謝と寿ぎしかねぇ」
「ことほぎぃ?」
ルーが聞いてきた。
「要するに、自分たちを生かしてくれ、日々の食べ物や暮らしをさせてもらっていることへの感謝。そしてそうしたことをすべて賄ってくれる神様を褒め称える、というな」
ルーとハーにも理解できたようだ。
「それが宗教の根本だ」
「お前たちは人一倍喰うんだから、たくさん感謝しておけよな!」
子どもたちは笑った。
また参道を進むと、出店が見えてくる。
寒い中を歩いてきたので、俺は出店に入り、人数分の甘酒と田楽を一本ずつ頼む。
俺が言ったせいではないだろうが、子どもたちはゆっくりと味わっていた。
出店を出て階段を昇り、俺は子どもたちに参拝の手順を教え、また幾つもの建物や神仏の像の説明をしてやる。
丁度いい時間になり、俺たちは本堂に向かった。
本堂は元旦ということもあり、大勢の参拝客が詰め寄っている。
俺が入ると、それに気付いた僧の一人が近づいて来た。
「石神様、お待ちしておりました」
そう挨拶し、俺たちは大勢の人を掻き分けて、護摩壇のすぐ近くへ案内された。
「おや、石神先生!」
大きな声で俺を呼ぶのは、大御所歌手・北一郎氏だ。
北さんも、昔からの高尾山の特別賛助員で、俺は何度かここで会っている。
大金を寄付しているので、俺たちは特別扱いなのだ。
表の幾つかの場所で、俺たちの大きな名前がかかっている。
「さあ、こちらへどうぞ」
北さんは連れてきただろう弟子たちを動かし、自分の隣を空けてくれた。
俺はお弟子の方々に挨拶し、子どもたちを少し後ろに座らせる。
「あ! 紅白に出てた人!」
ルーが分かったらしい。
北さんは毎年紅白に出ている。
「ルー、有名な人だから、騒がないようにな」
「はーい」
「可愛らしい子どもたちですね。ご親戚ですか?」
北さんが子どもたちに手を振ってくださりながら、俺に尋ねた。
「ああ、夏に友人の子を引き取ったんですよ。両親とも事故で亡くなってしまって」
「それはそれは! 石神先生はやはり違いますなぁ」
北さんは短い説明で大体のことを察してくれたようだ。
お弟子さんの女性が、ルーとハーに話しかけてくれている。
「おや、始まりますね」
俺たちは前を向き、姿勢を正した。
以前、俺がここで護摩を待っていると、護摩の火炎の向こうに巨大な黒い人影が立っているのが見えた。
何かと目を凝らすと、不動明王の姿をしている。
不動明王は手を合わせている参拝客たちを見回し、満足そうな顔でうなずいていた。
ふと、俺に気付き、驚いた顔をする。
俺が頭を下げると、ますます驚き、両手を挙げ、何やら口を動かした。
しかし何を言っているのかわからない。声も届かない。
やがてにっこり微笑んで消えていった。
そういうこともあり、俺はずっと高尾山に通っている。
ここは本物だ。
子どもたちは最初は護摩の火炎と響き渡る読経に驚き、興味深々で眺めていたが、やがて飽きた。
その限界の前に護摩は終了し、俺たちは北さんたち一行と共に僧侶たちに迎えられて、直会に案内された。
直会とは、お供えした神饌などをみんなで食すことだ。
広い座敷に用意された膳の前に座り、食事を供された。
子どもたちは緊張して座っている。
しばらく歓談していると、北さんが俺に言う。
「石神先生、また歌ってくださいよ」
参った。
以前の直会で北さんたちとご一緒し、酒を飲んで調子に乗った俺は、みなさんの前で北さんの持ち歌の一つを歌ったのだ。
俺が歌うのが大好き、というのもあったのだが、あれはやりすぎだった。
しかし北さんは俺に気遣い、俺の歌が見事で、どことどこをよく聴いたか、とお弟子さんたちに話す。
「歌っていうのは、その人間そのものだ。人間を磨けば、こんな歌にまでなる。分かったか!」
お弟子さんたちは一斉に俺に頭を下げた。
「北さん、以前に勢いでやってしまいましたが、北さんを初めお弟子さんたちプロにお聞かせするようなものでは」
「いや、石神先生。先生の歌は弟子たちにとても勉強になります!」
「北さん、昨日の歌をうたってぇー」
ハーが爆弾を投げ込みやがった。
お弟子さんたちは、みんなギョッとした顔でこちらを見る。
俺はハーの後ろにいき、頭をはたいた。
「うん、そうだな。じゃあ、今日は俺が歌うかなぁ」
そう言って、北さんが見事なアカペラで歌ってくれた。
みんなうっとりと聴く。
北さんは、子どもたちにお年玉を下さった。
俺がしきりに遠慮したのだが、お弟子さんにお年玉袋を出させて、自ら入れてくれた。
俺は何もお返しできないので、何かあればみなさんでうちの病院へ来てください、とだけ告げた。
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